第2話 母の連れ合い

 おっちゃんは、かーちゃんの連れ合いでした。


 雄猫にしては珍しいことに、恋愛シーズンはつじょうき以外も連れ合いの雌と一緒に暮らし、子育ても手伝うという変わり者でした。

 え?それは『父親』ではないのかって?


 ……申し訳ありませんが、ちょっと分からないです。私たちには『父親』を表す言葉がないのです。

 雌は雄と番って子供を産みますが、親と言うのはその雌1匹を指し、仔は母に属します。その雄は雌の『連れ合い』ですが、仔とは関わりを持ちません。子育てを手伝うおっちゃんが特殊なのです。


 まあ、それはさておき、私たち3匹の同腹仔きょうだいは日々競って母の乳を飲み、おっちゃんは母に食べ物を差し入れ、私たちの世話もして、5匹で平和に王都の路地裏で暮らしておりました。


 やがて私たちは目がはっきりと見えるようになり、よちよちと歩けるようになりました。季節は冬の終わり。一番寒いときは過ぎたけど、まだまだ風は冷たく、王都の固い石畳は足下から熱を奪います。私たちは寝るときは基本、1つの塊になって暖を取っていました。


「みう(はあ、あったか~)」


 私たちは、かーちゃんとおっちゃんに挟まれて寝ていました。子供時代の一番幸せな記憶を教えろと言われたら、私は迷わず、王都のごみごみした路地裏の隅で皆と固まって寝ていた冬の朝の記憶を挙げます。『あたり』乳首を得ること以外に頭を悩ませるものはなく、のん気で穏やかな日々でした。


「にゃ(さ、あんたたち、起きなさい)」

 しかし、そんな時間も長くは続きません。母が私たちを起こします。


「ぴゃー(かーちゃん、もうちょっと)」

 私は丸まって抵抗します。しかし母は容赦なく私たちをつついて起こします。

「にゃ(ほら、ハナ、今日は挨拶の練習だよ)」


 あ、最近私たちは母から名を貰いました。私たちは一生のうちで何度か名前が変わりますが、最初の名前は母から貰う幼名です。


 私は『ハナ』。鼻くそのハナです。顔を洗うのが苦手で目くそや鼻くそが付いていることが多いのでそう名付けられました。分かっているとは思いますが、おんなですよ。

 雄の同腹仔きょうだいは『カギ』。かぎしっぽのカギです。

 雌の同腹仔きょうだいは『ダミ』。だみ声のダミです。


 ………良く考えるとひどい名前ですね。でも幼名は適当と言うか、あまり良い名前は付けない方が良いのです。ひどい名前の方が長生きできるとか。

 それに、独り立ちしたら自分で名前を付けられるようになるので、それまでの辛抱です。私は独り立ちしたらかっこいい名前を名乗ってやろうと、この頃から名前の候補を考えていました。


 ん?毛皮の柄ですか?私はあなた方人間の言う、キジトラでした。

 カギは黒。

 ダミはキジ白。

 母はキジトラ。

 おっちゃんは黒でした。


 さて、挨拶の練習です。

 暖かくなって春が来たら、私たちは独り立ちをしなければなりません。母たちの縄張りを離れ、見知らぬ土地で生活します。王都には猫が多いので、どこに行っても先住の先輩猫がいます。先輩たちとうまくやっていくには、挨拶が大切なんだそうです。


「に(さ、私を先輩猫だと思って挨拶してごらん)」


 顔を洗うのもそこそこに、母は私に挨拶の練習を促します。母は教育熱心な猫でした。

 私はとことこと歩いて母に近づきました。


「みゃ!(駄目だよ。そんなに勢いよく距離を詰めちゃ。もっとゆっくり歩いて間合いの外で一度止まるんだよ!)」

「みー(はーい)」


 春はまだまだ先ですが、こんな風に、私たちは独り立ちの準備をしておりました。練習が終わると、tkbちくび戦争です。おっちゃんによると私たちもそろそろ歯が生えてくるそうなので、そうなったらこの戦争も終結です。


「みー(ふう、おなかいっぱい)」


 今までの私なら、ミルクを飲んでお腹いっぱいになったらすぐに寝ていました。しかし成長した私は、寝る前にちゃんと身だしなみを整えます。できるおんなは毛づくろいも完璧です。


 顔をひと撫で、ふた撫で。腹回りをひと舐め、ふた舐め。


 はい終了!完璧です。

 自分の身だしなみを整えた私は、まだ自分の毛づくろいをしているカギの元に行って手伝ってあげることにしました。ちなみにダミはもう寝ていました。


「みゃ(手伝ってあげる)」

 しかしそんな親切な私に、奴は、

「みゃん(いいよ。自分でやるから。それよりハナ、もっと丁寧に自分の顔を洗いなよ。目くそ付いているよ)」

 と言って断ります。


「みー(そう言わんと。背中をいてあげよう)」

「みい…(どうも…)」


※※※


 私は、はりきってカギの背中を舐めて毛づくろいをしました。


「………(………)」

「………(………)」


 しばらくすると、カギが身をよじって私から離れました。

「みい…(ありがと。もういいよ)」


「みー(まだ途中よ)」

 私は追いかけて、カギを上から押さえつけて背中を毛づくろいします。仕事を途中でやめるのは落ち着かない気持ちになりますから。


「みー(もういいって!)」

「にゃ(動かないで!)」

「……に(……んじゃ…)」

「みゃ?(え?なに?)」


 しばらくもみ合っていると、カギが突然切れました。


「にゃん!(やめろ言うておろうが!お前下手なんだよ、毛づくろいが!毛が逆立って気持ち悪いんじゃ!)」


 そう言って、カギは私の頬を前足でぺちんと殴りました。軽い殴打ねこぱんちで痛くも何ともありませんでしたが、親切を仇で返された私は衝撃を受けました。


「み…(殴ったね)」

「にゃ(うん)」


 やられたらやり返さなければなりません。私はカギに飛びかかりました。


「しゃー!(やってやんよー!)」

「きしゃー!(返り討ちにしてやんよー!)」


 私とカギは取っ組み合いながらごろごろと王都の石畳を転がりました。


「にゃ(こらこら、喧嘩するな)」

 しばらく取っ組み合っていると、おっちゃんがやってきて私たちを引き離し、仲裁します。


「みい…(はい)」

「みう…(ごめんなさい)」


 私たちはしょぼくれて返事します。ちょっとやりすぎました。


「み(カギ、ごめんね)」

「み(こっちこそ、殴ってごめんね)」


 私は、仲直りの印に、カギの背中をぺろぺろと毛づくろいします。


「にゃ(いいよ、そんなことしなくても)」

「みー(そう言わんと。背中をいてあげよう)」

「みい…(どうも…)」


【作者より】

 上の※※※印にお戻りください。2回ほど繰り返した後、次の話にお進みください。

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