第27話 米フェス
ズンズンズン、とリズミカルな音が食堂に響く。
「まだまだですね。交替します」
ケヌから棒の刺さった瓶を受け取ると、シナツは棒を上下に動かした。その動きに合わせて、棒が瓶の中の玄米を突く。
*****
「精米とは何のことか」
米の声を代弁したシナツに、クローディアはそう問いかけた。
『精米』に相当する言葉が見つからないため、『米を磨く』と言い換えたのだが、うまく伝わらなかったようだ。
シナツは、食堂で無料配布されているちまきの米を試食し、その生臭さに悶絶した。そしてこの生臭さは、精米と研ぎ洗いを徹底することで緩和されるのではないかと推理した。
食堂の調理場から料理人に調理前の米の袋を持ってきてもらう。部外者のシナツたちが調理場に入ることは断られた。貴族の関係者が利用する食堂なので、毒の混入や食中毒を警戒するのは当然である。
生米の袋を開けて米粒を手に取ってみれば、予想通り茶色い玄米であった。
「米には[ぬか]層という茶色い層が粒の周りにあります。栄養豊富で食べると体に良いのですが、独特の臭みがあります。米を食べなれない者が米を食べるときは、米を磨いてこの[ぬか]を取った方が良いです」
「ほう、どうやって磨くのだ?」
そう問いかけるクローディアに答えようとして、シナツは具体的な精米方法が分からないことに気づいた。
米農家の前世の祖父母の家の倉庫には、大きな精米機があって、スイッチ1つで白米が作られていた。実家や一人暮らしのアパートに住んでいたときは、精米済みの白米をスーパーで買っていた。
(あれ?精米って…どうやるんだっけ?)
米の第一人者みたいな立ち位置についてしまったシナツは、動揺していることを悟られないように、前世の記憶を高速検索した。
(戦時中…物不足…米…空き瓶)
「空き瓶とその中に差し込める太さの棒を下さい」
前世の戦争ドラマで、モンペを穿いた子役が、瓶の中の米を突いているシーンを思い出したシナツはそう言った。
そうして話は冒頭に戻る。
調理場から借りたガラスの空き瓶(庶民の使う瓶は陶器のものが多いが、予算の潤沢な学問所の瓶はガラス製であった)に玄米を入れ、細い麺棒でひたすら突いてぬか層を削る。どれくらいの力でどれくらいの時間続ければ良いのか分からないが、米が砕けない力で、とりあえず米の色が薄くなるまでやってみることにした。
食堂の昼の営業は終わり、夕食の時間まで閉めるのだが、クローディアに頼んでもらい、食堂の隅で作業させてもらうことにした。
従業員たちは食堂でまかないの昼食を取りながら、美人女教師と中年と少年という不思議な組み合わせの三人組の作業を興味深そうに見た。
やがて昼食を終えた料理人たちが三人の周りに集まり、作業を手伝ってくれたため、精米作業は速く進んだ。
「それでは米をふるいます」
ボウルの上にふるいを置き、瓶の中身をふるいの上に出す。さらさらと米が流れ出て、ふるいを軽く揺すれば、ぬかがボウルの中にたまった。
「この茶色い粉が[ぬか]です。とても栄養豊富で[ぬか漬け]という漬物も作れますが、独特の風味なので慣れないうちは家畜の飼料や畑の肥料に混ぜても良いです」
シナツが見物の料理人たちにボウルの中のぬかを見せると、彼らは匂いを嗅いだり味見したりしながらわいわいと感想を言い合った。
「そしてこちらが精米した米です」
ふるいの中の5分つきぐらいに精米された米を示しながらシナツが言う。
「ええと、これまで米はどうやって調理していました?」
シナツが問うと、一番年若そうな料理人の男性が出てきて、おずおずと言った。
「俺が米の担当です。米は一握りを笹の葉にくるんでいぐさで縛ったものを、沸騰した湯に入れて10分ほど茹でました」
「米は洗わないのですか?」
「レシピには洗う作業は書いてなかったので…あと、この小さい粒を洗うのは難しそうで…」
話を聞くと、彼は昨年入ったばかりの見習いであり、はっきりとは言わなかったが、
「米は粒同士がこすれるようによく洗うと臭みが取れます。また、洗った後に水に漬けて水をよく吸わせるとふっくらと炊けます」
料理長がシナツにやり方を見せてくれと言うので、食堂の手洗い場で米を研いで見せ、時間がないので15分ほど吸水させた後におよそ1.2倍の水と共に小鍋に入れ、調理場に入れないので入り口から指示を飛ばしながら見習い君に炊いてもらった。
「葉にくるんで茹でるのも良いですが、この[炊く]という調理法も慣れると楽ですよ」
そしてしばらく蒸した後、鍋ごと食堂の机の上に運んでもらった。
「
料理人たちに囲まれ注目された中、シナツは小鍋の蓋を開けた。
もくもくと昇る湯気の先に、つやつや輝く米がふっくらと炊けている。
シナツは木べらで切るように底から炊き立てご飯をさっくり混ぜた。火加減が難しくてお焦げが多めである。
そして一口味見をする。
前世のブランド米ほどもっちりとはしておらず、少々ぱさついているが、確かにご飯である。よく噛むと優しい甘さが口内に広がる。懐かしさに涙が一筋、ほほを伝って落ちる。
「あ、すみません。懐かしくて」
ケヌの怪訝な顔に気づき、シナツが言う。なぜ王都生まれ王都育ちの君が米を懐かしむのか、とケヌは思ったが、この子に関しては深く考えるだけ時間の無駄だ、と考えて何も言わなかった。こういう妙な生き物だと思うしかない。
ちなみに他の人たちはその様子を見ていない。各人木匙を手に、鍋から直接味見をしている。
「匂いはほとんど気にならないな」
「もう少し精米の時間を長くしてみるともっと良くなるかもな」
「腹持ちが良さそうだ。俺、これ好きだわ」
「俺はちょっとこの粒々の食感が苦手だわ。粉にひいてパンを作れないかな」
「味のパンチが弱いな。水じゃなくてスープで炊くのはどうだろう」
食堂の料理人たちが味見をしながら次々に改善案を出して議論する。
クローディアも木匙でご飯をすくって一口食べ、
「!!」
緑色の目をきらきら輝かせて咀嚼している。気に入ってくれたようだ。食べ終わるとシナツとケヌに向かい、
「シナツ君、これ美味しいな!米がこんなに美味しくなるなんて。君が米の声を聞ける人で良かった」
と言った。
「…お役に立てて光栄です」
その場のノリで「米の声を聞け!」と言っただけだが、クローディアは真に受けたようだ。
(天然なのか?いや、研究者特有の何事も最初から否定しない姿勢と、育ちの良いお嬢様特有の相手の意見を拒絶しない性質。それらが入り混じったハイブリッド型真面目系天然理系女子か)
年上の赤髪の美女に対して失礼で雑なプロファイリングをしながら、シナツは、
「これで米の研究は続けられそうですか?」
と訊いた。
「うむ。これなら主島の人間にも米を受け入れてもらえそうだ。先ずは学問所内の人に米に親しんでもらい、次は王都民にも米を知ってもらいたい。どうすれば良いだろう。炊き出しなどで無料で配るのが良いかな」
王都の市外には、長屋や掘立て小屋がひしめく、いわゆるスラム街がある。王城はそこで定期的に衛生指導や炊き出しを行っている。
炊き出しに米を使うのも決して悪くはないが、米のイメージが貧困層の食べ物に固定されてしまい、王都全体に普及されにくくなってしまう。それでは困る、とシナツは思った。前世日本人としては、米の美味しさを1人でも多くの人に知ってもらいたい。
「料理コンテストを開催してはどうでしょう」
「料理コンテスト?」
「米を使ったレシピを大々的に募集するのです。レシピは料理人や食通の方が審査をして、優秀者には金一封を贈るのです」
「それ良いな。でも料理人や食通だけじゃ審査が偏りそうだ。もっと多くの人に審査してもらいたいが」
「いっそお祭りにしては?応募された米のレシピの中から優秀なレシピをいくつか選び、応募者に王都の大路で屋台を開いて販売してもらうのです。売り上げの一番多い者を優勝者に選び、賞金を授与するのです」
シナツは、前世のフードフェスやグルメイベントを思い出しながらそう言った。半分冗談だったのだが、クローディアは、
「それ良いな。米祭りか」
と本気で思った。
ご飯を試食しながらシナツたちの会話を聞いていた料理人たちは、
(賞金…)
と、目をキランと光らせた。
「おらお前ら、いつまで食っているんだ。そろそろ夕食の仕込みを始めっぞ」
料理長がそう怒鳴ったため、料理人たちは慌てて片づけを始め、その話はそこで立ち消えた。
シナツとケヌは家に帰り、クローディアは研究室に戻った。
学問所の料理人たちは、米祭りの賞金を狙い(まだ開催されるか分からないのに)、各自米を使ったレシピを開発し始めた。
それとは別に、シナツに教わった米の炊き方や精米法に工夫を重ね、美味しいご飯を食堂に出すようになった。改良されたご飯は学生や教職員に好評を博し、学問所内に米ブームを起こした。
クローディアは実家のコネと、役人になった学問所の同期のつてを使い、米フェスの開催のために奔走した。
シナツがクローディアに米フェスのアイデアを話したのは、稲の若い苗が田に根を張り始めた初夏萌月の頃。その翌月の雨月に、クローディアから来春米フェス開催の報を聞き、シナツは、
(冗談だったのに…)
と、高位貴族の行動力と権力に恐れを抱いた。
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