第4話 ファンタジーな野菜

 料理チートへの果てしなく遠い道のりに愕然としたシナツ。

 一時は料理そのものに対する情熱を失いかけたが、フサは博識で教え上手であり、また、シナツの前世の趣味が料理であったことから純粋に料理が楽しく、シナツは相変わらず台所の下働きを続けていた。


「へえ、オリザを食べる地方もあるんですね」


 小松菜に似た葉物野菜を洗いながらシナツが言う。最近、米を表す単語を覚えたので、物知りなフサに質問している。


「南の群島に買い付けの仕事に行ったときによく食べましたよ。蒸した米を塩焼きの魚とか味の濃いものと一緒に手づかみで食べるんです。米ってぼそぼそして最初は味気がなくて美味しくないんですが、よく噛んでいるうちに甘みが出てきて、私は割と好きでしたね」


 「私は」「割と」好き、という感想や、王都で米を見ないことから、この辺の人々にはあまり人気がないことがうかがえる。

 というか、王都周辺ではシリオホラが安く手に入りやすいため、米が参入する余地がないのであろう。シリオホラつよい。


 シナツの前世の母方の祖父母は米農家だった。シナツもお米大好き人間だったので、ぜひとも米を手に入れたいが、南の群島に行く機会でもなければ難しそうだ。


「大陸の南の方も米が主食ですね。仕事でチブリ島に行ったことがあるんですが、ダータン帝国の商人が食べているのを見たことがあります。米をたっぷりの水でどろどろになるまで茹でたものを食べていましたね」

 どうやら大陸では米をお粥にして食べているらしい。


「へえ、チブリ島。授業で習いました。この国で唯一異国の人が入れる場所ですよね」


 対外的にはホツマ国を名乗っているこの国は、最も大きな主島と、中くらいの6つの島と、あまたの小島からなる島国である。西に大陸があり、昔は交流が盛んであったが、なんやかんやトラブルがあったらしく(異国の宣教師がこの国の神殿を焼いたとか、人や物をさらったとか、色々やらかしたらしい)、現在は鎖国状態であり、国民は自由に海外に出ることはできず、また、海外から入ることもできない。

 限られた国とのみ交易を行っており、その国の商人は大陸との中間にあるチブリ島という小島に上陸を許され、商売を行っている。長崎の出島っぽい、とシナツは思った。


 なお、この国の名前をシナツは最近まで知らなかった。ブルトゥスの絹は高級だとか、ヒタカミ人は気性が荒い、などと、大人の会話に地名が出てくるので、それが外国の名前だと思っていたら、国内の領の名前であった。外国との交流が少ないから、国としての意識があまりないのだ。

 チブリ島での取引では主島の名前「ホツマ」を名乗って取引しているが、実は国としての正式名称はまだない。外国はそれぞれの国の言葉で、好きなようにこの国を呼んでいる。


「この辺でも気候的には米栽培できそうですけどね」

「主島は、特に王都のある東側は、山が多くて農地に適した平野が少ないですからね。昔からあまり農業が盛んじゃないんですよ。この辺で昔から栽培されているのは、豆類や蕎麦、葉物野菜や根菜ですね」


「あれ?シリオホラは?どこで栽培しているんですか?」

「シリオホラは丈夫なので、海の近くとか塩気のある場所でも育つし、場所を取らないから、耕作に適していない土地に畑――畑?というか生けす?を作って育てているんですよ」

「いや、だから本当に何者なの!シリオホラって」


 シナツは、トウモロコシに手足の生えたゆるキャラが、学校のプールのような生けすで集団生活している様子を想像してしまった。一家団欒するシリオホラや、喧嘩するシリオホラ。見てみたいような見たくないような…


「シリオホラはシリオホラですよ。さ、そちらの鍋を取ってください」


 フサは、シナツから鍋を受け取ると、水をはった。


「今日から坊ちゃんには、かまどと包丁を使った料理に進んでもらいます。私が後ろで見ていますが、十分に注意すること。火と刃物は、自分はもちろん、周りの人を傷つけることができることを忘れないように」

「はい!」


 それからフサは、かまどの使い方、包丁の握り方を実演し、それをシナツにも再現させ、くどいほどていねいに指導した。


「では、これからアキ菜のおひたしを作ります」

 フサは、シナツが洗った葉物野菜を笊にあげた。


「この菜っ葉、アキ菜って言うんですね」

「アキ川の周辺で昔から栽培されているのでアキ菜です」


 おひたしは今世の食卓によくのぼる一品だ。前世のおひたしとほぼ同じものだが、醤油のない今世では、魚の乾物を粉にしたものをふりかけて食べる。


「師匠、おひたしなら僕、作り方分かります。お任せください」

 前世では、小松菜やほうれん草のお浸しはよく作っていたのだ。


「そう?では後ろで見ているので、作ってください」


 やる気のある者はまずやらせてみるのが、仕事で多くの後輩を育ててきたフサの流儀である。

 シナツは水を張った鍋をかまどの火にかけ、湯を沸かした。沸いた湯にアキ菜を入れ、柔らかくなるまで数分茹でた後に、冷水を満たした桶の中にアキ菜を放って冷まし、

「完成です。後は切って水気を絞って盛り付けるだけです」

と言った。


 それまで黙ってシナツの作業を見ていたフサは、茹でたアキ菜をちぎってシナツに渡した。

「食べてみてください」


 そう言われて、アキ菜を口に入れたシナツは、数回咀嚼すると悶絶した。

「!うわ!えぐっ、何このえぐ味!舌がしびれる!それに固い!筋がすごい!」


 シナツは慌てて水をがぶ飲みした。子供に戻ってから苦味やえぐ味が苦手になったことを差し引いても、これはえぐい。


「今の茹で方で食べられるのは、春先の菜花ラパの蕾のような柔らかい新芽ぐらいのものですね」

「そうなの?」


「アキ菜は茹でる前にまずかまどの灰をまぶしてしばらく置きます。湯が沸いたら灰ごと鍋に入れて、再び沸騰したら鍋ごと火からおろし、そのまま一晩冷まします。翌日、冷水で灰を洗い落とし、水気を切って完成です」


「山菜じゃん、山菜のあく抜きじゃん!」

 そう言ってから、シナツは、

「そうか、こちらの野菜は山菜や野草とあまり差がないんだ。何百年何千年と品種改良を繰り返して人間の舌に合うように進化させられてきた前世の野菜と一緒にしてはいけないんだ…

 え?それってつまり、前世の料理の知識はそのまま使えないってこと?」


 また1つ、料理チートの前に立ちふさがる障壁に気付いてしまった。ショックを受けたシナツは、桶の中のアキ菜を見てため息をついた。


「師匠すみません。食材をダメにしてしまいました」

「最初から成功する人なんて、稀ですよ。次に同じ失敗をしなければ良いのです。

 このアキ菜は細かく刻んで鶏肉と一緒に油で炒めて味付けを濃くしましょう。油で炒めるとえぐ味も気になりませんよ」


 そう言うと、フサはアキ菜を両手で絞ってまな板の上に置き、包丁でざくざくと刻んだ。

「さ、こんな感じに刻んでください」


 シナツは、アキ菜を刻みながら、さっと茹でただけで美味しい前世の小松菜や、生でも食べられるサラダほうれん草に思いをはせた。


(前世の野菜ってファンタジーだったんだな…)

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