09.サークル

 大学の夏休みは長く、後期が始まるのは九月の中旬だ。希望すれば一年の後期にアメリカ分校に留学することができるけれど、楓花は行かない選択をした。キャンパス内には国際センターがあって時間があれば英会話を楽しんでいたし、アルバイトでも外国人と接していることで先生たちにも〝どっちでも良い〟と言ってもらえた。彩里と翔琉は経済的な事情で、晴大は家庭の事情で希望していなかった。

 楓花と翔琉の関係は、以前と何も変わっていない。水族館に行ったあと花火のときに告白されたけれど、楓花は返事を待ってもらった。翔琉は悲しそうにしていたけれど、嫌いではないので今まで通り仲良くしたい、と言うと〝分かった〟と言ってくれた。

「え? デートしたん?」

 後期ガイダンスのあと翔琉は帰ったので、楓花は彩里と二人でキャンパス内のカフェに来ていた。パニーニのランチをそれぞれカウンターで受け取り、空いているテーブルを探して座った。

「うん。私も誘おうかと思ってたし、悪くはなかったんやけど……」

 あの日の出来事を簡単に話すのを、彩里はじっと聞いてくれていた。彼女も翔琉のことは嫌いではないようで、少しだけ羨ましそうにしていた。

「何なんやろう、踏み出されへん」

「前にさぁ、付き合ってみんと分からんことある、って言っとったやん? お試しで付き合ってみたら?」

「それが良いんかなぁ? でも、なんか、本能的に……。あと、渡利君に言われたんやけど」

「なになに? 〝俺の女になれ〟って?」

「ちがっ、そんなんじゃないから」

 彩里が笑いながら言ったので、周りにいた人たちの視線が楓花に集まった。楓花が慌てて否定すると、視線は徐々に少なくなった。

「そうじゃなくて、その……自分で自分を下げるな、って」

「……どういう意味?」

 楓花は彩里にも黙っているつもりにしていたけれど、翔琉が赤点を取った試験で満点だったことを打ち明けた。彩里は楓花の英語力をきちんと知っていたようで、驚いたあとに〝これからも仲良くしたい〟と言ってくれた。

「もしかしたら、私の周りからの評価が下がるぞ、って」

「──なるほどね」

「嘘はつくな、って言われたけど、翔琉君にはよぉ言わんし、言ったら絶対傷つくし、もしもバレてレベル違う、って離れられるのも嫌やし」

 そんなことを考えていたのもあって、翔琉には良い返事をできなかった。

「楓花ちゃん……渡利君はどうなん?」

「えっ? いや、ないない」

 格好良いとは思うけれど、付き合いたいと思ったことはない。高校時代の噂もあるし、それは今でも変わらないらしい。楓花は見ていないけれど、見かける度に違う女の子と一緒だ、と翔琉が話していた。

「でも楓花ちゃん、ときどき会っとぉみたいやし、翔琉君のことも忠告というか、気にしとったんやろ?」

「言ってたもん、『勝負なんかせんと勝手にしたら良いのに』って」

「ふぅん……」

 パニーニを食べ終えて、ドリンクはテイクアウト出来るプラスチック蓋付の紙コップに入っていたので、持ってカフェを出た。本館前の掲示板の前には学生たちが集まっていたけれど、楓花たち英語コミュニケーション学科の前はそれほどでもなかった。一年を通して履修している授業の教授からの連絡を確認して、最後に学生全員への連絡を見た。

「あっ、来月、文化祭って、そういえば言ってたな」

 それも体育祭と同じように、いくつかの文化系学科の催しに参加したり有名人の特別講演を聞いたりすると単位が貰える、非常にありがたい日だ。

「そういえば……楓花ちゃん、翔琉君がアウトドアサークル入ったって聞いた?」

「聞いてない。うちの大学の?」

「ううん、確か○✕大学って言ってた。バイト先の人に誘われたって」

「へぇ……。サッカーじゃないんやなぁ」

 翔琉はサッカーが得意とは言っているけれど、運動全般が好きなようなので良いのかもしれない。

「アウトドアって……キャンプとか?」

「何やろう? 季節のスポーツをやる、って言ってたと思うけど」

 それから数日経って、楓花は翔琉からサークルの話を聞いた。春は花見、夏はキャンプ、秋は登山に冬はスキーとアウトドア全般を楽しむサークルらしい。

「ほんまはサッカーが良かったけど、行ってみたら楽しかったし……。あ、それで来月、○✕大学の文化祭で店出すんやけど、良かったら遊びに来て! うちの大学とは違う日やし」

 サークルのメンバーで焼きそばの屋台を出すことになり、翔琉は午前中の店番担当になったらしい。

「○✕大学やったら私の友達も行っとぉし、楓花ちゃんも行く?」

「うん。彩里ちゃんは、友達はサークル?」

「そやねん、演劇部に入ってて、夕方にやるらしくて」

「へぇ……」

「あ、でも遅くなりそうやから、もしバイトやったら」

「俺──昼で交代やからさぁ、どっか行かん?」

 翔琉は彩里の言葉を遮ってから楓花を見つめていた。二限と三限の授業が同じ教室だったので、昼休みはコンビニで買ったサンドイッチを教室で食べていた。楓花は彩里と並んで座り、彩里の後ろに翔琉が座っていた。二限も三限も必須科目なので教室には晴大もいるけれど、彼は離れたところで伏せて眠っている。

「バイトあるん?」

「まだ決まってないけど……昼間やったら行けると思う……」

 楓花が言うと翔琉は喜び、彩里はにやけながら二人を交互に見ていた。

「でも、○✕大学の近くって、何かある? あんまりあのへん詳しくないんやけど」

「楓花ちゃんって──音楽好きって言ってたよなぁ? 近くで楽しめそうなカフェがあるらしいんやけど」

「あっ、そこ行ったことある!」

 彩里が何かを思い出して翔琉のほうを見た。

「何年か前に親に連れて行ってもらったんやけど、生演奏してた! 日によってジャズとかクラシックとかジャンル違うみたいやけど。確かグランドピアノ置いてた」

「へぇ……楽しそう」

「じゃ、そこ行こ! あ──ごめん、ちょっと電話してくるわ」

 翔琉が教室から出ていったので、楓花は彩里からカフェの話を聞いた。住宅街からは離れたところにある洋館のような建物で、それほど広くはないけれどゆったり食事をして音楽を楽しめるらしい。もしも楓花がそこで良い気分になれたら──、翔琉との関係は少しは変わるのだろうか。三人の話し声は少しずつ大きくなったので教室全体に聞こえていたと思うけれど、晴大は相変わらず机に伏せていた。

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