第30話日常とハニートースト
外間ヶ丘紫音の朝は早い。
起床時には崇拝する2人の写真へ合掌、そして瞑想という名の二度寝をする。
ルーティンは体を目覚めさせる素晴らしい習慣であり、空腹もピッタリ鳴る仕様であった。
「おはようございます」
「おはよう……いつも寝ぐせが酷いな」
「えぇ。シャワー浴びて来ます」
兄の真男と挨拶を交わし、少し熱めのシャワーでじわりじわり体が覚醒。
身形の整頓、エプロン姿で朝食準備へと勤しむ。
「パンとご飯、どっちにしますか」
「パンの気分だな」
「分かりました。用意します」
本格フレンチ料理並みのクォリティー朝食は、紫音の手にかかればお手の物。
「仕事はだいぶ慣れましたか?」
「あぁ。毎日が刺激的だ」
「なら良かったです」
当たり障りのない家族との会話は、コミュニケーションを大事にする心掛けだ。
「行ってきます」
「気を付けろよ」
目的地までは基本ランニング移動、毎日の適度な運動は欠かせない。
「綺麗に掃除しないとですね」
常に清掃が行き届いた和み同好会の室内だが、清潔保持に妥協しない。
掃除とは心も体も綺麗にさせる、自然と動きに合わせ鼻歌が混じる。
「あ。また先越されちまったか」
「おはようございます。掃除手伝って下さい」
「言われなくてもやるっての」
ライバルでもあり親友の副部長美影も、身形に見合わず真面目な性格だ。
「なぁ、ハニートーストでも食ったか?」
「まぁ。犬並みの嗅覚ですね」
「嫌でも甘ったるい匂いがプンプンすんだよ。スンスン、ほら」
「顔が近いです」
「あ……んっん!」
勝手に赤面し、そっぽを向いて別の掃除をいそいそする美影。
紫音の好物ハニートースト、その香りを嗅ぎ当てられるのは恥部を嗅がれたのと同義。
侮れないライバルに、今日も今日とて翻弄される紫音であった。
「おはようございマース♪ 今日もお早いデスネ!」
「おはようございます」
「よぉ。今日は1人か?」
「後ろにいますわ♪」
「ひゃい!? んあ!」
たぷんと蕾に持ち上げられる、美影のダブルスイカ。
後輩になされるがまま弄ばれる美影の、零れそうな部位が本当に零れないか、悲しい程に何もない胸を見比べる紫音だが、虚しくも何も変わらないのであった。
「いい素材ばかりで素晴らしいデス!」
「どれどれ……
ロゼのスケブには、エロスを詰め合わせたデッサンだらけ。
再現性の高い模写力はプロ級であった。
いつもと変わらない室内風景も、少し騒がしいぐらいが丁度いいと、和やかに見学する紫音であった。
「たく……好き勝手しやがって……」
「その割に気持ちよさそうでしたわよ? んふふ♪」
「手の動きがやらしいな」
蕾によるマッサージの洗礼を毎回食らい続け、自然とサイズアップしてるのが美影の軽い悩み事だった。
「それにしても貧乳キャラがいないですね?」
「ちゃんと描いてマスヨ? 見マスカ?」
「是非♪ ふんふん~まぁ! こんな姿も♪ あらあら~細部まで緻密に……ほほーん……」
「アタシも見る!」
貧乳キャラのモデルには怜が採用され、日常生活の姿から寝姿までを網羅した変態デッサンに、蕾は興奮が止まない。
「いつもお家にいるので、隙あらば描いてるのデス♪」
「1冊お幾らですか?」
「タダでいいデスヨ♪ まだ数十冊はあるので♪」
「あ、アタシにもくれ!」
「どうぞどうぞ~♪」
紫音も冷静さを装うも内心はうずうず。
出遅れた事に後悔の念が滲み出る。
そんな紫音を察したロゼは、甘い耳打ちで告げた。
「後日お渡ししまスネ♪」
「助かります。やんごとなき大和撫子先生」
講義明けの昼休み、部室内で雨音を聞きながらパンを頬張る紫音。
勿論パンはハニートーストである。
「……梅雨でなければ外で食べたいんですけどね……」
「なーに独り言言ってんだ?」
「……学食では?」
「人多過ぎで萎えた。よっと」
向かい側でコンビニ弁当を広げ、モシャモシャとサラダに野菜ジュースと健康管理に気を付けてる美影。
「てか、昼も同じもんかよ」
「迷わなくて済みますので。まむまむ……」
「極端すぎんだよ。おら、唐揚げやるよ」
「……どうも」
口の中がから揚げの味で広がり、小食派でも食欲が進む組み合わせになった。
「にしてもよ……今年で卒業しちまうのは寂しいよな」
「ですね……今は研修ですし、あまり顔出し出来ないのも仕方がありません」
「あーあ……会いてぇなぁ~……」
美影が突っ伏して手足をパタパタ、奈南ち怜を心底好いているのが垣間見える。
紫音も同じ気持ちではあるが、この場で話題の共有する以前にライバル同士だ。
気持ちだけなら誰にも負けないと自負するほど、2人が大好きなのだ。
「でゅへへ……」
「急に何ですか。気持ち悪い声上げて」
「キモいは余計だ。この前お2人がここで転寝しててよ、こっそり撮ったんだ」
「隠し撮りは犯罪です」
「お前だって隠し撮りしてんだろ、知ってるぜ」
「ぐ……」
スマホ使用用量の半分を占める隠し撮りやらのフォルダであり、図星にぐうの音も出ない。
「ま、特別に見せてやってもいいぜ? ほれほれ~」
「……ムカつきますが見ます」
お互いに寄り添って転寝するショット、秘蔵コレクションに加えたい欲が荒い息となって現れる。
「お、おい。テーブルに乗るなよ」
「データ下さい。他のも拝見したいです」
「ちょ、危ないって! きゃ!?」
我を見失った結果、らしくない行動でライバルを押し倒し、胸をしっかりと鷲掴んでいた。
軽く力を入れるだけで沈む柔さ、思わず何度も揉みたくなる中毒性である。
「物騒な物音がしましたけど、どうかしまし……あら~お取込み中でシタカ♪」
「ご、誤解です!」
「んっ! そ、それ以上揉むな!」
美影の感触がこびりついた手を眺める帰路、自分では決して味わえないことに虚しさが込み上げる。
「ただいま帰りました」
シーンと静まり返った家だが、煩悩で思考が遅くなるもハッと思い出す。
「そうでした。今日は1人でした」
夕食は冷蔵庫の有り合わせで充分。
あとは気楽に自分の時間を過ごせると。
少しばかりテンションが上がり、鼻歌を気持ち良くハミング。
有意義な読書タイムに紅茶とお菓子、鉄板の組み合わせは至福の一言に尽きる。
時間を忘れるほどに没頭し、じわじわと催したくなる本能には抗えず、トイレタイムを見計らったかのように、ライバルからのLINS電話が来る。
「はい」
《今からそっち行く》
「何を言い出すと思えば……まぁ、いいですけど」
《おぅ、またな》
「……一方的ですね。相変わらず」
前々から月数回遊びに来る頻度だった、新学期に入ってからは頻繁に遊びに来るようになる仲になってる紫音と美影であった。
「……何ですかその大荷物は。バックパッカーになるつもりですか」
「へっ。お泊り道具だっての」
化粧品ポーチ、ファンシーなパジャマ、巨大なクマの抱き枕。
大きめの抱き枕がないと眠れない体質らしく、暴露したことを普通に恥ずかしがるアホっぷりな美影だった。
「……で、子猫ちゃんはどうしたんですか?」
「え? あ、あぁ。猫好きの舎弟に任せてる」
「そうですか。お茶用意するので座って下さい」
甘めのミルクティーに笑みが零れ、まるで実家のような安心感になる。
「はふぅ……親御さんはいねぇのか?」
「はい、今日は誰もいません。自由にくつろいで下さい」
「ふ、ふーん……」
急にソワソワと頬を染め、ミルクティーで気を紛らわす分かり易い反応の美影だった。
「丁度お勧めの映画を借りてるので、一緒に観ませんか?」
「お、おい……何で電気消したんだ」
「雰囲気ですよ雰囲気。ほら、始まりますよ」
大画面に映し出されたのは、圧倒的なホラー映画。
ホラー好きの紫音はワクワクドキドキが止まらない。
一方、ホラー全般が大苦手な美影は、服にしがみ付いてガクブル。
「ひゃあああ?! 白い手見えたって! 見えたって!」
「く、苦しいので離れて下さい」
「いや! 傍にいてぇえええ!」
「……し、死ぬぅ……」
鑑賞後も美影は毛布ミノムシでガクブル。
子犬並みに繊細な美影の姿に、悪戯心が湧く。
「わ」
「ひゃあああ!? や、やめろ!」
「ふふ。いい声で鳴きますね」
「っ~!」
涙目でポコポコ叩かれ愉悦に浸るSな面、ホクホクと内心で勝ち誇る紫音であった。
流石に可哀想と思い、ミルクティーを温め直しに向かうも、服をキュッと摘ままれていた。
「何ですか?」
「と、トイレ……」
「……行けばいいじゃないですか」
「ひ、1人じゃ怖くて行けない……」
「しょうがないですね……ほら、手を貸しますから立って下さい」
扉前で待っててと耳に
「い、いる?」
「います」
「ほんと?」
「返事してるじゃないですか」
「録音したのじゃない?」
「……」
「え? え?! いや! 1人にしないで!」
バタバタ慌しくトイレを脱出し、大泣き寸前で目の前の紫音を睨みつける。
「うぅ……意地悪……」
「しつこいからですよ。ミルクティー淹れてあげますから、機嫌直して下さい」
「いや……一緒に寝てくれないと許さない……」
「強気な貴方はどこに行ったんですか? しっかりして下さい」
「寝てくれないと泣いちゃう……うぅ……」
「わ、分かりましたから! 大の大人が泣かないで下さい!」
最終的には美影に振り回される、外間ヶ丘紫音の日常はこうして静かに終わるのだった。
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