第2章 舞王の末裔

第1話 負けられない戦い

(第2章「舞王の末裔」開始します。しばらく第1章の登場人物は出てきませんが、同じ世界のお話です)


-------------------------------


 おやまあ、そうですか。


 私の話が聞きたいと、そうおっしゃるのですね。

 私の話と言っても、何から話せば良いのやら…

 え?最初から?私が、どこで生まれ、どのように育ち、何を為したのか。覚えている限り全て話せと仰るのですね。


 ………長い話になりますよ。


 そうですか。構わないから話せと。

 まあ、時間ならたっぷりありますからね。お互いに。


 それでは、お話しましょう。私が生まれたのは、王都の…


*****


 私が生まれたのは、王都の、あなた方が『花街』と呼ぶ賑やかな区画の路地裏でした。雪の降る冬の寒い朝であったと母から聞いております。


 私たちは最初4匹の同腹仔きょうだいとして産まれましたが、母の話では、1匹は風邪をこじらせ、目が開く前に旅立ってしまったそうです。

 そんなわけで、私が物心つくころには、同腹仔きょうだいは私も含めて3匹になっておりました。


 『同腹仔きょうだいと共に生まれ1匹で旅立つ』と良く言われるように、同腹仔きょうだいとは始まりを共にする特別な存在です。もちろん愛すべき助け合うべき家族ですが、最初の戦いのライバルでもあります。


 最初の戦い。そう、tkbちくび戦争です。

 母の乳首を奪い合う、決して負けられない最初の戦いのことです。


 え?3匹の同腹仔きょうだいなら、乳首の数は足りているんじゃないかって?

 分かっていませんね。乳首には『あたり』と『はずれ』があるのですよ。


 『あたり』の乳首に吸い付けば、湧き出るお乳が腹を満たし、『はずれ』の乳首は、吸えども吸えども1滴の乳もにじまず、息の続く限り吸引して、やっとわずかな乳が得られるのです。

 あなたならどちらを選びます?そうですよね。『あたり』の乳首ですよね。


 その日も私は、同腹仔きょうだいたちと母の乳首を奪い合っておりました。

 この戦いで重要なのは位置取りポジショニングであり、母がよっこらしょと寝そべったときから勝負は始まって………


 え?何ですか?何で乳飲み子の頃の記憶があるのかって?……え!?あなたには乳飲み子の頃の記憶がないのですか?はあ、そうですか、人間は生まれて数年後からの記憶しかないのですか。


 私たちは、さすがに生まれた直後の記憶は残っていませんが、目が開いてからの事は良く覚えておりますよ。


 私たち、本当は記憶力が良いのです。忘れたふりがうまいのであまり知られていませんが。


 さて、話を戻しましょうか。その日も私たちは母の乳首を奪い合っておりました。目は開いたもののまだぼんやりとしか見えず、手足も思うように動かせない頃でした。その日、私は久しぶりに『あたり』の乳首に出会えました。

 喜びに震えながら芳醇な乳汁ミルクを味わっていると、同腹仔きょうだいの1匹が私を押しのけようと横から押してきました。構わず乳を吸っていると、今度は私の下に潜り込み、頭をぐりぐり捩じりながら下から押し上げてきます。


「ぴゃー(ちょっと、何すんの)」

 たまらず、私は抗議しました。すると奴は、

「ぴゃー(交代して)」

と言うと、私を押しのけて『あたり』乳首を奪ったのです。


 なんたる非道………え?何ですか?何で「ぴゃー」と「ぴゃー」で会話が成立しているのかって?ああ、あなた方人間は、ほぼ鳴き声だけで会話しているのですよね。

 私たちは、鳴き声だけじゃなくて、しっぽの角度、耳の向き、相手との距離、それに何と言っても匂いで会話するのです。あと「ぴゃー」じゃなくて「ぴゃー」です。発音が全く違います。


 …ええと、どこまでお話しましたっけ。そうそう、同腹仔きょうだいに押しのけられた哀れな私は、ころころと転がって、柔らかいものにぶつかって止まりました。まだ良く見えない目を凝らしてみると、それは誰かの柔らかいお腹で、小さいけれど乳首も付いていました。


 乳首から転がったら乳首に出会いました。何を言っているか自分でも分かりませんが、今あったことをありのままに話すとこうなります。

 まあ、細かいことは気にしません。乳首にうては乳首を吸えと言うではないですか。私は迷わずその乳首を吸いました。


 …………………。


 なんということでしょう。『はずれ』乳首でした。息の続く限り吸いましたが、1滴の乳も出てきません。ここまで残念な乳首は生まれて初めてです(生後数週間)。これはもう『はずれ』を超えて『がっかり』です。


 私は意地になって、その『がっかり』乳首を吸い続けました。これまで出会ったことのない強敵です。でも心配ご無用。私には、どんな出の悪い乳首にも乳をひり出させることのできる必殺技があるのです。


「むー(必殺、乳ふみふみ!)」


 私は、乳首を吸いながら、乳首の近くに両の前足を当て、高速の突きを連続で繰り出しました。要はマッサージすることで乳の出を良くする技です。


「ぬー(ふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみゃふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふゃみふみふみふみふみふみ!!!)」


 …………………。


 全然ダメでした。頭がくらくらするほど吸引しましたが、まったくお乳が出てきません。

 何だか腹が立ってきた私は、顔を上げて、この乳首の持ち主に一言文句を言ってやろうと思いました。


「みゃっ!(ちょっと、アナタの乳首、全然お乳が出ないんですけど!がっかりですよ!)」

「………(………)」


 路地裏で休んでいたところ、突如転がってきた仔猫にぶつかられ、何だ何だと思っているうちにその仔猫にもみもみされながら乳首を吸われた挙句文句を言われた雄の黒猫は、困惑した顔で私を見下ろしていました。


 それが、私とおっちゃんとの出会いでした。


---------


 異世界の猫の話なので、地球の猫とは別の生き物としてお読みください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る