第7話 知識を金に換える時が来た

「それでね、こんなにおおきいおさかながとれたの。つちのうえで、びたんびたん、ってなったの。みんなでおめでとうしたの」


 珍しく興奮したサホが、身振り手振りで今日の大捕り物の報告をするのを、家族はほほえましく眺めた。アフミ家の夕食の団欒である。


「巨大なアンギラでした」

 豆のスープにシリオホラのパンを浸しながら、シナツが補足する。


「まあ、すごいわ。池の主だったのかもね。その鰻はどうしたの?」

 と、母のアシナが尋ねる。茶色の髪と眼の可愛らしい童顔の女性である。


「材木商の方が欲しいと言って、イセ銀貨9枚で買ってくれました。魚拓にするそうです。お金は友人と等分しました」

 シナツは銀貨を3枚、机の上に出した。


「そのお金は、お前のために使いなさい」

 父のキサカはそう言って、茶をすすった。お茶と言っても、アフミ家で普段飲まれているお茶は、安価なハーブティーである。


(それにしても美形である)


 茶を喫する父を見ながらシナツは思った。

 前世と今世では、微妙に美の基準が異なるが、どちらの基準で判定しても文句のない美形である。


 淡い金色の髪に水色の眼。すらりとした長身の、いわゆる細マッチョ。

 キサカの所属する近衛は顔採用と侮られ、実際身分と容姿で選ばれることが多いが、実はキサカは騎士団トップレベルの実力の持ち主である。


 寡黙でミステリアスな雰囲気が素敵、と近所のお姉さま方が騒いでいるが、単にぼーっとしたものぐさな性格であることをシナツは知っている。前世はハシビロコウじゃなかろうかと密かに疑っている。


「はい。特に買いたいものもないので、3年後のために貯金します」

 そう言って、シナツは銀貨をしまった。


「…子供が変な気を使うんじゃない。3年後の用意はちゃんとしている」

 キサカは憮然として言った。


 騎士家の男児は、10歳の秋に修行に出される。

 王城や他領の城に預けられ、まずは小姓として下働きしながら騎士になるための勉強をするのだ。

 下働きとは言え、子供を1人城に上げるには、信用のある者の推薦状と、ある程度まとまった額の預かり金が必要となる。子供が無事に騎士になれば、この金は返ってくるのだが、貧乏騎士家にとっては痛い出費である。


 ちなみに、金はそのまま返ってくるのではなく、武具や馬など、騎士に必要な装備を城が祝儀として与えるという形で戻ってくる。


「そうよ、いざとなったら、お祖父ちゃんも援助してくださるわ」


 そうアシナが言うのを聞いたキサカの眉が一瞬しかめられたのを、シナツは目ざとく見つけた。


 アシナの言うお祖父ちゃんとは、彼女の父親、ヒカワのことである。アシナの実家イハセ家は、代々上区の商人街に店を構える豪商だ。


 現在のアフミ家は「うちは貧乏なので」と自虐できる程度の貧乏であるが、アシナとキサカが結婚する前のアフミ家は、洒落にならないほど困窮していたという。


 成人前に両親を亡くし、幼い弟妹を抱えながら苦労して騎士になったキサカにとって、アシナの持参金という名目のイハセ家の援助は、天の助けであった。その金で弟を他領の騎士にし、妹を嫁に出すことができたのだ。


 感謝しているし、恩義も感じている。


 だがこれ以上の援助を受けることには抵抗を感じる。

 義父は物腰の柔らかい好々爺だが、やり手の商人である。

 これ以上借りを作ってはいけない、と本能的に感じていた。


 なお、美男の貧乏騎士を金で買ったとか、商人に身売りしたとか陰口をたたかれるキサカとアシナの結婚だが、意外なことに恋愛結婚だったらしい。シナツは詳しくは知らないが。


 ちなみにこの国では、貴賤結婚は禁止されていないが、やはり同じ身分同士の結婚が多い。あまり身分が違いすぎる場合は、一度どちらかを養子に出して、身分の釣り合いを取ることもある。商家と騎士家の結婚は、割とよくある。


「次に鰻を釣ったら、売らずに家に持って帰りますね」

 険悪になりかけた食卓の空気を察し、シナツは話題を変えた。


「うなぎ、おいしい?」

 サホが尋ねる。答えようとして、シナツは、この世界の鰻料理を知らないことに気付いた。


「鰻なら、東市場の屋台で売っているな。1匹を4つくらいにぶつ切りしたものを串に刺して、塩を振って焼いている。今度お土産に買ってくるよ」


 父の言葉に嬉しくなったサホは、

「うなぎ~うなぎうな~ぎ~」

と、ごきげんな鰻の歌を自作して歌い、母に、食事中に騒いではいけませんと叱られた。


 シナツは、鰻をさばいてタレで焼く蒲焼がこの世界になさそうなことに気付いた。

(これはいよいよ料理チートの出番か?)


 最近忘れつつあった、前世の知識で料理革命の野望が復活しそうになったが、鰻屋で修行したこともないシナツが鰻を開いて串を打つことのハードルの高さ、タレに使う醤油がないこと(魚醤はある)、そして何よりも、お米が王都では入手困難であることを思い出し、蒲焼計画を封印した。

 パンに鰻も悪くないが、叶うならば蒲焼は白米にのっけたい。

 米が主食の南方に行くことがあれば挑戦してみよう、とシナツは思った。


 他に鰻料理と言えば、イギリス料理で有名な鰻のゼリー寄せがあるが、シナツの好物でないことから、どうにも開発の意欲がわかない。


(3年後か)


 シナツは、修行に出る日が近づいていることに思いをはせた。

 7歳にとって3年はとても長い時間だが、20歳近くまで生きた記憶のあるシナツには、3年間があっという間であることを知っている。


(金策しなくちゃな)


 父は心配ないと言ったが、預かり金の他にも何かと支度がいるだろう。可能な限り母の実家を頼らずに金を稼ぎたい。


 今こそ、前世の知識を金に換えたい。

 金になる知識チートが必要とされている。


 シナツは、前世の知識を元にした料理を開発し、レシピを売る決意を固めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る