第30話 木苺狩り

 王都が一年で最も暑くなる実月の中旬から秋祭りまで、手習所は夏休みに入る。良く晴れた夏の日、夏休み中で暇を持て余したシナツ、ハヤヒト、スルガの3人組男子に、サホとユラの幼女2人のおまけ付きのいつものメンバーは、朝から釣りをしようと、王都の西の外れにある木場に向かった。


 木場はいつもより賑やかであった。何やら木材の大量注文があったとかで、いつもより多くの職人たちが忙しく動き回り、荷馬車の出入りも激しい。


「今日は忙しいから、空いている池はないぜ。帰った帰った」

 顔見知りの筏師にそう言われ、シナツたちは木場を追い出された。


*****


 木場を追い出された子供たちは、さらに西のアキ川に向かって歩き出した。

「どうする?アキ川で釣りするか?」

「いや、アキ川のこの辺は漁場が多い。うっかり漁師の縄張りシマで釣りをしているのが見つかるとえらい目にあう。あいつら、とっつかまえた密漁者は手足縛って急流に突き落したりするから」


 ハヤヒトとスルガが相談するのを聞きながら、シナツは

(この世界の漁師はヤクザより怖い)

と、また1つ新しい知識を得た。


「仕方ないね。予定変更だ。今日はアキ川の向こう岸の西の森で採取しよう。今の季節は何が取れるかな…胡桃や栗はもう少し涼しくならないとだし…あ、木苺が取れるかも」

 王都周辺の地理に詳しいスルガが西の森行きを提案し、シナツたちはそれに賛成した。


 橋を渡ってアキ川を越えるとすぐに西の森に入る。

 森と名が付いているが、人の手の入った明るい雑木林であり、平らに均された道も通っており歩きやすい。

 定期的に猟師が猛獣を駆除し、木こりが伐採して道を維持し、実のなる木を育てる。年月をかけて手入れされた都市近郊の林であり、よほど運が悪くない限り、浅い場所で猪などの猛獣と出会うことはない。

 王都民の憩いの場であり、休日のデート場として人気がある。


 森の中は、木々が日傘になって夏の日射しを遮り涼しい。

「きいちごー、きいちごーはきのいちごー」

 ごきげんな木苺の歌を歌いながら、サホがユラと手をつないで歩く。


 木苺は、森を入ってすぐの所に生えていた。しかしそこは、他の地区の手習所の子供たちの集団が既に木苺摘みをしており、シナツたちより少し年上の少年たちに

「ここは俺たちの領地だ。よそに行け」

と追い出された。血の気の多いハヤヒトが「何だと」と応戦しそうになったが、幼女2人を連れていることを思い出し、大人しく立ち去ることにした。


「くそーあいつら、次会ったらボコボコにしてやる」

「まあまあ、他にも良い場所知っているからそっち行こう」

 そう言うスルガの案内に従って、シナツたちは大きな道を外れて森の奥に入った。


 幼女たちはそれぞれの兄が背負って、道なき道をしばらく進むと、開けた明るい場所に出た。数年前の嵐で何本もの大木が倒れた跡に陽が射して、小さな草原のようになっている。その草原に木苺が群生していた。


「おお、穴場だね。スルガ良くこんな場所知っていたね」

「うちは酒場だからね。酔った猟師のおじさんとかが良い情報をぽろっともらしたりするんだ。でもこの穴場のことは他に言わないでね。荒らされたくないし」

「了解!」

「あい!」


 シナツたちは早速、木苺を摘み始めた。

「枝にトゲがあるから気を付けてね」

 シナツがそう注意すると、赤い実を勢い良く掴もうとしていたユラがびくっと震えて止まり、おそるおそる手を伸ばして実を摘んだ。

「とれた」

 ドヤ顔で報告するユラに、サホがぱちぱちと拍手する。


 子供たちはつまみ食いをしながら木苺を摘んだ。しばらくすると、遠くから昼を告げる鐘が鳴った。

 シナツは持参していたゴザを草地に広げ、その上に弁当箱と水筒を出した。今日は一日木場で釣りをする予定だったので、全員分の弁当を作ってきたのだ。

 シナツは、皆におしぼりを渡して手を拭かせた。


「この薄焼きパンに好きな具をのっけて巻いて食べてね」

 弁当箱は2段重ねになっており、上の段に薄焼きパンを、下の段におかずを入れてきた。


 薄焼きパンはいわゆるトルティーヤや春餅を真似て作った。スライムシリオホラ粉とスライムシリオホラ油と塩の入ったボウルにお湯を少しずつ加え、よくこねる。スライム粉はグルテンフリーなのでねばりが出ないから、徹底的にこねる。生地を寝かせた後に、いくつかに分けて小さい球形にまとめる。麺棒で薄く伸ばし、フライパンで両面に焼き色が付くまで焼いたら薄焼きパンの出来上がりである。


 これに好きなおかずを巻いて食べる、言うなれば、手巻き寿司ならぬ手巻きトルティーヤである。

 おかずは、蒸し鶏を細かく裂いたもの、干し鱈の煮付け、玉ねぎの薄切り、大豆の水煮などを持ってきた。これに、先日収穫した梅の実で作った梅干しを叩いてできた梅肉ソースや、梅ジャムや、魚醤を付けて食べるのだ。

 シナツの感覚では、トルティーヤにも春餅にも甘いジャムは合わない。しかし家で何回かこの薄焼きパンで手巻きパーティーを開いたところ、意外にも甘いジャムをかけるのが一番人気だったのだ。ちなみに今回持ってきたおかずは、家族に人気のあったものをピックアップしている。


 スルガやハヤヒトは勝手に食べてもらい、シナツはサホとユラのためにせっせと薄焼きパンの上に具をのせて渡している。薄焼きパンの手巻きは、皆に好評で、どんどんお代わりしている。


「あ、そうだ。シナツ、カガミさん評判いいぞ」

 スルガにそう言われ、シナツは首を傾げた。

「カガミさん…?」

「ほら、吟遊詩人の」

「ああ!」


 新年に王都の大路で出会った吟遊詩人の名はカガミと言う。彼に女騎士に対する熱い情熱をぶちまけ、それを実の父親に聞かれると言う恥ずかしい体験をしたのは忘れ難い思い出だ。

 それから数日後、シナツがハヤヒトとスルガと共に手習所から帰る通り道で、演奏しているカガミと再会したのだ。彼は新作の『姫騎士と北の海賊』を演奏しており、それを聞いたスルガが、うちの酒場で歌ってみない?とスカウトしたのだ。どうやら彼は、スルガの家の酒場でうまくやっているようだ。


「スハさんが、彼の『姫騎士と北の海賊』の話を気に入っちゃって、今度上区の劇場でお芝居になるらしいよ」

「スハさんて…あ、好色スキモノの?」

「ああ、思い出した、好色のスハさん」


 以前、シナツをからかうときに、スルガが「うちのお客さんの好色で有名なスハさんと同じこと言っている」と引き合いに出したため、シナツとハヤヒトにとって、スハさんと言えば好色である。自分の知らない所ですっかり好色なおっさんのイメージがついてしまったスハさんの風評被害がひどい。


「…その二つ名、絶対本人の前で言わないでね。有名な劇場の支配人で、偉い人なんだよスハさんは」

「へえ、スハさん、偉い人なんだ」

「偉い人は好色が多いって聞いたことがある」


 会ったこともないスハさんの話で盛り上がる兄たちの会話を聞きながら、ユラは、

(おしばい…!)

と、良いことを思いついた。

 急いで手巻きパンをもむもむと食べると、パン屑を払って立ち上がり、

「おしばいしましょう」

と言った。


「おしばい?」

 首を傾げるサホに、ユラは、

「サホちゃんはイサガ王」

と指名した。

「わたしはアカル姫。にいちゃんたちは賢王と武王と舞王ね。イサガ王ごっこしましょう」


 イサガ王ごっことは、子供たちに人気のこの国の初代王イサガの伝説の有名な場面を演じるごっこ遊びだ。


「アカル姫のお話をするなら、クラド王がいないと」

 と、スルガが突っ込んだ。ほぼ全編にわたり各地を旅して、冒険したり妖怪退治したり戦をしているイサガ王物語の中で、アカル姫の登場する場面は、貴重な恋愛パートである。

 とある地方の弱小豪族の娘アカル姫が、近隣の悪の大豪族クラド王にさらわれたのを、旅のイサガ王と三名の眷属が救出して、クラド王を倒す物語だ。アカル姫は後にイサガ王の妻となる。


「じゃあ、にいちゃん、クラド王もやって」

 1人2役を命じられたハヤヒトは、薄焼きパンをお代わりしながら「えー、めんどい」とやる気がない。


「じゃあ早い者勝ちで、僕賢王ね」

とスルガが言えば、ハヤヒトも

「じゃあ俺は武王」

と言った。シナツは、

「ええ?じゃあ俺が舞王?いやだなあ」

とぼやいた。


 三眷属の中で一番人気がないのは舞王である。


 賢王は、その賢さと冷静な判断でイサガ王を助け、後の宰相になる。

 武王は、その強さと熱く燃える忠誠心でイサガ王を助け、後の将軍になる。

 では舞王は?


 実は舞王については良く分かっていない。イサガ王の死の前後から消息不明になり、歴史から消えている。残された資料も少ない。イサガ王と賢王と武王の3人が揃った肖像画が王宮に残されている。しかしその絵は一部が不自然に切り取られ、その箇所に舞王が描かれていたのではないかと推測される。


 舞王という名から、舞に関する技能を持つ者であることは分かる。残されたわずかな資料には、舞王が舞って、百名の軍を壊滅させたという記述もあるが、与太話の1種であろうと歴史家はこの記述を信用していない。

 舞を奉納する、祭祀を司る神職であると考察する向きが多い。


 また、イサガ王の残した日記に「賢王と武王が、舞王をめぐって決闘した」との一文があり、このことから舞王女性説も根強い。


 この一文を読んだシナツは、

(まさかBLじゃないだろうな…)

と恐れた。4人旅のうち、自分以外の3人がBL三角関係なんて、イサガ王にとって地獄のような旅路だったのではないだろうか…


 イサガ王ごっこで舞王の役を振られた子は、戦闘シーンで格好よく戦う武王たちの後ろで創作ダンスを踊らなければならない。それが恥ずかしいので、舞王役は人気がないのだ。


「あーれー、クラド王にさらわれるー!イサガさま、おたすけをー」

 アカル姫役のユラはそう言うと、兄の元に、ててて、と駆け寄った。さらわれるというか、自発的についてきているが。


「ははははは。アカル姫は我がもらいうけるー」

 唐突に始まった寸劇に動じることもなく、パンを食べながらハヤヒトが言う。家でもごっこ遊びに付き合わされているのだろう。手馴れている。

 ユラが、真面目にやれよ、と目で圧をかけてくる。仕方ないので、舞王役のシナツは、フラダンスを踊って舞王っぽさを演出してみる。


「う?う?」

 イサガ王役のサホは、きょろきょろと周囲を見回して、兄に目で助けを求めた。サホはイサガ王物語を良く知らないのだ。


 シナツは、フラダンスを踊りながらサホに近づき、

「おのれクラド王、姫を返せ」

と、小声でサホに囁いた。サホは頷き、

「おのれクラド王、姫をかえせ」

と、ハヤヒトに向かって言った。


「返してほしくば、我が城まで来るがよいー」

 水筒の水を一口飲んでから、ハヤヒトが言う。


「よかろう、首を洗って待っておれクラド王」

 フラダンスを踊りながらシナツが囁けば、

「よかろう、くびをあらってまっておれ、クラド王」

 ビシっとハヤヒトに指を突き付けてサホが言う。

 食事を終えたハヤヒトは、ゴザの上にごろりと横になって寛いでいた。


「もう!にいちゃん!まじめにやって!」

 ユラが怒って、ハヤヒトをポカポカと叩いた。

 このアカル姫、強い。イサガ王たちの助けを待たずに自力で脱出できるのではないだろうか。

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