第41話 春雷(後)

「他にも仲間がいるかもしれません。寝室に入ったら鍵を閉め、私が来るまで決して開けないでください」


 侵入者2人を緊縛して猿ぐつわを咬ませた上で、窓のない物置小屋に入れ、扉の前に机や椅子でバリケードを築いて出られなくした。

 そしてシナツとサホを寝室に入れ、フサは応援を呼んでくると言って家を出た。


 寝台の上に並んで腰掛け、シナツとサホは、頭から布団をかぶった。興奮状態が去り落ち着くと、今になって恐怖が押し寄せてきた。2人は身を寄せ合って震えた。


「怖かったね…」

「うん…」


 安全なはずの自宅で襲われたこと。殴られたこと。ほとんど抵抗できなかったこと。家の中を良いように荒らされたことが思い出され、怒りや悔しさ、それに悲しみが押し寄せてきた。

 シナツが涙を流すと、つられてサホも泣き出し、シナツの膝に顔をうずめて泣いた。


 しばらくすると落ち着きが戻り、シナツはサホに質問した。

「あの『隠形おんぎょう』って、フサさんに教わったの?」

 侵入者に捕まりそうになったとき、サホが消えたように見えた。あれが隠形なのだろう。


「うん。ごしんじゅつの基本なの」

「どうやるか教えてくれる?」

「うんとね、生き物の体は、いつも少しずつ魔力をだしているの。わたしたちの目は魔力も見ているから、急に魔力が見えなくなると、頭がこんらんして、見えているのに見えなくなっちゃうの」


「………?つまり、魔力を出さないようにするのが隠形?」

「そうなの。息を止めるみたいに、ぎゅーっと魔力をおさえるの」

「ぎゅ、ぎゅーっと?」

「息は止めないの。魔力をぐっとしてからぎゅーっとするの」

「……そうなの…」


 サホはいわゆる天才肌の感覚派のようで、他人に説明するのは苦手そうだ。シナツはサホから教わるのを諦め、後でフサさんに聞こうと思った。

 サホの言う『ごしんじゅつ』は、かなり高度な戦闘技術のようだ。さきほどフサの言っていた『指示サイン』というのは、ハンドサインらしく、縛られたフサは、背後に回された手で『撤退』『救助要請』のサインを出していたらしい。


(フサさん、もしかしてサホを女傭兵に育成しようとしていたんじゃ…)

 そのおかげで助かったが、シナツはフサに一言文句を言いたくなった。


 やがてフサが数人の男を連れて戻り、シナツとサホは寝室から出た。

 フサの連れてきた男たちは、物置部屋から縛られたままの侵入者を運び出し、家の前に止めた馬車の中に入れ、去って行った。


「…衛兵じゃないですよね、あの人たち」


 衛兵の制服ではなく、普通の町人の格好をした男たちは、シナツやサホの方を見ずに、無言で侵入者2人を運び去った。荷が人間であることを除けば、宅配業者や引っ越し業者のような淡々とした仕事振りであった。


「私の『前職』の知り合いです。下区の衛兵はあまり信用できないので。お金で動くことがありますから」

 彼らが、あの2人から色々聞き出してくれますよ、とフサが言った。

 傭兵関係者か、とシナツは思ったが、口には出さなかった。


「安全が確認できるまで、しばらくおじい様たちの家で暮らしましょうね。お父様には、後でおじい様から連絡を入れてもらいましょう」


 フサの言葉を受け、シナツとサホは荷物をまとめてアフミ家を出て、常に人がいて警備もしっかりとした上区のイハセ家に向かった。


 家にいた祖父母と母は、家に強盗が出たことを知り、驚愕し、兄妹を労わり、フサに何度も礼を言った。

「ありがとう。本当にありがとう」


 身重のアシナは、驚きの余り貧血を起こし、今はサホを抱えて寝室で休んでいる。


 夕方になると、父のキサカがイハセ家にやって来た。どうやら侵入者の件は公にせず、同僚には身重の妻が予定よりも早く産気づいたと言って早退してきたらしい。

 キサカは子供たちの無事を確認し、よく頑張ったと頭を撫でた。そして、人に会うと言ってどこかへ出かけて行った。


*****


 それから10日ほど、シナツとサホはイハセ家で過ごし、外出することは許されなかった。キサカは時々様子を見に来たが、色々と動き回っているようで忙しそうだ。


 暇なので、サホと一緒に、時々様子を見に来るフサの『ごしんじゅつ』の修行を受けた。修行しながら、シナツはフサの来歴を聞いた。


 フサは、かつて『雷光』の二つ名で知られた、伝説の女傭兵であった。夫と共に傭兵団に所属し、主に商隊の護衛をしていた。ヒカワと知り合ったのも、彼が、糸の買い付けの旅の護衛を彼女の所属する傭兵団に依頼したのがきっかけだった。

 その後、戦闘で夫を亡くし、フサ自身も怪我を負って戦えなくなり、幼い子供を抱えて困っているときに、彼女ら夫婦に助けてもらったことのあるヒカワが、自分の店での住み込みの仕事をフサに紹介したのだ。なお、店での仕事は荒事関係ではなく、普通の住み込み女中としての仕事であった。

 彼女の一人息子は荒事が嫌いで、傭兵ではなく、ヒカワの紹介で木工職人に弟子入りして職人になった。フサも町で穏やかに余生を送るはずだった。


 しかし、彼女はサホに出会ってしまった。

「百年に一人の逸材です」

 サホの運動能力、動体視力、魔力のセンス、そして何よりも子供らしからぬ落ち着きは、数多くの新兵を育て上げしごきたおしてきたフサから見ても一流の傭兵になれる素質があり、護身術と称してついつい傭兵としての教育を施してしまったそうだ。


「ついつい…」

「はい、ついうっかり」

 シナツのツッコミに、フサは頷いて、『ごしんじゅつ』の修行を続けた。


 気配を消す隠形は、すぐにシナツにも会得できた。しかし、雷を指先から出すのは難しく、なかなかできるようにならない。

「この技ができるようになると、旅先などで火打石がないときに火を起こすのに便利ですよ」

 フサはそう言って、指をパチンと鳴らして小さな火花を散らした。




 やがて、キサカがイハセ家を訪問し、シナツに告げた。


「お前は王都から出されることになった」

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