第18話 王都の真ん中で性癖を叫ぶ

 さあさ、お立合い、お立合い。お急ぎでなかったら、ゆっくりと聞いておいで。

 今から歌いまするは、この国を興した初代王イサガ誕生の物語。


 今は昔、麗しの古都クジフルが、小さな漁村をまばらに抱えた寂れた浜であった頃。海神の娘が、海底の宮から鯨に乗ってクジフルにやってきた。


 海神の姫君は、そこで海辺の村の若者と出会った。2人は出会ってすぐに恋に落ち、やがて夫婦となった。


―――え?展開が速い?伏線はないのかって?姫君が幼い頃お忍びで浜に来て若者と出会ったとか、海で遭難した若者が姫君に助けられたとか、若者がいじめられていた亀を助けたとか?

 ねーよ、そんなの。亀って何だよ、亀って。

 恋に落ちるのに伏線はいらねえ。落ちるときは一瞬なんだよ。


 あー、えっと、何だ、姫君は、嫁入り道具に美しい白い小箱を持ってきた。


「箱を決して開けてはなりません」


 と姫君は言った。


―――え?見るなの禁忌?民話の定型?異類の者との禁忌を破ることで破滅が訪れる?

 いや、その通りなんだけど、話の結末言うのやめて。本当にやめて。


 2人は仲睦まじく暮らした。

 やがて姫君は子を宿し、産み月となり産屋に籠った。


 姫君は難産で、不安になった若者は家の中を意味もなくうろつき、嫁入り道具の白い小箱を見つけた。これまですっかり忘れていたというのに、その箱をみつけた途端、若者は白い小箱を開けたくてしかたなくなった。


 姫君は産屋に籠り、家には自分しかいない。若者はそっと箱の蓋を開けた。


 すると箱の中から冷たい煙があふれ出た。煙は家の中を満たし、やがて家からもあふれ出し、村中に広がった。


 どれくらい経ったであろうか。いつの間にか煙は消え、姫君が産屋から出てきた。腕の中には、生まれたばかりの男の子が泣いている。


「箱を開けてしまったのですね。私はもうここには居られません」


 姫君はそう言うと、若者に赤子を渡し、鯨に乗って海神の宮に帰って行った。


 この赤子が成長し、やがて武王や賢王や舞王といった仲間と共に主島を統一する初代王となりますが、そのお話はまた次の機会に。


*****


「箱の中には煙しか入っていなかったの?」


 先ほどから物語に茶々を入れてきた少年がそう訊ねる。イセ銀貨という破格の投げ銭を帽子の中に先払いしてくれた客だから耐えたが、そうでなければ追い払っていたところだ。

 投げ銭の相場はキ銅貨1~2枚。昔はキ銅貨1枚でスライムシリオホラのパンが1個買えたが、最近はパンも値上がりして1個あたりキ銅貨1枚とケノ銅貨2枚になっている。投げ銭の相場は変わらないのに物価だけが上がって、年々生活が苦しくなっている。


「いいや。箱にはあるものが入れられていた。煙が引いた箱の底に入っていたものは、話の伝わる地方によって様々だ。

 例えば、南の方では、真珠とか珊瑚とかの宝物が。北の方では悪霊とか災いが。西の方では、何とスライムシリオホラが入っていたんだとか」


 言いながら、吟遊詩人の男は帽子の中に入れられた投げ銭を回収して財布に入れた。いつもよりいっぱい入っている。認めたくないが、この変な少年の合いの手が通行人の興味を引いて、いつもより客が足を止めてくれたのかもしれない。

 自分独りで歌うより、知り合いの芸人と組んで掛け合いをする芸風の方が、人気が出るかもしれないと吟遊詩人は思った。

 懐が温かくなって気分が良くなった吟遊詩人は、少年に恩返ししたくなった。


「坊ちゃん、何か聞きたい曲はあるかい?」

「父さんは騎士なんだけど、騎士のお話ってどんなのがあるの?」


 なるほど騎士の子か、と吟遊詩人は思った。

 黒髪青眼の少年は、妹らしき金髪紫眼の女児を連れていた。騎士には淡い色彩の者が多い。


「『イセ王物語』とか、『ルキウスとユリア』とかが有名だな」

「それって皆、男の騎士の話だよね。女の騎士っていないの?」

「は?」


 吟遊詩人は驚いた。とても非常識な発言を聞いた。この少年は騎士家の子供だと言っていたが、嘘なのだろうか。


「…女は騎士になれないよ」

「え!?」


 少年は目を見開いて固まった。何で騎士の子が驚くんだ。こっちが驚くわ。


「…いや、そりゃ数は少ないだろうけど、1人や2人くらい歴史上にいないの?」

「いないよ」

「架空のお話の中にも?」

「聞いたことないねえ」


 すると少年は、崩れ落ちるように地面に手と膝をついた。

「女騎士がいない世界…だと…?」

 隣で妹の方が、

「あにちゃしっかり」

と兄を励ましている。


 まさかこんなにショックを受けるとは。その様子を哀れに思った吟遊詩人は、

「女傭兵ならいるけど」

と言った。少年は顔を上げて、

「傭兵って雇われの兵士のこと?ここ百年近く大きな戦もないのに、傭兵の仕事ってあるの?」

と言った。


「大きな戦はないけど、地方では時々小競り合いがあるし、商隊の護衛の仕事もあるよ」


 僻地では、普通の村人が、割と気軽に追いはぎに化ける。旅には危険が付き物だ。

 吟遊詩人は祭りの季節に旅をして村や町を廻るため、彼は実体験として知っている。安全のため、傭兵の護衛に世話になることも多いのだ。


「有名な女傭兵には、大昔の戦乱の時代に活躍した『馬殺し』や、最近では『雷光』がいるよ」

「おお、カッコいい二つ名」

「『雷光』はつい最近まで活動していたけど、怪我をして引退したらしいね」

「他にはどんな女傭兵がいるの?」

「二つ名が付くくらい強くて有名なのはその2人くらいだな。あとは女傭兵とは名ばかりで、その実際の仕事は自衛のできる娼」

「言わせねーよ!」


 少年は持っていた袋を吟遊詩人の顔に押し当てて遮った。


「ぶはっ!何すんだ?」

「幼子の前でそういう[R15]ネタは控えてもらいたい!」


 そう言われて視線を下に向けると、幼女は兄の上衣の裾を掴んでうつらうつらとしていた。聞いていないし、そもそも聞いても意味が分からないだろう。


「何、怒っているの?」

 娼婦ってそんなに変な発言だったかな、と吟遊詩人は不思議に思った。


「他に戦う女性のお話ってない?」

「うーん…北海の雄、ヒタカミ領は海賊が出ることで有名なんだ。そこのご領主様の一番の仕事は海賊退治なんだが、先代のご領主はお体が弱く、奥方様が代わりに海賊退治したという話を聞いたことがある」

「おお、戦う領主夫人。かっこいい。その夫人のお話はないの?」

「まだご存命の高貴なお方のことだからなあ。下手なお話を作ってご不快に思われたら、こっちの身が危ないよ」


 ああ身分社会、と少年は呟いた。


「領や人の名前を変えて、作り話ってことにしては?」

「うーん、そうだな、それならいけるか…?」

「ついでに領主夫人を領主令嬢にして、さらにご令嬢を女騎士にしよう」

「…君、何でそんなに女騎士が好きなの?」

「男のロマンだからだよ!とある時代のとある領の領主の一人娘のお転婆姫が、男のふりをして騎士になるんだ。そしてなんやかんやあって海賊と戦うんだ」


 あまりに突拍子のない話に、吟遊詩人は呆れた。突拍子ないが、妙に心惹かれる物語だ。


「いや、男のふりで騎士って無理でしょ。騎士は見習いの頃から集団生活で、風呂も寝所も野郎どもと一緒で、どんないかつい女でも初日にばれるって」

「ならば病弱であると偽って、個室で生活させてもらおう」

「…そもそも病弱な人は騎士団入りを断られると思う…」

「細かいことはいいんだよ!謎の力が働いて女とばれず、姫君は騎士になる。同僚の騎士に女とばれそうになったり、ばれて脅迫されたり、任務で助けた女性に惚れられたりしているうちに、やがて故郷を脅かす海賊と戦うんだ!」

「おお、何だか面白そうだ」


 吟遊詩人は言った。男のふりをして騎士になる姫君の物語。女性ウケが良いのではないだろうか。

 吟遊詩人と少年は意気投合し、道端で女騎士の物語の詳細を詰め始めた。

 ちなみに妹の幼女は寝落ちして、兄に背負われている。


*****


 話に夢中になっていたシナツの背中が軽くなる。

 後ろを見上げると、背負っていたサホが背の高い男に抱えあげられていた。


「父上?」

「遅いので迎えに来た」


 サホを片腕に抱え直しながらキサカが言う。ふと空を見れば、夕日が王都の建物の間に沈もうとしており、辺りはすっかり暗くなっていた。


「あ、もうこんな時間か。お兄さん、またね」


 吟遊詩人の男にそう声をかけて、シナツは父と連れ立って祖父母の家に向かう。

 嵐のように来て嵐のように去った少年の後姿を吟遊詩人は見送った。


「父上、わざわざ迎えに来ていただき申し訳ありません。この人混みの中を探すのは大変だったでしょう」

「いや、銀行近くの大路に人だかりがあって、お前の声が聞こえたからすぐ分かった」

「え…?」


 どうやら吟遊詩人と自分の会話は、周囲の注目を集めていたらしい。神殿の参詣を終え、さて次はどうするかと暇を持て余していた人々にとって、吟遊詩人と少年の掛け合いは芸人の漫才だと思われていたようで、吟遊詩人の帽子の中には、結構な額の投げ銭が放り込まれていた。


「ち、ちなみに父上は、いつ頃からお待ちになって…?」

「お前が、女騎士が存在しないことを聞いて崩れ落ちたあたりかな」


 シナツは再び崩れ落ち、体で美しいorzの形を作った。

 王都の真ん中で性癖を叫び、それを父親に聞かれていたとは。


「くっころ!」


 黄昏時の王都に、シナツの叫び声が響いた。


*****


 なお、吟遊詩人は『姫騎士と北の海賊』というお話を完成させ、人気の演目となる。このお話はやがて王都の劇場で芝居となり、本にもなり、この国に『女騎士萌え』の概念を植え付けることに成功した。

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