第24話同人誌即売会とコスプレ

 12月末、年に2度ある同人誌即売会が始まる。

 バズったアニメ漫画の二次創作、定番のものやオリジナル作品までが揃う。

 そしてコスプレイヤー達による撮影会では、怜と外間ヶ丘兄妹がいた。

 毎回異例の売り上げを叩き出す怜&紫音コンビは、圧巻の人気っぷりに誰しも注目する。

 ただし今回は一味違う。

 あの奈南がコスプレする事になっているのだ。


「こ、これに着替えるの?」

「採寸してあっから着れんだろ?」

「そ、そうじゃなくて……ろ、露出多くない? これ?」

「宝の持ち腐れするよりかは、使えるもんは使わねぇとな」


 ビキニとも言える衣服を持ち、露出の多さに顔が火照る奈南。

 着替え場とは言え、大衆の面前で裸を曝け出すのを躊躇う。


「ほら時間ねぇぞ」

「う、うん……み、見ないでね?」

「え? ガン見すっけど」

「も、もう!」


 怜の執拗な視線をグッと堪え、裸を曝け出す奈南。

 他のコスプレイヤーも思わず視線が行く。

 顔も身体も完璧な生着替えは、同性すら惚れさせる最優良物件であった。


「生着替えだけでガッポリ稼げそうだな」

「は、犯罪だから! 怜の着替えも見るからね!」

「別にいいけど? ほら、早く着替えねぇと撮るぞ」

「むぅ……紫音ちゃんも何か言っ……あれ? 紫音ちゃんは?」

「……あ、いた」


 奈南の刺激の強過ぎる裸体にノックダウン。

 幸せそうな顔に見下す怜だった。

 紫音の半端な脱衣は犯罪臭が香るも、ノックダウンも大概にして欲しいものだ。


「紫音、惚けた面でトリップすんじゃねぇ」

「は! 僕は何を! 貴方は天使さん?」

「アホ。とっとと着替えろ」

「される顎クイもいいで……あぅ!」


 目を瞑りキス顔になる紫音だが、デコピンを食らい着替えを再開。

 美女達の生着替えに他のコスプレイヤーは手を止め惚け、完全に出遅れていた。


 ブースにはジーザスこと外間ヶ丘真男が写真集の用意中であった。

 手伝いながら自身の役割を聞く奈南だった。


「私は何すればいいの?」

「ジーザス先輩と売り子だ」

「ここで売る係って事? 怜達と一緒じゃないの?」

「なら代わりに激写されっか?」

「うぐ……無理でしゅ……」

「だろ? ジーザス先輩もいるし、奈南はマスコットみたいなもんだ」


 元々売り上げは大黒字だが、奈南がマスコットになることで会場内がバズる。

 写真集のグレードも部数も倍々、過去作品も再版済み。

 懐ウハウハな未来しか見えないと、プレミアムゲームソフトも爆買いできると涎を啜る怜だった。


「じゅる……」

「お腹空いたの?」

「いや、ちょっとばかし未来を見てた」

「?」


 キャラ設定になりきってるのかなと、可愛らしい一面にニッコリ奈南。


「生写真付きも有りだな」

「生……写真?」

「欲しいです! 幾らからですか!」

「2000だ。プレミアムは増し増し」

「両買いで! ハァ……ハァ……な、奈南先輩……つ、ツーショット写真を……」

「あ。怜とのね! うんいいよ!」

「え」


 インスタントカメラで怜&紫音のツーショット、生写真の金銭要求を忘れない怜。


「これはこれで……ふへへ」


 結果が良ければ全て良し、ニヤニヤの止まらない紫音だった。


 各ブースが準備に勤しむ光景を眺め、ワクワクとドキドキが止まらない奈南。


「へっくち……少し肌寒い……」

「ほらよ」

「わっふ?! こ、コート?」

「羽織っとけ」

「うん! スンスンスンスン……」


 怜と同じ匂いがする、バキューム嗅覚吸引で香りを刻む。


「じゃ、頼んだぜ奈南。ジーザス先輩、オナシャス」

「が、頑張ります! ふんす!」

「任せろ……完売間違いなしだ」


 コスプレ組が持ち場へ向かい、今か今かと開催のお知らせを待つ。

 そしてアナウンスと共に人が流れ込み、場内が行き交う人々で埋め尽くされる。


「わ! わ!? こ、こんなに!?」

「奈南後輩……常連客が来る……構えろ」

「え! あ、はい!」


 最強に最強が合わさった奈南達のブースは大繁盛。 

 生写真の売り上げは予想を遥かに超える。

 特に女性人気が凄まじく、一目惚れする輩もいる程にカオスであった。


「お、お1人様各1冊でお願いします! あ、プレミアム生写真ですね! ありがとうございます!」

「未だかつてない程の盛況……2人も喜ぶな」


 ものの2時間でブース内の在庫完売。

 絶え間ない接客に軽く疲弊した奈南。

 チューチューとチョコミルクを飲み、束の間の休みを取る。


「予備在庫を取ってくる……休憩時間を兼ねて自由行動だ」

「え? いいんですか? 運ぶの手伝いますよ?」

「奈南後輩……ここを楽しんでくれた方が俺的には嬉しい」

「んー……じゃあ少しだけ見て回ってきます!」


 去り際に手を振られ、やる気が満ち溢れる真男。

 第2陣も完売してみせると、心に決める。


 場内を回るだけで、歩く宣伝広告となっている奈南は、とあるブースの人だかりで、見覚えのある人物を見つけ近付く。


「ロゼちゃんだよね?」

「wow! 奈南ちゃん先輩! 来てくれたんでスネ!」


 眼鏡姿に知的そうな服装のロゼ。

 ご主人と再会した犬の様に嬉しがる。

 昔から絵を描くのが好きで、暇を見つけコツコツ描き上げた同人誌が並んでいた。


「怜と隣同士が良かったんですけど、抽選なので離れ離れデス……」

「そうなんだ……これって同人誌……ってやつだよね?」

「はい! 百合本デス! お気にのカップリングを丹精込めて描き上げまシタ!」

「百合……見てもいい?」

「どうぞどうぞ~」


 女学園ものの設定らしく、世間知らずなお嬢様と勝気な小悪魔女子2人の物語。

 繊細なタッチの絵柄、読み易く構成されたコマ割り、シンプルながらも引き込まれるセリフ。

 充分プロとしてやっていけるクオリティーに、黙々と読み進める奈南の表情変化を楽しむロゼだった。

 そして、とあるページで手が止まりみるみる赤面。

 そのページをロゼへ見せつける。


「はだ、裸になってるよ! これ!」

「R指定なので当然絡みシーンもありマス♪」

「か、絡み……ゴクリ」


 これから先の展開を見ていいのか、様々な葛藤が激流の如く巡る。

 行き着いた答えは勿論1つ、財布を緩め1000円を献上する。


「1冊下さい!」

「ありがとうデース!」

「あとで感想送るね! やんごとなき大和撫子先生!」

「はい! 楽しみにしてるデス!」


 ロゼと別れ、ホクホクで百合本を胸に抱える奈南。

 奈南の後を追う様に、ロゼの元へ客が殺到。

 ロゼの百合本は爆売れし、無事に完売を果たす。


 目新しいものからマニアックなものに目移りする中、子供達の集まるブースが気になり並ぶ。


「こんにちは!」

「……ませ」


 サングラスにマスク、ファンシーなコスプレ衣装の女性。

 口数が少なく声も小さいが、同人誌の売り上げは上々と見受けられる。


「見てもいいですか?」

「……ぞ」


 可憐で愛らしいオリジナルキャラの表紙を捲り、1ページずつ眺める。

 平和な世界観にほのぼのストーリ、くどくないデフォルメ具合。

 思わず頬が緩み、財布も緩々な奈南は代金を献上。


「1冊下さい!」

「……ます」

「次も楽しみにしてますね! えっと……レナ先生!」


 何度もペコペコ頭を下げ感謝する作者は、奈南の去る後ろ姿を見送り、安堵の一息をつく。


「ぶは! ……な、何で奈南の姉貴が……マジで心臓バクバクだし……バレるかと思ったぜ……」


 レナ先生こと亜咲原美影、身バレ防止に変装する程であった。

 まさかの来客に尻窄み、ドギマギな接客に反省していた。

 同時に自身の描き上げた同人誌を、憧れの人に購入して貰えて、心底歓喜に酔い痴れ不敵な笑みを浮かべる。


「拝見してもよろしいですか」

「しらっしゃ……」

「やはり貴方でしたか。み・か・げ・さん」

「し、紫音?! こ、コホン……冷やかしに来たんですか?」

「ぷっぷっぷ……キャラがブレブレですよ……うぷぷ」

「ムカ……」

「まぁまぁ冗談はさておき、拝見してもいいですよね」

「あぁ、好きなだけ見ろ」


 接客を脇目にライバルの反応が気になり、気が気でない美影。

 じっくりと目を通し終え、満足気な面立ちで一言告げる。


「……1人で描き上げたのですか?」

「少し舎弟達に手伝って貰ったぐらいで、あとは全部ワタシが仕上げた」

「ふーん……」

「な、なんだよ」

「1冊下さい」

「え。お、おぅ」


 拍子抜けした顔のまま代金を貰った美影、満足気な紫音は告げた。


「貴方の愛が溢れた作品だと、僕にはそう思えました」

「ド直球で愛って言うなよ……勘違いされんだろ」

「愛してないのですか?」

「だから! なぁー……愛してるっての……」

「最初っから素直に言えば良かったんです。大事にさせて貰いますね」


 周囲では年端もいかない女の子達がキャーキャー黄色い声を上げる中、去ろうとする紫音の名前を呼ぶ。


「紫音!」

「なんですか」

「そのコス……お前にピッタリ似合ってる……」

「……ありがとうございます……」


 照れ臭そうに去って行く紫音の後姿、ガラでもない言葉を何故口走った事に赤面する美影に、キラキラ瞳の女の子達がグイッと近付き、妙な事を口走る。


「お姉ちゃんはさっきの人を愛してるんですか?」

「な! ち、違……」

「またまた~素直になれないカップルなんですね!」

「ち、違うって……」

「照れなくてもいいんですよ? 私達、レナ先生の大ファンですから何でも受け入れます!」

「うぅ……」


 涙目になるほど恥ずかしく、どんどん縮こまる美影であった。


♢♢♢♢


 一方コスプレ撮影場に赴いた奈南。

 アニメや漫画のキャラが、現実に飛び出してきたようなクオリティに興味津々だった。

 言わずとも奈南も注目を浴び、カメコが後を追う。

 とんでもない原石が現れた、今日は伝説の誕生を見届けられるかもしれないと。


「あ、怜ー!」

「ん? おぉ奈南。休憩か?」

「うん! 凄い人気だね!」

「だろ? えっくし!」


 熱気漂うブースとは違い、場内のエントランスでの撮影会だ。

 薄着も同然なコスプレの怜、貸して貰ったコートを掛けてあげようと、その場で脱ぐ奈南。


「はい! 羽織っていいよ!」

「おぅサンキュー」


 コートから放たれたビキニ酷似のコスプレに、目の当たりしたカメコは撃沈。

 あまりにも刺激が強過ぎる動くエロスに、耐えられる訳がなかった。


「奈南……お前は伝説だ」

「ふぇ? わ! み、皆さん大丈夫ですか?!」


 誰1人として伝説の撮影に成功しなかった同人誌即売会。

 奈南達の成果は大黒字の大盛況に終わったのだった。

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