第20話 To BL or NOT to BL(後)

 イヨは、父親からシナツと『親しく』なるように命じられた。父親は、もちろん7歳の娘に女を使った親しさまでは求めていない。ただ、大店イハセ家の跡継ぎ候補と友人になることは利が多く、あわよくば友情から愛情が育ち、シナツの嫁の座、すなわち将来的にイハセ家の奥様の座も手に入るかもしれないとは考えているが。


 イヨはそこまで考えていない。単に、娘とシナツが同じ手習所に通っていることを知った父親に、「お世話になっているイハセさんの孫のシナツ君と仲良くしなさい」と言われて従っているのだ。


「『おなもみ(面ファスナー)』も良いよね。巾着の口につけてみようと思うの。紐で縛るんじゃなくて『おなもみ』で閉じる巾着って良くない?『袋とじ(線ファスナー)』も、もっと軽ければ巾着に使えるんだけど」

「ヲシマさん、色々考えてすごいね」

 シナツは感心して言った。イヨは恥ずかしくなってうつむいた。


「…商売のこととなると喋りすぎちゃって…呆れたでしょ」


 成績の良いイヨは、同年代の男子からやっかみ半分で「がり勉」とからかわれている。イヨはからかわれることを恐れて、特に男子の前では自分の知識をひけらかすような真似をせず、無口でいることが多かった。

 しかしシナツは同年代の男子とは思えないほど話しやすく、ついつい余計なことまで話してしまった。


「え?呆れたりしないよ。本当にすごいと思っている。巾着のアイデア、すごく良いと思う」


 ストレートに褒められ、イヨは真っ赤になった。

 同世代の男子ではプライドが邪魔をして素直に相手の努力を認めることが難しい。シナツは本来の性質が素直なことと、精神が大人の余裕でイヨを正当に評価した。


(アフミ君…好きかも)


 大人の男の余裕に、少女の心がときめく。ちょろい。


「えっと、その本、面白い?」


 照れをごまかそうと、イヨはシナツの持つ本に話題を換えた。


「うん。面白かったけど、知りたいことは分かんなかったな」

「何を調べていたの?」


 イヨが問うと、シナツは少し考えてから、

「すごくしょうもないこと。笑わない?」

と言った。


「笑わないよ。教えてくれる?」


「…特許法が廃止されることになった発端ってさ、ヲキ王が寵臣シリベシ公に一般的な製塩法の特許を与えたことじゃん」

「そ、そうなの?ごめん、よく分からない…」


 自分は同年代に比べて物を知っている方だと思っていたが、アフミ君は自分なんかよりよほど物知りだ。イヨは自分の無知を恥じた。


「うん。ヲシマさん、寵臣って何だと思う?」

「え…?お気に入りの臣下?」

「そのお気に入りって、どういう類のお気に入りだと思う?」

「さ…さあ」


「つまり、その臣下を恋愛的な意味で寵愛しているのか、単に同性の友人として好きなのか、仕事のできる部下として重宝しているのか。

 [BL]なのか[BL]でないのか。それが問題だ!」


「ちょっと何を言っているのか分からない…」

 イヨは、半歩下がってシナツと距離を置いた。

 彼女がチベットスナギツネのような顔になっていることに気付かず、シナツは続ける。


「いや、真面目な話、これは自分の進路にも関わってくるというか…この国で同性愛ってどういう位置づけなんだろう。軍隊って、同性愛を禁止することが多いけど、文化によっては逆に奨励することもあるじゃん。あと多様性の観点から許容したり。

 ウチの騎士団はどっちなんだろう、って考えたら、不安になってさ。[昭和のスパルタな]体罰による訓練は覚悟しているけど、同性による[セクハラ]はちょっと許容できない。

 ヲシマさんはどう思う?」

「………さあ」


 シナツが言っていることはよく分からない言葉が混じって半分も理解できなかったが、イヨは1つだけ理解した。

(アフミ君って、変な人だ…)


 イヨは約束通り笑わなかったが、かなりドン引きした。


*****


 イヨは用事を思い出したと言って、逃げるように教室を出た。

(何とかごまかせたか)

 ふう、とシナツは息を吐いた。


 ヲキ王BL疑惑ももちろん気になってはいた。

 しかしシナツが今調べていたのは、特許法成立から廃止に至るまでの詳細であった。

 その結果、シナツは確信を得た。この国の特許法とは――


(王権によるカツアゲだ)


 海神の娘の産んだ男児を祖とする王家。神話と史実が混ざり合ったこの国の初期の歴史を読み解けば、海神の一族とは、この島国の西方にある大陸からやってきた移民集団だ。


 戦争か天災か宗教的迫害か。何らかの理由で故郷を追われた彼らは、新天地を目指して、この東の果ての島国に流れ着いた。海神の秘術と呼ばれる超技術を携えて。


 当時この島国は、前世日本でいうところの古墳時代ぐらいの文明レベルであった。いくつかの地方に分かれて小競り合いを繰り返していたこの島の住人にとって、空を飛ぶ馬、やせた土地でも育つ食用スライムといった海神の秘術は、オーバーテクノロジーであり、彼らの登場は、島の勢力バランスを大きく崩した。


 海神の一族は、漂着した地方を治める土着の豪族と手を組み、豪族の若君と海神の姫君との間にできた子供を佐けて島を統一した。

 海神の一族は渡来系の貴族となり、今なお王を支えている。

 王を支えていると言えば聞こえが良いが、王を傀儡に仕立てたとも言える。


 自分たちが主体となって島を統一すれば、異国人の侵略として反発を招き、激しい抵抗を受けたであろう。

 原住民の血筋を王とし、自分たちは臣下に下ることにより、島の統一はつつがなく進み、移民の一族は安住の地を得た。


 王位は原住民の一族に譲ったが、実権は渡さない。海神の一族は、秘術を王に渡すことなく、代々自分たちで管理した。


 お飾りの王はやがて、自分に力がないことに不満を持つ。渡来系の貴族の力を削ごうと策を巡らす。


 そのうちの1つが特許法だ。

 海神の秘術を王のものとするための法律。


 本来は、新しい発明を奨励し、産業を発展させることを目的としてできた特許法は、ヲキ王の時代に改正を繰り返し、権力者による恣意的な「発明」の定義を許す、がばがばの法律になった。改正特許法は、元からある海神の秘術を海神の一族から奪うことを目的としていた。


 だが、ヲキ王は急ぎすぎた。


 彼は手始めにストラボ家の製塩業を奪うことを狙って、一般的な製塩法の特許を寵臣シリベシに与えた。


 当然、ストラボ家の反発は激しかった。ストラボ領の主要産業の製塩工場がストライキを起こし、塩の値が上がって各地で暴動が起きた。

 ここまではヲキ王も予想していた。これをストラボ公に叛意ありとして、お家を取り潰す予定であった。


 予想外だったのが、他の渡来系貴族のブルトゥス家やドルヌス家がストラボ家に味方し、王に抗議したことだ。普段仲の悪い渡来系貴族が団結したのは、ストラボ家の次は自分たちであることを正しく理解したからである。


 団結した海神の一族に敗北したヲキ王は退位し、特許法は廃止された。


(なんてことを、ヲシマさんに言う訳にはいかないからね)


 不敬罪どころの話ではない。

 妄想を流布する不穏分子として、家族ごと処罰されても不思議はない。


 とっさにヲキ王BL疑惑について語り(これもたいがい不敬だが)、窮地を脱したが、別の窮地に陥った気がした。


(ヲシマさん、俺のこと変人を見る目で見ていたな…)


 何か大事なものを失った気がするシナツであった。

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