第32話モフバーガーと写真
夏休み真っ只中、秋葉っぱらのゲーセンは賑わいを見せていた。
「WINNER蕾!」
「妾に屈服せよ!」
「へへぇー!」
元覆面ゲーマー蕾、すっかり素顔を晒し出したスタイルが板につき、前よりも人気になっていた。
格ゲーイベントに参戦し、決勝戦までぶっ通しでパーフェクトゲームを達成。
見事優勝を果たし、花束やトロフィーを受け取り、ギャラリーの祝福の雨が降りしきる。
「やぁー蕾ちゃん♪ 今日のイベント最高だったよ!」
「店長さんの頼みなら断れませんわ。それに腕も磨けて丁度良かったです」
「そういって貰えて良かった♪ これ、お礼のぺティーの数量限定フィギュアね」
「ありがとうございます。では、妾はこれで」
大歓声の中、華麗に立ち去る後姿は美しく軽やか、男女問わず見惚れる。
「んふふ~♪ お目当てのフィギュアも入手しましたし、怜様にお渡しすればよしよしぺろぺろしてくれる筈です! あぁ……想像しただけで体がぁ……」
愛する運命の人への献上品を早く届けたい。
その一心で小走りる姿も美しい。
そしてノースリーブ越しに揺れる胸は、すれ違う人々の視線を奪う。
時刻はお昼時、小腹を満たす為モフバーガーで昼食に。
程よい涼しさの2階フードエリアで、手頃な席を見渡していると変な光景が映る。
モフバーガーを口前に爆睡する美女が、今にもモフバーガーを落としそうだと。
「も、もしもし……大丈夫ですか?」
「んあ……? ……どちら様~……?」
「ただの通りすがりです。モフが零れそうだったので……」
「おぉー……ありがとうー……」
美女の面立ちに見覚えがありつつ、少し離れた席で観察し、モフバーガーをモグモグ食べる蕾。
美女がものの数秒で眠りかけ、ソースが服へ垂れそうな瀬戸際になる。
すぐ隣へ移動した蕾は、モフバーガーソースから美女を救出したのだった。
「も、もしもし? ほ、本当に大丈夫ですか?」
「ふぇ~……? あれ、さっきのおっぱい美人さん~……」
「おぱ……コホン! コーヒーでも買って来ましょうか?」
「大丈夫だよ~……寝不足なだけ~……」
「そ、そうですか……」
今度は眠ることなく、蕾はホッと胸を撫で下ろした。
綺麗に完食後、美人をチラッと様子見。
まだ数口しか減っていないモフバーガー。
動きの1つ1つが極端に遅く、まるでナマケモノであった。
「あの……お節介かもしれませんが……1人で帰れますか?」
「ん~……ねぇおっぱい美人さん~……ここってどこなの~……?」
「え。あ、秋葉っぱらですよ」
「あらら~……どおりで見覚えのない景色だったんだ~……もっふもっふ……」
この美女を、これ以上1人にしては危険。
謎の使命感に駆られた蕾は、美女へと詰め寄った。
「妾が家までお送りします! いえ、送らせて下さい」
「いいの~……? ありがと~……」
フワッと包み込むハグで、押し潰される自身を超える胸。
脳内を刺激する芳醇な雌の香り。
体温がみるみる上がり、快適な室内にもかかわらず汗が滴る。
「おっぱい美人さん~……名前は~……?」
「つ、蕾でしゅ……」
「可愛い名前だね~……わたしは雅だよ~……」
ニコニコ笑顔も絵になる雅は、食事を忘れるほどにハグを続ける。
仕事の傍ら、親戚の家に遊びに行くはずが、迷子の自覚も無しにプラプラ。
そして今に至ると。
「連絡しなかったんですか?」
「スマホごと送っちゃったんだ~……あはは~……」
今までどうやって生きてきたのか心配になる天然っぷりである。
必ず親戚の家まで送り届けなくてはいけない。
蕾は強く心に抱いていた。
♢♢♢♢
雅の完食、最寄り駅を目指すことになった。
「親戚さんの住所は分かってますよね?」
「あやふやだね~……確か~……西かな~?」
「せ、西武線ですね……」
ホームでの待ち時間、冷え冷えなジュースで2人仲良く水分補給。
こきゅこきゅと喉越しの音に映える姿。
持ち惚けるモブらは喉をごくりと鳴らし、自販機へと並び始める。
飲料水のCM待ったなし、自覚無き宣伝美女の蕾と雅はただただ涼む。
「蕾ちゃんは普段何してるの~……?」
「大学で心理学を学んでいます。心理学を屈指して、愛する人を振り向かせたいんです!」
「純愛かな~……?」
「勿論です! 雅さんは?」
「ん~……ちょっとお耳を拝借~……」
有名覆面小説家な為、公な場での口外は普段控えている。
ただし、優しきおっぱいの大きい美人な蕾には、親近感に好意もあり、ペラペラと暴露する。
正体を知った蕾は言わずもがな、目を見開いていた。
「あ、あの大ヒットドラマの原作もですよね?」
「そうだね~……他にもあったけ~……?」
「ありますよ! 数十あるドラマ原作は全部ベストセラー! 数知れない映画化も全てロングランヒット! 世間は原作者の素性を知りたがって、憶測が色々飛び交ってるんです!」
「熱量がスゴイね~……暑くないの~……?」
長脚をプラプラと揺らし上機嫌な雅。
意外にも満更でもない感じである。
思わぬ有名人に会えて興奮冷めやらぬ蕾も、初期から追いかける大ファンであったのだ。
「あとでサイン貰えますか?」
「わたしサインないんだ~……せっかくだから一緒に考えてくれる~……?」
「そ、それは流石に無理です!」
「蕾ちゃんのだったら喜んでだよ~……だめ~……?」
雅のとびっきりな上目遣い、キュンと胸が高鳴る破壊力に了承してしまう。
流石天然モテ美女雅の、無自覚な仕草は男女問わずにハートを射止めるのだった。
乗車中、蕾はメモ帳でサインをつらつら。
恐る恐る雅へ確認して貰う。
「おぉー……採用だね~……」
「そ、即決……い、いいんですか? 本当に?」
「シンプルでかわいいし~……ぶきっちょなわたしでも覚えられそうだもん~……」
見よう見真似でサインを模写。
少し雑さがあるもそれなりのクォリティーだ。
その後、何度か模写した甲斐あり、完璧に覚えた雅は胸を揺らし、ドヤ顔を見せる。
「今度から使わせて貰うね~……ありがとうのハグ~……ギュ~」
「はぅぅう!」
たわわな美女が大衆の面前でハグ。
吊革に立つOL、隣に座る女学生、向かい側に座る主婦らは口元を手で隠し、尊さに浸った。
「あ、次の駅に見覚えある~……」
「ふぇ? あ、ここって……」
雅が軽快に歩んだ先は、立派な三階建ての一軒家。
そこは蕾も知る大好きな家だった。
「ピンポーン~……」
中からドタバタと慌しい音、玄関から現れた絶世の美女こそ、古賀峰奈南その人であった。
「み、雅ちゃん! 無事でよかったよぉおお!」
「ごめんね~奈南~……よーしよし~……」
「奈南お姉ちゃんと親戚だったんだ……」
「あ、あれ蕾ちゃん?」
奈南にとっては、親戚と幼馴染の組み合わせ。
2人が一緒に来た理由を、何となく察したのだった。
お茶を飲みながら事の経緯を聞き、ホッと胸を撫で下ろす奈南。
「奈南お姉ちゃんに雰囲気が似てると思ったけど、親戚だったんだね」
「人生って不思議な巡り合わせだね~……それに昔から知ってる感じだったもん~……」
「あれ? 2人とも覚えてないの? 昔一緒に遊んだことあるよ?」
「え?」
分厚いフォトブックをパラパラ捲り、幼少期の写真を指差す奈南。
公園で少女が3人映った写真。
少しぽっちゃりな奈南。
服が後ろ前でよそ見する雅。
モジモジと2人に手を繋がれる蕾の姿であった。
「雅ちゃん達が遊びに来た時には、毎日この公園で遊んでたんだよ?」
「あ……思い出した。いつもみーちゃんって呼ばれてた女の子だ」
「あはは~……懐かしいね~……」
昔懐かしい記憶に花咲かせ、自然と昔の呼び方になる蕾達。
そんな盛り上がる中、雅のキャリーバッグから着信音。
トテトテと荷漁ってスマホを救出。
「もしもーし~……」
《み、雅さんぁあ……連絡しても出てくれないんで、見捨てられたかと思いましだぁ……ぐすん……》
「ごめんね~……ちゃんと生きてるから~……」
《ぐすん……今どちらにいるんですかぁ?》
電話相手は担当者らしく、しばらくしたら迎えに来るとのこと。
「みーちゃんは仕事で来たの?」
「そう~……映画の試写会とね~……新作小説の原稿を渡しに行くついでに、別の新作の会議とか~……色んなネタ探しかな~……」
「み、みっちりだね。のんびりしてね」
「そうする~……奈南と蕾ちゃんに挟まれて幸せ~……くぴー……」
「ね、寝ちゃった……」
その後、涙目な担当者の女性に連れられ、仕事をこなす雅だった。
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