3章

第28話チケットと祭典

 新学期早々、キャンパス内で人々の視線を奪う2人がいる。

 すっかりお馴染みとなった怜と奈南コンビである。


「今年も新入生沢山だったね」

「初々しさの塊だな」

「新1年生、同好会に来るかな?」

「まぁ、去年はロゼだけだったからな」


 奈南と怜を一目見た、新入生は期待する。

 夢のようなキャンパスライフが待っていると。


 そして和み同好会の噂は新入生達にも知られている。

 あそこは美少女美女達の巣窟だと。


「あ、そうだ! オリテ終わったら、皆で遊びに行こ?」

「おぅ、いいぜ」

「やったー♪ んふふ~♪」

「歩き辛いっての」


 華奢な腕を包むメロンの羨まけしからん光景は、尊さを広める。


 オリテ後、同好会へ赴くと、馴染みのメンバーが笑顔に花咲かす。


「お疲れっす! 奈南の姉貴! 怜の姐さん!」

「お疲れ様です」

「よ、新部長に新副部長」

「2人ともイメチェンしてる! 凄くに似合ってるね!」


 ロングストレートからクールショートの美影。

 清楚系の際立つセミロングの紫音。

 同じ日の同じ美容院でイメチェンが被った2人は、照れ臭そうにお互いをチラ見するのだった。


「で、当たり前の様に居座ってんな」

「何時もどこでも貴方様の傍ですわ♪ れ・い・さ・ま♪」

「ガン見すんな」


 新1年生である兎良瀬蕾、怜に近寄る姿は狂気に近い。


「皆仲良いね」

「……いや、誰?」

「いやだな怜さん~僕ですよ、春山輝親」

「……シュッとした美青年じゃねぇか。肉はどうした」


 試作品のダイエット器具を使用し、春休み期間の2か月でマイナス15kgのダイエットに成功した春山。

 元々可愛らしい容姿だった春山は、小柄な美青年へと変貌していたのだ。


「マジか……ここまで変わるとはな~奈南と同じだな」

「も、もう! 怜の意地悪!」

「あ、そうだ! 2人に渡すものがあったんだ!」

「「?」」


 春山に渡された2枚のチケット、日本一の規模を誇るゲーム祭典S3の招待券であった。

 最強・最高・最新が凝縮された場は、ゲーマなら誰もが羨む夢の祭典である。


「マジか……いいのか?」

「裏方で楽しむから大丈夫! 父さんも相応しい人に渡った方が喜ぶし!」

「懐広ぇな……輝っちゃん、おやっさんに感謝! あざっす!」

「いえいえ!」


 新学期早々、幸福に満たされる怜。

 愛らしい姿に後輩達は見悶える。

 しかし奈南だけはチケットを眺め、悩まし気な顔だった。


「奈南ちゃん先輩? どうしたんデス?」

「んー……蕾ちゃんが好きそうな祭典じゃないかなーって思って」


 キラリと鋭い眼光の蕾は、ぬるりと奈南の手を包み込む。


「奈南お姉ちゃん! 妾にくれるのですか!」

「待て奈南。生贄は勘弁だぞ」

「え、えっと……」


 可愛がってきた幼馴染と、可愛いが溢れる同級生。

 奈南の天秤の傾きがフラフラと揺れ、結論を下す。


「や、やっぱり怜と行きたい!」

「が、ガーン!」

「物好き野郎だな……悪いな蕾。奈南は貰うわ」

「そ、そんな……妾も……妾も一生大事に貰って下さへぶぅ?!」

「「限度ってもんがあるでしょ!」」


 部長副部長による拘束に、ロゼの百合スケッチが止まらない。


♢♢♢♢


 S3当日、近未来を彷彿させる会場内は、最新ゲーム機や最新試作ゲーム機が選り取り見取りだった。


「ヤバイ……鼻血もんだ、これ……」

「すっごい目がキラキラだね。あ、最新VRだって!」

「おぅ、存分に楽しもうぜ!」


 複数人同時体験可能な最新VRに、早速2人がゲーム内へと入り込む。


「ここは……廃墟? れ、怜どこ?」

「アハハ! お前へっぴり腰だぞ!」

「わ! 怜がゴリマッチョの兵隊さんに!?」

「奈南はナヨナヨ新米兵士だな」


 現実でキョロキョロ見渡す奈南に、面白がってケラケラ笑う怜。

 このVRの設定は逃走ものであり、笑っていられるのも今の内なのだ。


「ん? 地響きが近付いてるな」

「え? え? どうしたらいいの?」

「落ち着け餅付けぺったんぺったん」

「冗談も気休めにならないよ! 自分がぺったんぺったんだからって!」

「おい」

「ご、ごめん」


 強気な美少女の睨みつけに、頭を踏まれ罵って欲しいと願う、変態ギャラリーが多数湧いてた。

 そんな事は他所にゲームは進み、怪物の声が耳に響く。


「ひぃぎぃ?! 何々?!」

「お、後ろにいるぞ。ほれほれ」

「うぎゃあああ!? 怪物ぅうう!?」

「おうおう。グラがハイクオリティだな」

「感心してないで逃げないと! ひゃああ!」


 リアルに足場が動き出し、逃走を体験可能にした画期的なシステムである。

 そしてギャラリーは、奈南のわがままに揺れるメロンに釘付け。

 しかし奈南の俊足は凄まじく、足場の速度を上回っていた。


「キャ?! あ、あれ?! 見えない壁があるよ!? 何で何で!?」

「アハハ! 棒立ちでわちゃわちゃしてるな!」


 リアルな壁にぶち当たり、ゲーム内では絶体絶命状態に追い込まれる。


「お、お客様!?」


 女性スタッフの救済に半べそで抱き着く奈南であった。

 一方、逃走しきった怜は汗も滴る美少女となり、ギャラリーから喝采が起きる。


「どもどもー大丈夫か奈南?」

「グスン……怖かったよぉ……」

「おーよしよし。でかい甘えん坊だな」


 2人の尊さに頬を染めるギャラリーだった。


 次なる場へ赴く中、各ブースのコンパニオンへと視線が行く。


「ほっほーあれが生コンパニオンか。乳見えそうだな」

「な、なんでこっちも見てるの?」

「通常時の奈南の方がエロい」

「も、もう!」


 道行く人々は総じて思う。

 確かに通常時でもエロいと。

 もしコンパニオン姿になれば経済効果は爆上がりだろうと。


「あ、ねぇねぇ。あれってDFじゃない?」

「お、マジだ。行こうぜ」


 長年人気を誇るソフトでもあり、一際賑わいを見せる。

 怜もさぞかし喜んでいるだろう、奈南がニコニコ笑顔で顔を覗くも、本人はわなわな震えていた。


「ぺぺぺぺぺティーたそ!? リアルに存在してる!? 夢か!? 現実か?!」

「お、落ち着いて怜! それホ……ログラムだから!」

「はーなーせ! 触れさせろ! ぺろぺろしたいんだ!」


 興奮冷めやらぬ怜は、ホログラムに突っ込みそうな勢いだ。

 羽交い締めで一時しのぎし、ずるずるとDFブースから遠ざける。


「は! ここは?」

「大丈夫? 我を見失ってたよ?」

「またまた御冗談を。お、DFのブースがあるぜ」

「無限ループになっちゃうから!」

「ちょ! 引っ張んな!」


 興奮のあまり記憶がすっぽ抜けた怜。

 好きものは中毒性の強い劇薬だと、その身をもって教えたのだった。


 次々ブースを巡り、身も心もホクホクとなった頃、時刻確認した怜が急ぎ足になる。


「ふぅー間に合ったぜ」

「凄い広い会場……ステージもあるけど何かあるの?」

「S3の醍醐味は、度肝を抜かす重大発表の数々だ。今までどれ程驚かせられたことか……」

「遠い目になってるよ」

「……全ていい思い出なんだ」

「よ、よくわかんないや」


 眺めの良い席に腰掛け、しばらくすると照明が落ち着き、生オーケストラが会場内を包む。

 よく分からないが期待に胸躍らせる奈南。

 玄人なる眼差しの怜。

 ステージに登壇する司会者にスポットライトが当たる。


『圧倒的人気を誇るDF……中でもシリーズ7は、世界中で支持され愛され続けて来ました……』

「はぁ……また移植版か?」

「いい事じゃないの?」

「当時のグラが高解像度になって、軽くぬるぬる動くだけのもんよ。ファンとしてはガッカリもんよ」

「そうなんだ……あ、凄い綺麗な映像だよ! 映画みたい!」


 映画化であっても、中途半端な出来栄えは見え見え。

 興味が薄れつつ、ミルクプリンドリンクで喉を潤す。

 だが、映像美が進むにつれ、怜の絶望が希望へと変わって行く。


「……おいおい! マジでか? 今回こそマジで来ちまうか?」

「な、何が来るの?」

『今秋……DFシリーズ7、完全リメイク版発売決定。貴方の感動が再び蘇る』

「うぉおおおおおお! 夢が現実になったぁあああ!」


 場内は大歓声に沸き上がり、怜ですらスタンディングオベーション。

 続々と発表される最新作や続編、今年は完全な当たり年だと会場内は一体感に包まれる。

 ポツリと熱狂に乗り切れない奈南も、一応空気を読み喜んだのだった。

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