06.試験結果と合宿

 大学生活最初の試験は、まあまあの成績だったと思う。難しいものもあったけれど時間内にすべての解答欄を埋めたし、幸いなことに楓花が赤点を取った科目はなかった。

「うわ、やべぇ一個落とした……このテスト、ムズかったよなぁ?」

 翔琉が落としてしまったのは、問題全てが英語で書かれていたものだ。授業も英語だけだったので、こうなることは覚悟していた。

「うん。私もギリギリ受かっとぉわ、Cやわぁ。楓花ちゃんは?」

「えーっと……あ、私もギリギリ」

 というのは嘘だ。

 翔琉が落としたのも彩里がギリギリC判定だったのも事実のようで、Bが取れても上出来のところ楓花はAを超えてSだった、とは口が裂けても言えなかった。もちろん、他の科目ではBが多いし、Cだっていくつかある。

「まぁでも一個やし、再試は良いかなぁ」

「えっ、パスするん?」

「だってさぁ俺一人だけとか嫌やし……再試のときって他のみんな休みやろ?」

 卒業までに単位を取れれば良いだけなので、再試を受けるかは個人の判断になるけれど。

「でも翔琉君、その試験……必須のやつやで?」

「うわ、マジ?」

 履修必須科目だったので、翔琉は慌てて再試の日程を確認することになった。掲示されるのは、試験時間割が出たのと同じ事務室の前だ。

「あーマジかよ、合宿の次の日やん……最悪やな……せっかく──あっ、おい渡利、ちょー待て」

 翔琉はメモしていたノートを鞄に入れながら、事務室から出てきた晴大に声をかけた。晴大は試験の結果を気にしている様子はなく、何となく心ここにあらず、だった。

「なに?」

「おまえ結果どうやったん? 俺、必須のやつ一個だけ落としてさぁ」

「──ああ、テストの結果? どうやったかな……あ、あった、はい」

 晴大は何の抵抗もせず、試験結果の一覧を翔琉に渡した。

「見て良いんか……? ──うわ、AとかBばっかやん、Aのほうが多いんちゃうん? えっ、おい、Sって何? しかも俺が落としたやつやし!」

「すごーい渡利君……」

 晴大の結果を彩里も覗き込もうとしたところ、もう良いやろ、と言って晴大はサッと結果を取り返した。

「ところで渡利、事務室で何してたん? 賄賂わいろ渡してんちゃうよな?」

「んなことするか。──家のことで相談あってな」

「ふぅん……あっ、おい、ちょっと来い」

 さっさと帰ろうとする晴大を捕まえ、翔琉は事務室前の広場の奥へ彼を連れていった。翔琉は晴大と男同士の話をしたかったらしいけれど、響きやすい場所で翔琉の声がそれほど小さくならなかったのもあって、楓花と彩里にも聞こえてしまった。

『なに? 俺、バイトあるから帰りたいんやけど』

『渡利──おまえ、楓花ちゃんのこと狙ってるやろ?』

『──は?』

『中学一緒やった、って言ってたし、俺が楓花ちゃんと喋ろうとしてたら高確率で邪魔しに来るよな?』

『そんなん、たまたまやろ?』

『おまえ、高校のときモテてたらしいな? 何人も女いたって』

『人聞き悪いな。確かに数は多かったけど、浮気はしてないぞ』

『俺、こないだ見た……名前知らんけど、同じ学科の女の子と歩いてたやろ。次の日は、違う子やった。本命は、誰や?』

『は? そもそも俺、彼女おらんし。長瀬さんとも地元の話するくらいやしな』

『なら、勝負しろ……今度の合宿で──どっちが楓花ちゃんと付き合えるか』

『はぁ? だから俺は』

『じゃあ、誰でも良いけど、彼女できたら勝ちな』

 翔琉が言うと晴大はため息をつき、はいはい、と言いながら事務室前からいなくなった。戻ってきた翔琉は特に何も言わなかったので、楓花も彩里も聞かなかったことにしてアルバイトへ急ぐ彼を見送った。


 研修センターは山の中にあるので、いったん大学に集合してからクラス単位でバスに乗った。楓花は彩里と隣になり、近くに座るクラスメイトと雑談をして過ごした。翔琉と晴大の姿は見えないけれど、同じバスに乗っているはずだ。

 宿泊場所は屋内と野外テントの二ヶ所あって、男性たちがテントに泊まることに決まったらしい。楓花は散策がてらテントを見たけれど、電気無し空調無しで寝苦しそうだった。女性が利用することもあるけれど、テントの中は暗いので朝の化粧が難しいらしい。

「こういうときって、だいたいカレーよな」

 いくつかの班に分かれて昼食にカレーを作ることになり、楓花は晴大と一緒になった。彩里も同じ班になったけれど、翔琉は違ったらしい。

「中学ときさぁ、遠足でもカレー作ったよな?」

「あー……キャンプ場みたいなとこ行ったなぁ」

 当時は作るものは班で自由に決めたけれど、ほとんどのところがカレーを選んでいた。その後、泊まりがけで研修に行ったときは、問答無用でカレーの材料が用意されていた。

 昼食後は各班に分かれて過ごすことになった。ラウンジでゆっくりしても良いし、テニスコートがあるので運動しても良い。楓花はのんびりしたかったけれど、多数決を取って外で過ごすことになった。

「あっ、楓花ちゃん! ──渡利に嫌なことされてない?」

「ううん? 何も……」

 外を歩いていると楓花の姿を見つけた翔琉が飛んできて、晴大に聞こえないように心配してくれた。

「おい桧田、おまえあっちやろ、班の奴らに迷惑かけんな」

 すぐ近くにいた晴大は翔琉に班に戻るように言った。

 翔琉の心配はありがたかったけれど、晴大も間違ったことは言っていない。翔琉は小さく舌打ちをして、楓花に笑顔で手を振ってから班のほうへ戻っていった。

「渡利君、翔琉君のこと嫌い?」

「別に。好きではないけどな」

「こないだも、気をつけろ、とか言ってたし……」

「あいつらに黙ってんやろ? 試験のこと。あいつ──桧田は落としたとか戸坂さんもギリギリやったとか聞こえたけど、おま──長瀬さんがそんなわけないよな? AかSやろ?」

 晴大は真剣な顔をしていた。班のメンバーと距離が開いてしまったので歩くスピードを上げてから、俺より英語が出来んわけない、と笑った。

「あの二人の前で、特に翔琉君に〝S取った〟とか言われへんやん」

「別に良いやん。勉強してなかった桧田が悪い」

 それでも友人を傷つけないほうを選ぶ優しさは生まれ持ったものなのか、と晴大は複雑そうな顔をしていた。

「俺のこと、嫌な奴と思うならそれで良いけど、自分の評価を自分で下げんなよ?」

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