第33話夏と家族

 猛暑日がじりじり続く夏休み、外を歩く人がほぼほぼ見当たらない静かな夏である。


「どいつもこいつも帰省ばっかだなー……な?」

「そうデスネ~……クーラー最高デス……」


 リビングでだらだら涼み、堕落した夏休みを送る怜にロゼ。

 最高のインドアライフを満喫していた。


「んぁ? 宅配か?」

「ワタシ出まスネ~フンフフ~ン~♪」


 モニター画面に映る来訪者に、ロゼの顔が青ざめる。

 ダラダラとゲーム三昧な怜へ詰め寄る。


「れいれいれいれい! 起きて下サイ!」

「な、なんだなんだ?」

「お、お姉ちゃんが来マス!」

「……マジ?」

「怜は今すぐ部屋に逃げて下サイ!」

「わ、分かった!」


 ダラダラ空気が一変。

 大急ぎでリビングを片付け、怜は自室で布団を被り、息を殺す。

 ノック音に体をビクつかせ、恐る恐る玄関を開くロゼ。

 サングラスお洒落美女の異様な圧に、妹のロゼはおじおじ。


「来たワ」

「い、いらっしゃいお姉ちゃん。1人で来たの?」

「ここにはネ。パパとママと駄兄貴だにきは観光中ヨ。お邪魔するワ」

「ど、どうぞ」


 エリサ・シャルロット27歳。

 ふんわりブラウン毛先巻き髪、頭一つ分デカい長身、あらゆる部位もロゼを上回る。


「こ、ここがリビングだよ」

「ふーん……慌てて掃除したわネ」

「ギクッ……大目に見て下さい……」

「まぁいいワ」


 ソファーで足を組み、サングラスを頭上にズラすエリサ。 

 茶菓子準備するロゼに対し、鋭い視線を送る。


「怜は?」

「友達の家でお泊り会なの」

「嘘ネ。あの子の気を感じるワ」


 問答無用で怜の部屋に侵入し、室内臭を存分に吸引。

 軽くトリップし、ベッドを見下ろす。


「れーい~♪ お姉ちゃんに挨拶しない悪い子ネ~♪」

「ひゃ!?」

「見ーつけ……ナ!?」


 ずぼらなジャージ姿に絶句。

 女気のない寝癖頭に呆れた。

 しばらく洗濯していない布団が匂った。

 否、それらは全てエリサの大好物であった。

 そして数年振りの再会だ。

 イメチェンした怜の姿は、まさに金銀財宝に勝るものであった。


「くはぁ!」


 膝から崩れ落ち、鼻血をタラりと流すエリサ。

 骨抜きで興奮する姿は、変態そのものだ。


「よ、よぉエリサ姉ちゃん。久し振り……」

「根暗ぼっちのメガネ陰キャだった怜が……激かわリア充美少女に……」

「い、イメチェンしたんだよ」

「私は……私は昔から怜を知ってるワ……」

「そ、そうだな」

「身内以外は誰もその魅力に気付かない、愚か者ばかりだったのニ……」


 ゆらりと立ち上がるエリサ。

 布団で身を守る怜は、震え声で心配する。


「え、エリサ姉ちゃん?」

「大人になったら私色に染めたかったのニィイイイ! 完成してるじゃなィイイイイ!」

「怖い怖い!?」

「お、お姉ちゃん! 現実に戻ってきて!」


 欲望のまま覆い被さるエリサを、ロゼが全力で阻止。


 しばらく、ひと悶着あったが、どうにか静まった。


「まったく……逐一報告して欲しいものだワ。ねぇ、ロゼ?」

「わ、忘れてただけだよ……ごめん」

「ふーん……今回は許してあげるワ」


 ホッと胸を撫で下ろすも、まだ安心は出来ない。

 エリサは己の欲の為、実妹が立ち塞がろうと、全力で突破する気だからだ。


「エリサ姉ちゃん……膝上で愛でないでくれよ」

「無理ヨ。スベスベでプルプルな白肌は私のものヨ」

「……手つきが変態過ぎる……」

「ワタシも触れたい……うずうず……」

「何か言ったかしラ?」

「いいえ……うずうず……」


 変態姉妹の前では、もう諦めるしかない怜だった。


「ジャージ姿は変わらないのネ。中身を拝見」

「なぁー……」


 チャックを下ろされ、キャミソールの御開帳。

 やる事がロゼと同じである。

 体臭吸引にちっぱい触診、手付きは玄人だ。


「怜……貴方もしかして……」

「どうしたのエリサお姉ちゃん?」

「いいえ……何でもないワ」


 急にしおらしくなるエリサ。

 見た事のない姉の姿に、妹としては心配であった。


「怜、ロゼすぐに着替えなさい。ママ達と外で合流ヨ」

「あいよ」

「は、はい」


 日傘で日差しを遮るも、インドア派の怜には過酷な環境である。

 数駅先の有名観光地浅草々あさくさぐさ

 時期に関係なく人混みで溢れかえる。


「生き地獄かよ……」

「ワタシといい事して天国に行く? ふふ」

「ロゼ~かき氷買いに行こうぜ~」

「了解デース! お姉ちゃんー置いて行くよー」

 

 観光客の視線を奪う怜達。

 あまりの神々しさに、人々は自然と行く道を譲る。

 カキ氷もトッピングサービス、火照る体を涼ませる。

 怜達の納涼姿に感化され、大名行列の如くカキ氷が爆売れするのだった。


「シロップって色が違うだけで、同じ味なんだぜ?」

「そうなんデスカ? 初耳デス!」

「ロゼ、ちゃんと流暢に喋りなさい」

「お姉ちゃんも人の事言えないでしょ」

「カキ氷溶けるぞー」


 話し合いの末、話し方は今まで通りに。


 合流場所の雷々門らいらいもんでは、長身イケメン外人が一人待ち惚けていた。


「駄兄貴、ママとパパは?」

「外でその呼び方は止めてくれ。ダメなお兄ちゃんと思われるだろ」

「実際ダメじゃん」

「ダメ人間代表だよ」

「お前らな……って、怜か?」

「よ、ジョシュ兄ちゃん」


 ジョシュ・シャルロット29歳。

 ブラウンの爽やか短髪、細見モデル体型のイケメン。

 妹達から駄兄貴と呼ばれ、イケメンフェイスが強張る。


「……本当に怜か? そっくりさんとか? それともどっきり?」

「これだから駄兄貴なのヨ」

「怜の魅力が分かってないね」

「おい! ゲシゲシ蹴るな! パンツが汚れる!」

「仲良しだなー」


 すっかり汚れるパンツだが、これはこれで味があると納得する。

 何事もズボラな駄兄貴ジョシュだった。


「もしもし……分かったワ。近くの喫茶店にいるみたいヨ」

「炎天下で突っ立つ方がアホだよ。ゲシゲシ」

「あだ!? も、盲点だった!」

「やっぱ駄目だな、ジョシュの兄ちゃん」


 喫茶店に向かい、心地良い鈴音が響き、落ち着いた店内の一角では、手をひらひら振る美魔女がいた。


「来た来た~おーい~こっちよ~」


 アイシャ・シャルロット48歳。

 二十代に見える若々しいほんわか美魔女。

 小柄ながらも体は立派である。


「パパは?」

「おトイレよ~怜ちゃん久し振り~いつ見ても可愛いわね~」

「伯母さんは昔から変わらないっすね」

「うふふ~ありがとう~好きなもの頼んでね~」


 時間は丁度昼食時、メニューを眺めていると大きな人影が。

 スキンヘッドのコワモテ筋肉男は、アイシャの隣に無言で座る。


「……ん」

「伯父さんも元気そうで」

「……ふむ」

「お陰様で研修も順調そのものっす」

「……む」

「マジっすか? あはは!」


 謎の意思疎通にオーダー中の店員は、疑問で頭がいっぱいだった。

 ブルース・シャルロット50歳。

 口数が極端に控えめなお喋りさんだ。

 マフィア顔負けな姿だが、地元でケーキ屋さんを経営するパティシエだ。


 昼食が届き、美味しく頂く中、ロゼはふと質問をする。


「怜~あの時、お姉ちゃんは何に気付いたんデスカ?」

「……ちょっと教えられねぇ」

「1年以上も一緒だったのに、気付かないなんてお馬鹿ネ。お・ば・か」

「お姉ちゃんの意地悪! 怜にもプンプン!」

「拗ねんなよ。今日一緒に寝てやるからさ」

「ふふ……録音させて貰いまシタ」


 してやったりな顔、スマホの録音を再生されジト目。

 やはり変態姉妹は欲に忠実だった。


「あらあら~赤飯炊かないとね~」

「……む」

「悪いことは言わないワ。その権利、ワタシに譲りなさイ!」

「え、エリサ! お兄ちゃんを押し退けるな!」


 カオスなシャルロット家、ケラケラ笑う怜も楽しそうであった。

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