第35話 米フェス開催!

オリザの粉を混ぜたパン、もちもちして美味しいよ!」

「大陸で食べられているお粥ジョウだよ!体が温まるよ!」


 まだ朝晩の冷え込みは厳しく、春は名のみの早春の候、王都の大路に屋台が並び、威勢の良い掛け声で客を呼び込んでいた。

 本日は、待ちに待った米祭りフェスである。


「らっしゃいらっしゃい、美味しい美味しい[お団子]だよー!胡麻塩と魚醤と胡麻ペーストとリンゴジャムと[あんこ]の5つの味から選べるよ!」


 シナツも米祭りにレシピをエントリーし、レシピの選考に受かって、本選の屋台販売に出場したのだ。てぬぐいを頭に巻いて、屋台で串に刺した団子を炭火で焼いていた。


「この[あんこ]ってのは何でできているんだい?」

 団子の焼ける香ばしい匂いにつられて男が1人やってきて、屋台に掲げられたメニュー表を見ながら訊ねた。


「[あんこ]は、甘く煮た黒目豆を潰したものです」

「胡麻塩と魚醤をくれ」

「へい毎度!」

 シナツは、焼けた団子に胡麻塩をふりかけ、別の団子に刷毛で魚醤だれを塗り、男に渡した。団子は色々な味を楽しんでもらいたいので、小さめの団子3個を1本の串に刺している。


 予想はしていたが、あんこの売れ行きが悪い。ダントツで最下位だ。リンゴジャムより人気がない。団子にジャムは、シナツの感覚からするとゲテモノなのだが、色んな人にジャム団子は絶対美味しいと言われ、リンゴのジャムをメニューに入れたのだ。そして確かにリンゴジャムは良く売れた。あんこよりも。あんこのお団子が好物だったシナツには信じられない結果である。この国で甘い豆が受け入れられるようになるのはいつの日であろうか。


「シナツ、蒸した生地の追加、ここに置いておくぞ」

 スガルが、鍋に入った団子の生地を屋台の奥の机の上に置いた。

 思っていたより団子の売れ行きが良く、昼が来る前に用意した分が売り切れてしまいそうになったため、近所にあるスガルの家が経営する酒場の台所で、スルガに米粉をお湯で煉った生地を蒸してもらったのだ。


「ありがとう。ちょっと焼くの代わって」

 スガルに団子を焼いていてもらう間に、蒸した生地を丸めて串に打つ。

「人使いが荒いなあ」

 ぼやきながらも、スガルは団子を焦げないようにひっくり返した。

「ちゃんと手間賃払うからさ」


 本日、手習所が休みで暇なスガルとハヤヒトは、シナツの屋台の手伝いに雇われている。思っていたよりも忙しく、2人はちょっと後悔していた。

 子供3人の屋台など、普通であれば悪い大人に食い逃げされたり因縁つけられて収益を奪われたりしそうなものだが、この米祭りは学問所が主催し大貴族ドルヌス家が後援している。各所に衛兵が立ち、睨みをきかせているため、客も大変お行儀が良い。


「団子2本でキ銅貨4枚になります」

 会計役のハヤヒトが、お客から銅貨を受け取る。

 スライムのパンがキ銅貨1枚ちょっとだから、小さい団子1本がキ銅貨2枚は割高だ。米そのものは安価だが、南方からの輸送費がかさんで王都では高価な食材になっている。


 元々王都には南方出身者のコミュニティーがあり、そこの食料品店では米を扱っていたが、それ以外の店で米は売られていなかった。今回の米祭りの噂を聞きつけた商人が南方から米を仕入れるようになったが、まだまだシリオホラ粉に比べて高い。


 昨年の秋頃から、王都の普通の食料品店でも米を扱うようになり、米という食材が王都民にも周知されたため、米祭りの応募者は予想よりもかなり多かった。学問所の食堂の料理人をはじめとしたプロの料理人はもちろん、料理自慢の主婦たちもレシピを開発し、1人でいくつものレシピを応募する人たちが出てきたため、慌ててレシピは1人1つまでのルールを後から設定したりと、グダグダな祭り運営となってしまった。このようなフードイベントは初の試みなので仕方ない。


 一次選考は先ず事務方のスタッフが、冷やかしで送りつけてきた怪文書やレシピの体をなしていないものをはじき、二次選考で料理人や食通が吟味して採点し、上位10レシピを本選に進めた。


 シナツと一緒に屋台を並べるライバルたちのレシピも多彩であり、米粉を小麦粉に混ぜて焼いたパンや、鶏出汁で米をとろとろになるまで煮込んだ大陸風のお粥、それに米粉からライスペーパーを作って生春巻きのようなものを作ったり、フォーのような米粉の麺を開発した参加者もいた。

 シナツのように前世の知識を持つわけでもないのに、次々に新しい米料理を思いつく料理人たち。プロの料理人たちの実力に、シナツは感嘆した。


「あにちゃ、おだんごください」

 昼過ぎには、非番のキサカに連れられたサホがやってきた。

「はい。何味にしますか?」

「サホはあんこ、ととちゃは、ぎょしょうです」

 そう言って、サホはキサカから渡された銅貨をハヤヒトに渡した。


「はいどうぞ」

 シナツは団子2本をサホに渡した。キサカは、団子を両手に1本ずつ持ったサホを抱え、立ち去った。サホを抱えて歩くキサカの美貌に驚き、すれ違った人の3人に1人が2度見していたのが印象に残った。


「アフミ君のお勧めって何味?」

 次に来たのは、同級生のヲシマ・イヨだ。

「俺のお勧めは[あんこ]だよ」

 推しを勧めたシナツだが、あんこの説明を聞くと、イヨはリンゴジャム味を買っていった。解せぬ。


「全種類2本ずつくれ」

 雨も降っていないのにフードをかぶった長身の男が、団子を大人買いした。フードつきのマントは使い古した安物だが、マントの裾から見える靴はよく磨かれた高級品だ。子供のシナツの低い位置からは、フードの中の男の髪が金色で、眼は緑色であることが分かった。なかなかの美中年イケおじだった。


「毎度あり。数が多いのでお包みしますね」

 シナツが団子を竹の皮に包み、差し出すと、イケおじの背後に控えた男が会計し、団子を受け取った。彼らの後姿を見送りながら、シナツは、いかにもお忍びの貴族っぽいイケおじだったな、と思った。


「…シナツ、気付いていた?今の人、ずっとシナツの顔を見ていたよ」

 スルガが小声で言った。

「気をつけろよ。お前、喋らなければ美少年なんだから」

 ハヤヒトもそんなことを言うので、シナツはゾッとした。変態の貴族に見初められたのでなければ良いのだが…。


 シナツは警戒したが、その後は特にトラブルもなく、米祭りは大盛況のうちに幕を下ろし、来場者は、来年もこんな楽しいお祭りがあると良いな、と語り合った。評判が良かったので、米祭りはこれから毎年開催されることになる。


 記念すべき第一回米祭り。優勝者は下区の大衆食堂のおやじの作る大陸風のお粥であった。その日は寒の戻りで肌寒く、温かいものが欲しくなった来場者の多くがお粥を購入したのだ。

 優勝は逃したものの、シナツの団子も健闘し、第5位に入賞したのであった。めでたし。

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