04.体育祭
大学生活に慣れて友達も増えたけれど、楓花が一緒に過ごす相手は彩里のことが多い。同じ授業を取っているので当然で、もちろん、近くには翔琉や晴大もいる。
並んで授業を受けることはないけれど、翔琉と晴大が話すことも増えた。翔琉は楓花や彩里とも話そうと近くに席を取っているけれど晴大は一人のことが多く、用事がない限りは楓花にも話しかけに来ない。たまに帰りの電車で一緒になることはあるけれど、彼は予定が増えたようで地元まで一緒に帰ることは滅多になかった。
「体育祭かぁ……なにしようかなぁ」
五月の連休明けに体育祭があって、スポーツ学部が提案した簡単なスポーツに文学部系の一年生は幾つか参加しないといけないらしい。
「簡単そうなやつが良いなぁ。ボーリングと、卓球と……、走るのは嫌やなぁ」
スポーツ学部や運動部の学生はグラウンドを使って競技をするらしいけれど、それ以外の学生は簡単なスポーツ参加で単位がもらえるので有り難い日ではある。
「俺はサッカー見に行く!」
翔琉の先輩・智輝はクラブには入っていないけれど、体育祭でサッカーのメンバーに選ばれてしまったらしい。
「へぇ。私も見に行こうかなぁ。わざわざ出てきてすぐ帰るのも勿体ないし」
「楓花ちゃん、本田さんに会いたいだけなんじゃないん?」
「え、バレた?」
「ちょーい、先輩は俺の……、あ、いや、そういう意味じゃなくて、俺は女の子が好き……」
週に一度ほどではあるけれど智輝とキャンパス内で会うことがあって、楓花も顔を覚えてもらっていた。同じ学科にもイケメンはいるけれど、なぜか彼らにはそれほど惹かれなかった。
「大丈夫、翔琉君、本田さんは彼女いるみたいやから」
「えっ、そうなん? うわぁ……残念」
彩里が意味ありげに翔琉に笑い、楓花は悔しそうな顔をした。
「私たまにサークル行くとき本田さん見るんやけど、いつも同じ女の子と手繋いでる」
「それは……彼女やな……」
彩里の話を聞きながら楓花はショックを受け続けているけれど、智輝を応援したい、という気持ちは変わらなかった。出会ったときすでに付き合っていたのかもしれないし、彼の幸せを邪魔したくはない。
「翔琉君は? サッカーやれへんの?」
翔琉はサッカー部に入りたいと言っていたけれど、今のところまだ何もしていない。他の大学のサークルも探したけれど、参加したいと思うものはなかったらしい。
「先輩の試合の前に体験させてくれるらしくて、それはやろうと思ってる」
「へぇ。頑張れ!」
「お、おう……」
体育祭当日は気持ちの良い快晴で、楓花は彩里と一緒にいくつかスポーツという名のゲームをしてから、先にグラウンドに向かっている翔琉を追った。グラウンドでは賑やかに競技が行われていて、翔琉はサッカーゴールの近くで智輝と一緒にいた。
「あっ、二人とも、わざわざ来てくれたん?」
先に気付いてくれたのは智輝だった。
「はい。翔琉君も何かするって言ってたし……」
「ありがとう。暑いし、まだ時間あるから影に入ってて」
智輝は簡単に挨拶をすると離れてどこかへ行ってしまった。様子をしばらく見ていると、向かう先にいたのは数人の女性だった。
「あっ、あの人……たぶん、本田さんの彼女」
智輝の隣に立つ女性は楽しそうな顔をしていた。智輝と親しげに話していて、周りの人たちも二人の関係を認めているらしい。
「きれいな人やなぁ……羨ましい」
「なに言っとん、楓花ちゃんもモテとぉやん」
「え? そんなことないって!」
「いやいや──」
楓花が本気で否定すると、彩里に腕を引っ張られて翔琉とは離れたところへ連れていかれた。
「まさか気付いとらんとか? 翔琉君たぶん、楓花ちゃんのこと好きやで」
「え?」
「見てたら分かるわ、ずっとアピールしとぉし。今日だって、楓花ちゃんに良いとこ見せようとしてんちゃうん?」
「……それ、信じて良いんかなぁ」
翔琉にアピールされていることは、楓花もなんとなく気付いていた。今のところ嫌なことはないし、話していても違和感はない。ファッションが派手なことは相変わらず気になっているけれど、それ以外は他の学生たちと何も変わらなかった。
だから楓花も彼のことを意識してはいるけれど、今はまだ知らないことが多すぎて前には進めない。
「楓花ちゃん……本田さん目当てのフリしとったん?」
「うん」
智輝のことが気になっていたのも、嘘ではないけれど。それが目当てだと言うほうが、翔琉もいろいろと本気を出してくれる気がした。
「あとさぁ、渡利君……翔琉君の動きを監視しとぉみたいで」
「ええ……何の目的で?」
「さぁ……。でも、翔琉君が楓花ちゃんに話しかけようとしとぉときに、敢えて狙って翔琉君と話しとぉわ」
彩里は授業が終わった時間にいつも晴大の動きを見ていて、彼が翔琉に話しかけるのはいつも翔琉が楓花のほうを向いたタイミングだったらしい。
「入学式の日、一緒に帰ったんやろ?」
「たまたまやから、あいつ知らん間に隣におって」
晴大と地元まで一緒に帰ったことは、翌日に彩里にも話していた。高校時代の噂も伝えていたので憐れんでくれたけれど、彩里には違うことが見えていたらしい。
「後ろから見てたとしても、わざわざ隣に座る?」
「……まぁ、久々に会ったからちゃう?」
「渡利君は楓花ちゃんのこと好きやったとか?」
「えっ、待って、やめて?」
「だから今も、翔琉君の邪魔してるとか?」
「──いや、やめてやめて、被害者を知ってるのに、同じ目に遭いたくない」
「あ……そっか……。うーん……じゃ、今のとこ楓花ちゃんは──」
彩里は言葉を続ける代わりに、サッカーゴールの隣で準備運動をしている翔琉のほうを見た。彼もなかなか戻らない楓花と彩里が気になったようで、振り向いた瞬間に目があってしまった。
「何話してんのー?」
翔琉が笑いながら聞いてくるので、楓花も彩里に連れられて戻った。何でもないと笑いながら、翔琉がこれから何をするのか聞いた。
少しスペースを取って隣のコートではバスケ部が試合をしているようで、そこには晴大の姿があった。彼は試合はしていないけれど、ボールを弾ませながらゴールの下で楓花を見ていた。
「──か、翔琉君、頑張れ!」
「よし。見とけよ?」
楓花はずっと翔琉の応援をしていたけれど、体験が終わったあとは三人で智輝の応援をしていたけれど、晴大も近くにいたけれど近付いてくることは一度もなかった。
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