第29話ショーと視線

 秋葉っぱら店のゴストにて、怜は奈南に呼び出され待ち惚けていた。


「早く来すぎたな……デラックスプリンパフェでも食うか」


 丼サイズのパフェの中心には、甘美なプリン様。

 スプーンで掬い取る度フルフルと魅惑のダンス。

 ホイップクリームの帽子を添えた姿は、スイーツ貴婦人だ。


「ふっふっふ……甘々ご婦人よ~沢山舐って啜ってやるよ~」

「怜ー! お待たせ!」

「ひょー何頼む?」


 ドリンクバーでアイスコーヒーを注ぎ、対面する奈南はそわそわとする。


「トイレなら行ってこいよ。まむまむ……」

「そうじゃなくて……これ!」

「ん? まむまむ……」


 手渡された1通の封筒、中身を眺め大きな蒼眼が見開く。


「おぉーもう内定貰ったのか!」

「うん! ゴールデンウイークから早速研修なんだよね」

「マジか。遊べねぇじゃん」

「大丈夫! 研修はゆっくりじっくりみたいだから!」

「料理かよ。まむまむ……とりま、おめ」

「ありがと!」


 ルンルン気分で幸福に満たされる奈南。

 しかし怜も封筒を取り出したのだ。


「まぁ……こちとらゲーム三昧の傍らに……内定バッチリよ」

「あー! いつの間に!」

「声デカ」


 お互いに内定告白ではあったが、サプライズの上乗せをされた奈南は軽く拗ね顔。

 プリンをお裾分けして貰い、どうにかこうにか宥める。


「ま、せっかくだし、就職祝いに何か買ってやんよ」

「ほんと! やったー! 私も買うからね! ふっふーん♪」


 プリンをシェアで完食後、新原宿へ向かい、そこはかとなく就職祝いに良さげな店へ入る。


「キャリアウーマンらしく、腕時計なんかどうだ?」

「あ、お母さんがもう買ってくれてる」

「マジかー……んー……どうすっかなー……」


 悩まし気な表情にニンマリ微笑む奈南。

 とある棚にビビッと直感が走る。


「あ、この手帳……」

「ん? おぉー渋みあるな」

「これがいい! いい?」

「案外お手頃価格だな」


 買って貰い心がホクホクな奈南は、何か思い立ち早速書き始めていた。


「もう書いてるのか?」

「うん! 怜と私の内定記念日だもん!」

「奈南……記念日はどうかと思うわ」

「えぇー……でも、私には大事な日なの!」

「はいはい」


 店員さんに尊い眼差しで見送られ、次なる店へと移動する。


「怜がイチマルマルに行きたいなんて……どうしちゃったの?」

「花凛さんがいるみてぇでよ、ちょっと顔出しと今件の報告」

「いいね! 早速レッツゴー!」


 イチマルマルに移動後、ブランド店を占める7階フロアにて。

 仕事顔であれやこれや指示中の花凛が映る。


「ちわっす、花凛さん」

「こんにちはー!」

「ひょ? わ! マイシスター達ぃいいい! いいとこに来た!」


 話を聞くに、数時間後最上階フロアでファッションショーが行われ、2人に飛び入り参加して欲しい懇願であった。


「バイト代も弾むから! お願ぇしやす!」

「あ、頭上げて下さい!」

「花凛さんの頼みなら断らないっすから!」

「キュピーン……! 女に二言はないからな……うへへへ!」


 裏方のスタッフルームへ強制連行される2人に、準備中のモデル達が色めき立つ。


「なーな! 久しぶりじゃん! いつ見ても凄いおっぱいだね!」

「怜っちも美しさに磨きが掛かってるわ!」


 知り合いモデル達による包囲に、もみくちゃに触診され続ける。

 騒ぎを静めるのにスタッフが動き、怜と奈南が救出される。

 乱れた衣服と体にキス痕、うらやまけしからん被害である。

 スタッフらにガミガミ説教されるモデル達だが、2人の仲裁もあり穏便に済む。


「あれ? 怜ちゃん、奈南ちゃん。どしてここにいんだ?」

「おっす、舞鶴さん」

「花凛さんに頼まれてショーに出るんです」

「マジ? あの枝女……」


 舞鶴が向かう先で花凛の悲鳴。

 モデル達もおじおじと準備を再開する。

 奈南らも衣装合わせに化粧を施され、スタイリストも満足気になる。


「土台が良いとやりがいあるわ……」

「ウチに1人欲しいわね~どう? お姉さんのものにならない~?」

「だ、大丈夫です!」

「遠慮するっす」


 なんやかんやでショーが始まり、異彩を放つ謎の2人組は注目の的になる。

 そして花形の花凛との仲良しランウェイは、観客を釘付けにした。


 ショー後、観客らは店舗巡り、モデル達と同じ衣服を買いまくり。

 特に奈南と怜の同じ衣服が爆売れ。

 普段の数倍以上の売り上げを叩き出したのだった。


 観客は同時に、あらゆるSNSで奈南と怜を調べ上げるが、そもそも公なSNSをやっていないのだ。

 加えてショーではシークレットゲスト扱い。

 知る術のない観客らは、その日もんもんとしたにだった。


「いやはや! 大盛況の大成功だったぜ! 本当にありがと!」

「い、いえいえ。ガチガチに緊張しちゃいました……えへへ」

「表情固まってたよな。動く彫刻がピッタリだな」

「怜ちん冴えてるぅ~♪ にゃははは!」


 肩組みに豪快な笑い、天真爛漫な花凛は誰もが大好きなのだ。


「って事で、事務所に是非是非入ってくれ!」

「先日内定貰ったんで無理です」

「研修とかあるんで、前みたいにバイトは無理っす」

「な、なんだってー!?」


 一時的なショックは速攻で消え、心の底から喜びに満たされる花凛だった。


「おぉおおおおおめでとう! 今日は2人のお祝いだ! ヘイ! 皆聞いてちょ!」


 モデル達からもお祝いの言葉、もちゃもちゃとハグやらをプレゼントをされる。

 ショーの切り上げと、内定お祝いも兼ねて、大名行列の如く先導する花凛は、意気揚々と切り上げ場所へと歩みを進める。


「私に続けー! アッハッハッハ!」

「おい枝女」

「ぴゃ?! つ、鶴ちゃん? あ、頭離して……」

「お前は俺と次の仕事だ」

「いやああああああ!? み、皆も見てないで助けてぇええ!」


 モデルらの間では夫婦漫才と呼ばれ、他者が介入するべからずの暗黙の了解がある。

 つまり@トップモデル花凛の声は、後輩らに届かない。

 味方ゼロも同然な花凛なのであった。


「薄情者ぉおおおおお!」

「うっせ!」

「んひゃ! ひぃ……グスン……じゅるる……」


 強制連行を見届けた一同にとって、日常も同然な光景であった。

 奈南と怜がふと胸をなでおろす間もなく、周囲の異様な視線に気付く。

 胡散臭い笑みのモデル達が、奈南と怜に詰め寄り、こう口々にする。


「じゃあ……行きましょうか? 私達とお祝いにし♪」

「たっぷりと可愛が……楽しんじゃおうか」

「あれやこれやを好き放題……食べ放題だね」

「大丈夫大丈夫……アタシらが黙ってれば、何しても大丈夫……」


 本音駄々洩れなモデルらに、身の危険を悟り後退る2人。


「や、やっぱ悪いんで大丈夫っす」

「よ、用事もあるので……お邪魔しました!」


 脱兎の如くイチマルマルから逃走。

 すれ違う人々からも突き刺さる視線。


「はぁ……はぁ……目が完全に捕食者だった……」

「久しぶりにぞわぞわしたよ……ふぅ……」


 これで終わりかと安堵を浮かべる。

 しかし終わりではなく、始まりに過ぎない。


 ショーのシークレットゲストとしての奈南と怜の情報は、観客らによってSNSで拡散され、ミーハーな若者達がイチマルマル周辺へ集っていたのだ。

 あわよくば謎の2人に会えるかもしれない、そんな淡い期待に胸膨らませながら。

 そして本人らの登場により、ミーハーは目の色変えた。


「……奈南。どうやら敵は新原宿全域みてぇだ」

「に、逃げないと!」


 どこへ行こうとも狂気染みた視線。

 徐々に精神が削られ、気が気でない状態になる。

 今の状況可で、無事新原宿から逃げ出せる確率は微々たるものだ。

 時間経過する度に確率は更に低下する。


 店の中へ立て籠ろうものなら、それこそ袋の鼠。

 愚直にまっすぐ逃走を図れば、敵の思う壺なのだ。


「くそ……視線が消えねぇ……」

「ひゃ! 目が合っちゃった!」

「本気で狙いに来てやがる……よし、脇道を何度もグネグネ作戦だ」


 基本移動を脇道メインにし、敵を徐々に攪乱させ逃げ切る安易な作戦。

 しかしながら、思いの外作戦は順調そのもので、このまま逃げ切ると確信を得ていた。


 だが、全て敵の術中なら話は別である。


「やば……行き止まりじゃんか」

「も、戻ろう!」

「奈南ちゃん怜ちゃん、見ーつけた♪」

「「ひぃ!?」」


 にこやかな表情とは裏腹に、退路を断つモデルら。

 紅潮と荒い息遣いは、変質者と変わらない。 

 新原宿に人生を捧げてきた彼女らから、もはや逃げる事自体が無謀。


「てめぇら! こんなとこで何してやがる!」


 退路の先で聞き覚えのある女性の大声。 

 新原宿に人生を捧げてきたのは、モデルだけではない。

 かつて新原宿を牛耳る若き女性がいた。

 カリスマ性や美貌、男勝りなサバサバ系な性格で同性を次々に虜にさせ、数百人規模の集団を統括する程までに勢力を拡大。

 絶対的な存在は瞬く間に浸透、それ程までの逸材だった。

 しかし2年前。

 運命との出会いを果たし、夢幻が如く新原宿を去った。


 その彼女の名は亜咲原美影。

 かつてレディースの頂点に座したカリスマだ。


「怜の姐さん! 奈南の姉貴! ご無事っすか!」

「み、美影!」

「美影ちゃん! それに一派の皆も!」


 まさかの大物の名前に、モデルらは戦々恐々と空気を一変。

 誰一人として逃さまいと一派が包囲。

 ガクブルと震え縮み上がる、モデル達だった。


「ど、どうやってここが分かったの?」

「SNSっす! 蕾が逐一教えてくれたんで、何とか間に合いました!」

「アイツが……帰ったら礼言わねぇとな」


 心強い味方にホッと胸を撫で下ろし、美影らが責任を取り、この場を治めることとなった。


「さーて……てめぇらにはキッチリ、ケジメ取って貰わねぇとな……」

「「ひぃいい!?」」


 安全な帰路は美影一派によって、既に対処済み。

 途絶えなかった視線は嘘のように消え、それぞれが自宅へと帰還する。


「oh……それは災難でしタネ。ワタシが体で癒してあげマスヨ?」

「ロゼさん! それは妾が適任です! さぁ、怜様! 一生忘れない思い出を残しましょう!」

「私欲の洪水じゃねぇか。2人でよろしくやってろよ」

「ナイスアイディアではありませンカ! では蕾ちゃん……ベッドへ行きまショウカ」

「あ……こ、これはこれで……」


 ちょろすぎる蕾は頬を染め、チャラ女と化したロゼの自室へランデブー。

 妙に艶かしい声を聞き流し、ソシャゲで気分転換。

 丁度、美影からのLINS新着メッセージ。

 その後の報告かとすぐさまチェック。


「……意気投合してんじゃねぇか」


 美影一派とモデル達の仲睦まじい宴風景であり、怜はいいねスタンプを送りソシャゲに浸るのであった。

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