第17話 あとのまつり

 冬至から新年3日頃までは、冬の休みとして多くの商店が店を閉じている。

 その代わりに神殿近くの大路に市が立ち、近隣の町村からの出稼ぎが屋台を出したり、むしろの上に品物を並べたりして、商いを始めている。

 吟遊詩人が歌い、軽業師が舞い、王都は新年の活気に満ちている。


 アキ川上流の山村の木工細工や、海辺の村の新鮮な海産物といった、普段目にすることのない珍しい品々を前に、シナツは目を輝かせた。


「うわ、何だこれ、海藻?あ、この赤いのもしかして[テングサ]?どうやって食べるの?へえ、魚や野菜と一緒に煮込んで冷ますと固まるから、それを切り分けて食べるんだ。お菓子とかには使わないの?生臭くて無理?そっか、1袋ちょうだい」


 本来の目的を忘れて買い物を楽しむ兄の手を引いて、サホが言う。

「あにちゃ、よそみはだめよ」

「…はい」


 しっかり者のイケメン妹にそう諭され、シナツは銀行に向かった。


 銀行は、上区の商業地区の大路と大路が交差する角に建つ。

 大きな3階建ての石造りの建物は堅牢で、窓には格子がはまり、入り口は2人の衛兵が立っている。大路の向かい側には衛兵の詰所があり、王都の中でも相当に治安の良い場所だ。


 王都を歩く際に何度も銀行の前を通ったことがあるため場所は知っていたが、シナツは中に入ったことはない。子供2人で入って咎められないかと不安に思いながら、サホの手を引いて銀行に入る。扉を守る衛兵はこちらを一瞥したが、特に何も言わなかった。


 銀行の内部は広い部屋になっていて、入って手前側にベンチが並び、奥に長机のカウンターが設置され、どうやらそこが受付窓口である。


「いらっしゃいませ。どのようなご用向きでしょうか」


 銀行に入って数歩進んだところで声がかけられた。

 青い上衣の制服を着た男性の行員だ。


「手形の入金の確認に来ました」

「巻物はお持ちでしょうか」


 問われて、シナツは鞄から巻物を出して見せた。


「それではこの札を持ってお待ちください。番号が呼ばれたら受付に向かってください」


 行員は、「5」と数字の書かれた木札を渡し、他の客の対応に行った。


 シナツはサホと並んでベンチの1つに腰掛けた。

 シナツたちの他にも客が10人ほどいて、ベンチに座って番号が呼ばれるのを待っている。普段の客の入りがどれほどなのか知らないので比べようがないが、にぎわっているのだと思う。

 王都民よりも近在の村や町の住人らしき者の姿が多い。出稼ぎに来た者が、稼いだお金を入金してから旅に出るようだ。


「5番のお客様、こちらの受付にお越しください」


 カウンターの向こう側に座る男性の1人が声を上げた。シナツはサホの手を引いてそちらに向かい、机の上に木札を置いた。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


 受付もまた、若く体格の良い男性だ。治安の良い王都でもならず者は一定数いる。大金を扱う銀行のセキュリティも兼ねているのだろう。


(受付嬢のいない世界…)


 華がない華が。

 シナツは、最近自分の周囲が男友達や馬医者のオッサンやムチャ振りしてくる祖父ばかりで、女性も祖母と同世代のフサや幼女ばかりであることに今更ながら気付いてしまった。あれ?最後に同世代の女子や妙齢の女性と会話したのっていつだっけ…


「お客様?」


 受付に来るなり死んだ魚の目になって動かなくなった少年を不気味に思いながら、受付の男性が声をかける。


「ハッ…すみません。銀行に来たのって初めてで緊張してしまって…ええと、入金の確認に来ました」

「巻物はお持ちですか?」

「はい」


 シナツは巻物を机の上に置いた。


「お名前は」

「アフミ・シナツです」

「それではこちらに手を置いてください。左右どちらでも構いません」


 受付の男は机の上の白い石版を指した。机の上には2枚の同じような石板が置かれており、一方が客側、もう一方が受付側にある。

 シナツが、前世の用紙サイズで言えばA4ほどのその板の上に手を置くと、板が白く光った。


「はい、確かにアフミ・シナツ様ですね。現在、こちらの手形には158,200ケノのお預かりがあります」


 受付は、手元の白い板を見ながら言った。


(!!?)


 シナツは驚愕した。

 自分がこの板に手を載せることで預金口座にアクセスできたのか。名を名乗っただけで、個人番号も告げていないのに。巻物は机の上に置かれたままで、一切使われていない。てっきり巻物が通帳やカードのように本人確認に必要だと思っていたのだが。

 掌紋認証だろうか。以前ヒカワに赤いインクで手形を取られたが、この情報だけで個人を特定できるシステムがあることにシナツは驚いた。


「出入金の履歴をご覧になりますか?」

「はい」


 シナツが頷くと、受付は自分の見ていた板をくるりと回してシナツに差し出した。


 白い板には黒い数字で一覧表が作られていた。

 年月日とマイナンバーで表される取引相手(ヒカワしかいない)と出入金額(入金しかない)。それらの数字が時系列に並んで作表された様は、前世の銀行通帳とほぼ変わらない。


「この石板の表に表示できるのは30行までとなっております。それを超えて取引があった場合、古い取引の情報から順に消去されます。

 まめに確認するか、重要な取引は巻物に記録することをお勧めします。ただし、巻物への記録は手数料が10ケノかかります」


「巻物に記録します。あと、1,000ケノの現金をおろしたいのですが」

「ツ銀貨になさいますか?」

「イセ銀貨でお願いします」


 受付の男は板の空行に黒い棒で出金と手数料を書き込んだ。インクも付いていないのに数字が浮き上がった。机の抽斗からイセ銀貨を10枚出し、シナツに渡した。

「1,000ケノのお引出しとなります」

 そして彼は、巻物を手に取り、端をつまんで巻物を広げ、板に押し当てた。数秒ほど動かさずに置いた後に板から放すと、巻物に一覧表が写し取られていた。


(か…感熱紙的な?ハイテクなのかローテクなのか…)


 受付は巻物をくるりと巻き戻し、シナツに返した。


「以上で手形の確認、記録、出金を終わります。お手を板からお放しください」


 シナツが板から手をどけると、石板から光が消え、数字も消えた。


「他にご用件はございますか?」

「あの、質問ですが、手を怪我したりすると手形は使えなくなりますか?」


 良くある質問なのだろう。受付はよどみなく答える。


「ご安心ください。この石板は額でも足でも、生きている人の体の一部が触れることで使うことができます。もちろん掌に傷があっても本人確認に支障はございません」

「え?何それ、どういう原理?掌紋じゃないの?」

「…私は技術者ではないので詳しい原理は分かりかねますが、この板はマジアを感知すると言われております」

「マジアって何?」

「マジアは全ての生き物が持つ力です。マジアの量、色、紋は人それぞれで、同じマジアを持つ人は2人といないと言われております。

 マジアの量は成長と共に変化しますが、色と紋は生まれた時から死ぬまで変わらないそうです。この板はマジアの紋でお客様を識別しております」


 シナツは、ぽかん、と口を開けた。


「え?マジアって、[魔力]とか[オーラ]みたいなもの?俺にもあるの?」


「………私たち人だけでなく、動物も植物もマジアを発して生きています。7歳の秋祭りに神殿でマジアの測定がなされますよ」

「え?何その[魔力測定]っぽいビッグイベントは!知らないよ聞いてないよ俺やってないよ。[異世界転生]したらぜひ経験してみたいイベントの1つが数か月前に終わっていたの?

 あ、そう言えば、神職のお話の後で、身なりの良い子が集められて別室に移動していたわ。あれか!え?本当?イサガ金貨1枚の寄付でマジアの測定がオプションで付けられたの?ああ、うちは貧乏だったから…

 マジア測定って、7歳以降でもできないの?」


「………私にはわかりかねます。神殿にお問い合わせください」

「そこを何とか!」

「他にご用件は?」


 圧が強めの笑顔で受付が訊ねる。笑っている。眼以外は。

 空気を読まないシナツにも潮時が分かった。


 シナツは追加で10,000ケノを下ろしてイサガ金貨1枚を手に入れると、サホの手を引いて銀行を出た。


 シナツは、その足で神殿に向かおうとしたが、そろそろ夕方になる。今から幼いサホを連れて遠出するのは良くないだろう。

 神殿の魔力マジア測定については後日調べることにして、今は祭りを楽しもう。シナツはサホの手を引いて、人々で賑わう大路を歩いた。

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