第9話 追いはぎ

「シリオホラが渡来の一族によって大陸から持ち込まれる前は、私たちは魚と芋と豆を食べて生きていました。豆は大事な主食だったのです。

 大昔から生活に馴染んだ食べ物を大きく変えられると、つい拒絶したくなるのかもしれません」


 そば饅頭を手で2つに割りながらキクリが言った。断面を観察し、半分を口に入れる。


「豆の粒が残っているのが違和感の元かしら。もっと煮込んで裏ごしして豆であることが分からなくなるまで滑らかにすれば、受け入れやすいかもしれないわね」

「[こしあん]ですか」


 こしあんを作るのは手間と時間がかかるので、今回は粒あんを採用したが、こしあんを作って再チャレンジしてみようとシナツは思った。


「[そば饅頭]には改良の余地があるとして、[からあげ]と[コロッケ]はどうでした?」

「美味しかったぞ」

「美味しかったわよ」


「[からあげ]との[コロッケ]のレシピを売ることってできますか?」

 というシナツの質問に、ヒカワとキクリの夫婦は、

「え?」

「売る?レシピを?」

と首を傾げた。

 2人揃って同じタイミングで同じ角度で首を傾ける様子に、シナツは(夫婦は長く連れ添うと似てくるというが本当なんだな)と感心した。


「例えば、料理人なら新しい料理のレシピを買ってくれるんじゃないですか?」

「ううむ、料理人同士、レシピを売り買いしているのは知っているし、レシピをまとめた本も売られている。しかし7歳の子供のレシピを買ってくれる料理人がおるかのう…」


「ええ…?」

 結局は信用の問題らしい。


「そうじゃな、例えば、シナツが[からあげ]や[コロッケ]を出す店を始めて、王都で人気の店になれば、レシピを買ってくれる者も現れるであろう」

「そんな壮大で長期的な計画はありません」

「だが人気店になると、料理人は大抵レシピを秘匿して、代々伝える秘伝の味にしてしまうな。その方が長きにわたって稼げるからな。ところでお主、料理人になりたいのか?」

「いいえ、騎士になります」

「何で料理なんぞ始めたんじゃ」

「お金が欲しいからです」


 身も蓋もないシナツの発言に、ヒカワは相好を崩した。


「おお、そうかそうか、シナツはお小遣いが欲しかったのか。じいじに任せておけ」


 そう言って、財布を取りに行こうとするヒカワの上衣の裾を、シナツは慌ててつかんだ。ヒカワは油断するとすぐ、爺バカムーブを起こすのだ。


「いえ!お小遣いが欲しいわけではないのです。自力で稼ぎたいのです」


 本音を言えば、お小遣いは欲しい。大歓迎だ。しかし義両親の外圧を警戒するキサカの気持ちを考えると、受け取るわけにはいかない。


「3年後の修行の支度の足しにしたいというのもありますが、近所の下級騎士の方々を見ても、多くが内職や副業を持っています。騎士を目指すなら今のうちから稼ぐ手段を得ておきたいのです」


 少年の発言に、部屋にいた大人は絶句した。

 そして本業だけでは生活していけない下級騎士の現状を知り戦慄した。平和な時代が長く続いたこと、騎士団の再編成がうまくいっていないことから、騎士の生活が苦しいことは知っていたが…


 前途ある若者が、入団前から副業の心配をするとは。

 大丈夫なのだろうか、我が国の騎士団は。


 青ざめ、うつむいて、無言で茶碗の中のお茶を見つめる大人たちの様子に、シナツは

(あれ?俺、また何かやっちゃいましたか?)

と首を傾げた。それを見たサホが真似をして、首を傾げる。可愛い。


 しばらくして、

「ねえ、あなた。私、[コロッケ]が気に入ったわ。うちの料理人に時々作ってもらいたいの。シナツからレシピを買っても良いかしら」

とキクリが言った。


 気を遣わせてしまった。

 お情けでレシピを買ってもらうのは、お小遣いを貰うのと同じことである。お気遣い無用とシナツが断ろうとすると、


「そうだな。[からあげ]と[コロッケ]のレシピを買おう。そしてワシと代理人の契約を結ばないか?ワシはいくつかのレストランのオーナーと親交がある。彼らにレシピの買い取りを打診してみよう。売買が成立したら、ワシは彼らの支払うお金から手数料を引いて、お前に渡す。どうかな?」


 祖父さんの知り合いのレストランって、上区の高級店だよな。そんな所が庶民飯代表のからあげとコロッケを買ってくれるかな。買われたとして、高級レストランのテーブルにからあげとコロッケが出されるのはシュールだな、とシナツは思った。


 これは多分、シナツが金を受け取りやすくするためのヒカワの配慮だ。これを断っては角が立つと思い、

「お願いします」

とシナツは承諾した。お情けでも身内のコネでも、使えるものは使って、金を稼ぐのだ。


「じゃあ、今、レシピを持っているので、お渡ししますね」

「ウチは衣料品専門店なので、料理のレシピの相場は知らん。調べてから値を付けるから、しばらく待っておれ」

「先に渡しておきます」

「お前、契約前に商品を渡すな。騙されるぞ」


 隙あらば小遣いを渡そうとする爺バカ相手に騙されるも何もないだろう。シナツは下衣ズボンのポケットから、折り畳まれたレシピの書き付けを出した。


「ん?お前、今どこから出した?」

「ポッケ付けてみました。便利ですよ」


 シナツは、下衣の両サイドに自分で後付したポケットをひっくり返して内側を見せた。


「ちょっと見せてみぃ」

「うお!?」


 急に隣から声をかけられ、シナツは思わず声を上げた。

 机を挟んで正面に座っていたはずのヒカワが、いつの間にか隣に立っていた。瞬間移動したかのような素早さだ。

 ヒカワはタックルの要領でシナツの両足を抱え込み、椅子の上に仰向けに倒し、帯を解き、下衣をはぎ取った。


「いやん[エッチ]!何すんの!?」


 祖父による突然の追いはぎ行為に、シナツは憤然と抗議した。


「すまんすまん」

 少しもすまなそうには見えない態度で、ヒカワは下衣を検めた。


「ふむ、下衣の前身頃と後身頃の縫い合わせを一部ほどいて、小袋の口の周りを縫い付けたのか」


 いわゆるシームポケットである。


 この国では、標準的な衣装として、下衣を穿き、その上に両サイドにスリットの入った膝丈のチュニックの上衣を着て、帯を締めている。男女や身分で襟や袖のデザインに差があるが、基本的には同じである。


 サホの着ている子供服は、下衣と短めの上衣を合わせ、帯は締めていない。そして上衣の前身頃のへその辺りには、大きいパッチポケット(分かりやすく例えるならば、シナツの前世で有名な青い猫型ロボットのすてきなポケット)が付いている。

 この国でポケットと言えば、このタイプであり、職人の作業着やエプロンにも同様のパッチポケットが付いており、道具類が収納されている。


 しかし、子供服や作業着以外の服にはポケットが付いていないことが多い。小物や財布を持ち運ぶときは、上衣の中の帯で仕切られた空間(いわゆる懐)に、襟元から入れるか、巾着を帯にくくりつけるのが一般的だ。


 洒落者、特に若者の間では、大きな鞄を持って街に出るのはダサいという風潮があり、子供服のようにパッチポケットのある服を着るのはもっとダサいと思われている。


 しかし、懐に物を入れると落としやすく、巾着はスリに狙われやすい。どの世界でもお洒落も楽ではないのだ。


「ふむ、下衣の尻の辺りにポケットを付けた服もあるが、こちらの方が出し入れしやすく、落としにくい。ハンカチや小銭なら余裕で入る。これ、お前が作ったのか?」

「子供服卒業したらポケットなくて不便だから、母さんに針と端切れを貰って付けた」


 ちなみに、シナツの通う手習所に家庭科の授業はない。女子はたしなみとして家で女親から裁縫の手ほどきを受けるが、服飾職人の家の子を除いて、男子は針を持ったこともない子がほとんどである。


 だが、前世の家庭科で裁縫の基礎を叩き込まれたシナツは、誰からも習わずに、針孔に糸を通し、玉結びし、目のそろった並縫いでポケットを作って下衣に縫い付けた。


 それを見ていた母親は、

「料理だけじゃなくてお裁縫もフサさんから習ったのね」

と勘違いし、息子の異常性に気付いていなかった。

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