第14話 転生したら主食がアレだった件
異世界メンデルこと馬医者イナハ・ケヌとの話し合いは、治療途中で放置されたアサマがケヌとシナツとの間に割って入り、ケヌの前髪を噛み千切ろうとすることで中断された。
ケヌは怒れるアサマに謝罪しながら治療を終わらせ、実験については後日話し合うことを約束して別れた。
帰路、キサカがひどく疲れた顔をしていたのが印象的であった。
*****
水、葛粉、砂糖を鍋に入れ、ヘラで混ぜながら中火にかけ、透明になるまでひたすら煉る、煉る、煉る。
透明になったら火から下ろし、さらしの上に少量取り、広げ、丸めた黒目豆のこしあんを中に入れて葛の生地で包むように絞って冷やし固めたら、水饅頭あるいは葛饅頭の完成だ。
「[そば饅頭]に続く[和菓子]第2弾、[水饅頭]完成!」
ぱちぱちぱち、とサホが拍手する。アフミ家ではすっかり定着した「おめでとう」の儀式だ。
「葛のお菓子ですか」
後ろでシナツの調理を見守っていたフサが呟く。
「葛のお菓子は珍しいですか?」
「そうですね。砂糖を入れずに水と葛粉を混ぜたものを火にかけて煉って透明になったものを浅皿に流しいれて冷やし固め、それを細長く切ったものをスープに入れたりすることが多いですね」
葛切りの入ったスープのようなものか、とシナツは思った。
「あとは、葛粉を水に溶いたものを仕上げに加えてスープにとろみをつけたり、あんかけにしたり…甘くすることはありませんね」
これは、あんこの時と同じように、「普段おかずとして食べている食材を甘くすると受け入れられない」現象が発生するかもしれないとシナツは覚悟した。
「まずは試食しましょう」
水饅頭を小皿に載せ、フサとサホの前に配る。
水饅頭が小皿の上でぷるぷると震える。
少し濁った半透明の球形の葛の中に、白い黒目豆のこしあんが見える。木場で見たスライムにそっくりな姿だ。
火入れが足りなかったのか、水のように完全な透明ではなく半透明な水饅頭になってしまったのが不満だ。素人に葛は扱いづらい。寒天を手に入れたいなとシナツは思った。
「おいちい」
1口食べ、にこにこ笑ってサホが言う。この世界の常識に染まっていない彼女は、ひどく苦かったり酸っぱかったり、刺激の強いもの以外、嫌いなものはない。甘いはおいしい。甘いは正義。
「美味しいですね。豆のジャムもこれだけ丁寧に漉されていれば豆だと分からないし、大丈夫だと思います。
見た目も涼しげで、もっと暑い頃にぴったりのお菓子です。椿や笹の葉の上に置いて、水出しの冷たいお茶と合わせれば、夏のおもてなしになるでしょう」
辛口評論家のフサからも合格が出た。
シナツは嬉しくなった。水饅頭は、この世界でも受け入れられそうだ。
「それにしても」
ふふっと笑いながらフサが言う。
「このお菓子は、まるでシリオホラのようですね」
「え?シリオホラ粉は使っていません。葛粉です」
「いえいえ、この丸くて透明で、中に核のようなものが見えている姿は、シリオホラにそっくりです。[水饅頭]じゃなくて、シリオホラって名前にしては?」
「え?もしかしてシリオホラって、[スライム]のこと?」
「[スライム]?」
「ええと、猟師の間では山の水筒って呼ばれている…」
シナツは、木場で筏師に言われたことを思い出しながら言った。
「そうそう、シリオホラの別名。よくご存知で」
「え…ええええ!?…うぐっ!」
大声を上げ、その拍子に食べかけの水饅頭が喉に詰まり、シナツは咽た。
「あにちゃ、しっかり」
サホが席を立ってシナツの背を叩く。
相変わらず紳士でイケメンな妹だが、手加減ができないので背中を激しくどつかれて苦しい。
フサの差し出した茶碗の水を一気に飲み干し、シナツは言った。
「いや、[スライム]…じゃなくて…シリオホラって、ほとんど水じゃん。パンを作れるような栄養ないでしょ」
木場でスライムをすすった経験から、シナツは言った。
「ああ、それは透明な野生の
「やせいのすらいむ…」
どうやらこの世界には無色の野生のスライムと、食用の
「食用の緑スライムは、郊外に行くと生けすの堀の中で育てられているのがよく見られますよ。堀の中で1個が2個、2個が4個…と分裂して増えていくんです。ぎゅうぎゅうの満員になったら何個か残して収穫し、また増えるのを待つんです。
収穫した緑スライムを乾かしてすりつぶして粉にしたのがシリオホラ粉です」
「堀の中って…脱走したりしないんですか?」
「野生のスライムも動きが遅いですが、緑スライムはほとんど動きません。日当たりの良い場所で水やりを忘れなければ、魚粉などの餌でよく育ちます。
脱走対策よりもむしろ害獣対策が重要で、カラス除けにテグスを張ったり、野鼠の侵入を防ぐために周りに毒のある
シナツの中ですっかり定着してしまったトウモロコシのゆるキャラのシリオホラ像が、音を立てて崩れる。シナツは机に突っ伏した。
「……たら…」
机に突っ伏して動かなくなったシナツが何やら呟いている。サホはシナツをゆさゆさと揺すった。
「あにちゃ?」
「…転生したら主食がスライムだった件…」
この水饅頭のレシピはヒカワ経由で上区の菓子店に売られ、プロの手によって洗練され、「
製法が簡単なことから、しばらくすると下区の屋台で模倣品が出回り、数年すると王都銘菓「
結構な経済効果があったのだが、最初に祖父が菓子店に売った金額から手数料を引いた額しかシナツの手には入らず、
(あ~、特許法復活しないかな~)
と、シナツを残念がらせた。
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