第19話合コンと5人

 某大学の食堂にて、窓辺の席から雨を眺める男1人、思い悩む溜息をつく。


「はぁ……」

「どうしたのつかさ

「月乃~……俺は絶望しているんだ」

「絶望? ……とりあえず話してみて」


 かくかくしかじかと思いの丈をぶつける猿又さるまた司。

 月乃とは大学で知り合った、息の合う友人だ。


「……つまり出会いが欲しいと」

「YES! 月乃はモテるから1人や2人ぐらい紹介してくれないか~?」

「モテてる? 司の勘違いじゃ?」

「またまた~この食堂でも好意の眼があるってのにか?」

「全然わからない」


 自覚無きモテ男月乃。

 大学入学から早2か月以上経ち、好意を寄せる異性は数知れず。

 物腰の柔らかな口調と仕草、面倒見のいい母性本能を擽る性格。

 同性にも慕われる人望の厚さ。

 周囲から完璧超人と呼べる男だが、当の本人はただただ日常を送る一般人に過ぎないのだ。


「なぁー……そういや彼女持ちだっけ」

「うん」

「いいなー……じゃあ、その彼女か……」

「だめ」

「ま、まだ何も言っ」

「無理」

「つれねぇー……女の子と話してぇーだけなのに……あ」


 何か閃き立つ司の、鼻下を伸ばす姿は正に猿である。


「なぁ、お前んとこの姉ちゃん! 確かすげぇ美人だったよな!」

「たぶん」

「多分じゃなくてそうだろ? でさー……」


 司の提案を聞き呆れるも、諦め半分で姉に伝える事に。


♢♢♢♢


「ってことなんだよ。どうかな?」

「つつつつつまりご、合コン……」

「無理しないでいいからね」


 真剣に悩み続ける姉の姿、普段異性からの好意は恋愛感情抜きで快く受け入れていた。

 今回は合コンという名の出会いの場。

 そこから始まる恋があると情報がインプットされている。

 近年出会いの場ではなく、わちゃわちゃと楽しむ場となっていることは知らない。


「あくまで女の子と話したいのが目的らしいか……」

「行く……お姉ちゃんは行きます! 合コンに!」

「あ、うん」


 自らが異性の交流場へ赴くとは思いもしなかった。

 前へ進んでる姉に、心で感激する月乃だった。


「僕も付いて行くから心配ないからね」

「うん! ありがとう!」

「あと人数合わせなんだけど……僕を含めて5人なんだ」

「5人……ふんふん……うん! 大丈夫だよ! 任せて!」


 指を折り数え終えた奈南。

 どんとメロンに手を当て、自信満々に揺らす。


♢♢♢♢


 合コン当日、既に男性陣が居酒屋に集い、リハーサルをこなしていた。


「俺様を誰だと思っている。今までにこなした合コン数百回、お持ち帰りは数知れず……合コン王こと王善寺おうぜんじ竜馬りょうまは俺様のことよ」

「よ! 流石合コン王の竜馬さん! オーラが違うっすね!」

「しゅ、しゅごいです……」

「一生付いて行きます竜馬様!」


 非モテ男達が崇拝してやまない合コン王竜馬24歳。

 同大学の院生であり、チャラいことで有名。 

 事実、本物のモテ男月乃は、合コン王竜馬の事を、ただの親切で世話焼きな人としか認識していない。


「お手柔らかにお願いしますね」

「分かってる分かってる、あくまで練習だろ?」


 ニコニコと肩に手を置き、俺に任せろと言わんばかりの安心感を月乃へ告げた。

 だが真意は女性陣総取りを目論む竜馬。

 下種な一面を表に出さないのが、一流の下種なのだ。


「あと5分ぐらいで来るらしいです」

「そうかそうか! 存分に楽しんで頂こうじゃないか!」


 事前に予約していた料理の数々がテーブルに揃い、今か今かと女性陣を待ちわびる非モテ男子達。

 そして5分後、奈南達が姿を見せた。


「こ、こんばんは! つつ月乃の姉の奈南でしゅ!」

「噛んだな」

「素晴らしい愛嬌っす!」

「ボイスレコーダーで録音すればよかったです……」

「ここが日本のバーでスネ! 和を重んじる大和魂に感服デス!」


 絶世の美女と美少女しかいない女性陣に、男性陣はあんぐりと開いた口が塞がらない。

 ここ数年先の運を使い果たしたと思える程、広めの個室が華やかに彩られる。


 対面式で男女に別れ、早速自己紹介が始まる。


「亜咲原美影」

「外間ヶ丘紫音です」

「ロゼ・シャルロットと申しマス!」

「あー柳家怜」

「こ、古賀峰奈南でしゅ!」

「また噛んでる」

「ふにゅ……」


 美しさのあまり鼻下が自然と伸びる非モテ達の番に。


「王善寺竜馬だ」

「猿又司です! でゅへへ……」

「ももも茂武もぶです!」

「わ、脇田わきたです……」


 いかにも草食系男子を感じさせるモブ男子2人。

 欲が前のめりで出てしまい、気持ち悪い声が出る司。

 クールな男を装う合コン王竜馬は、緊張のあまり見えない場所で汗が噴き出る。

 ここは次に繋げる為に親交を深め、そして無事に乗り切る事こそが、男性陣の目標。

 月乃を除く男達は、見えない絆を結んだ。


「では、素敵な出会いに乾杯しようじゃないか」

「あ、まだ私達飲み物頼んでないです!」

「奈南の姉貴! こちらドリンクメニューです!」

「ありがとう! えっとえっと……」


 急いでメニューに目を通す姿に、美影達が微笑む。

 気分はまるで母娘である。

 早々に進行を誤った合コン王竜馬。

 内心テンパったことを悟られないよう、水を一気に飲み干す。


 女性陣のドリンクが来るまで各自談笑。

 唯一中立に立つ月乃が怜に話しかける。


「怜さんが来るなんてびっくりしましたよ」

「タダ飯食えるって聞いたからな。じゅる……」

「あーなるほどです」


 光悦な笑みで涎を拭う姿、本当に合コンはどうでもいいと感じさせる。

 揚げたて唐揚げを受け皿に取り、レモンを絞り頂く怜。

 茶系統料理好きな彼女にとって至福の時。

 美少女スマイルが自然と零れる。

 後輩達がスマホで激写する中、ロゼは料理に興味津々であった。


「月乃くん? この串焼きは何でスカ?」

「焼き鳥だよ。モモにムネ、皮にぼんじり砂肝とか色々あるね」

「これが噂のファイアーバード……イカシマス!」

「あ、うん」


 ロゼの不思議解釈に、月乃は深追いする事をしない。

 烏龍茶で軽く口を潤す月乃の隣、猿又司が耳打ちをする。


「おい月乃……俺らの話題もふってくれよ」

「え、うん」


 何となく実姉には近付けさせたくないと直感。 

 目の前のロゼと怜に話題を振ることに。

 小洒落た正装を整え、無駄に決め顔をかます司がアピールする。


「ご紹介に上がりましたのは、この猿又司! レディーファーストを心掛ける紳士! 今夜は美しき貴方達だけのナイトとなりましょう!」

「へぇーもぐもぐ……」

「興味ないデス。ナイトとnightを掛け合わせている時点で寒いデス。ユーモアセンスを磨いて出直してくるデス」


 無関心に辛辣、心ダメージは想像を絶するほど深かった。


「そういや月乃。りっちゃんは合コンを許したのか?」

「顔見知りが大半ですし、怒ると怖いのは知ってますんで」

「ふーん……尻に敷かれてんのか。ひゅー!」

「Oh! 夫婦間にできる主従関係と同じでスネ! 月乃くんはイカシマス!」

「ちゃ、茶化さないで下さい」


 ニマニマと弟イジリを楽しむ怜とロゼ。

 司のことはすっかり忘れ去る。

 そんな仲睦まじい姿に食欲が進む後輩達は、合コンなどは二の次で鑑賞会を優先する。


 ドリンクも届き乾杯後、飲み食いが更に進む。


「おい紫音。今食ってる奴美味そうだな」

「あげませんよ。頼めばいいじゃな……あ!」

「へへーんだ! あむ!」

「ぐぬぬ……これは仕返しものですね!」

「あ! アタシのイチゴミルク!」


 お互いに間接キスをしイチャ付く後輩達。

 にこやかな奈南の宥めで仲直り。


 一方非モテ達は静々と眺めるしかできない。

 合コン王竜馬はひたすらに場を考察。

 今、合コンの主軸となっているのは月乃であると。


「あの……」

「……ん?」

「グラスが空ですけど、何か頼みますか?」

「あ、ありがとう」


 わざわざ隣に来てメニューを手渡す奈南。

 遠近ともに美しい姿に動揺を隠せない。

 柔らかで屈託ない笑み、竜馬に風が吹き抜ける。

 下種の薄れを恐れ我に返り、度数の高い酒を注文するのだった。


「20度のお酒……無理しないで下さいね?」

「ほ、ほふぅ……し、心配いらない。このぐらい普段から嗜んでいるのでな」

「わぁー……私お酒ダメなんで羨ましいです」


 酒に弱い情報をインプット、甘くて飲みやすい酒を頼もうとするが手が止まる。

 女性の弱みを利用してまで、合コンを成立させてはならないと。

 合コン王竜馬のポリシーである、飲みニケーションは封印し、純粋な会話でのコミュニケーションを遂行すると決める。


「飲む飲めないは千差万別だ、気にすることはない」

「はい! 優しいんですね!」

「おふぅ……」


 笑顔の風が竜馬を殴り付ける、キモい声が自然に漏れる程に圧倒される。

 魔性の天然モテ女古賀峰奈南。

 同性でさえ虜にしてしまう魅力の塊だ。


 気ままにメニューを眺める奈南は、とある場所に視線が止まる。


「プリンミックススムージー……何だろう?」

「プリンと聞いてやって来た」

「ふぁ!? れ、怜!?」

「是非とも頂きたいな。じゅる……」

「よ、涎が!」


 背後から覗き見る怜、顔の触れ合う超近距離間で涎を口元からタラり。

 我慢は体に毒という自身の教訓に従い、プリンミックススムージーを注文。

 今か今かと奈南に抱きついたまま、そわそわ。

 期待に胸躍らせる怜の姿にときめく。


 場の空気が明らかに女性中心。

 何としてでもお近付になりたい竜馬は、切り札を告げる。


「そろそろ場も温まって来たことだ……とっておきのゲームをしようじゃないか!」

「ゲームだと……」

「その名も……王様ゲームだ!」


 期待を裏切るゲーム名に興味を失う怜。

 照り焼きチキンチーズ焼きを食らい、気持ちを持ち直す。

 こっそりサラダを盛り付け、怜の手元へ置く奈南は王様ゲームに興味あり。

 後輩達は奈南達に合わせる反応する。


 合コン王の進行が浮かばれないが、致し方無いのだった。


「じゃ! 俺が作りますんで、皆さんはごゆるりとお待ちください!」


 割り箸に番号と王様の印。

 準備の完了した司が、取りやすいように手を出す。


「ではどうぞ!」


 全員同時に抜き取り、各自番号を確認した。


「ぼぼぼ僕が王様です!」

「茂武が王様だ! どうなるかな? どうなるかな?」

「さぁ、命令するんだ」


 もし女性の皆さんが相手になれば不快な思いをさせてしまうかもしれない。

 同時にお近付になる絶好のチャンス。

 天使と悪魔の葛藤が茂武を苦しませる。 

 結論は数秒後に口からこぼれる。


「に、2番が7番の頭を撫でる……で」


 月乃が紫音の頭を撫でる事になり、そっと優しく撫でる。


「撫で上手ですね……彼女さんにもしてあげているのですか?」

「えっと……まぁ……はい」

「フフ……純真無垢さを感じますので、大事にしているのですね」

「……大事な人なので」

「流石奈南先輩の弟さんです。いい子いい子」


 逆に撫で返される月乃、照れ臭いも満更でもない。

 姉と怜達がニヨニヨ見守る中、次のターンになり、王様はロゼになった。


「5番と1番が仲良くハグをするデース!」


 司と脇田の誰得なハグ、空気が死ぬほど冷たくなる。


「地味面同士だと華がないでスネ」


 ど正論と冷めた眼差しに心が折れる2人。

 合コンがトラウマになりかねない。


「結果が納得いかなかったのでー……怜とハグし合いマス! ン~!」

「肉柔めが……うぇぷ」


 大好きなぬいぐるみを抱きしめる要領でハグをかますロゼ。

 諦め半分でなされるがまま。

 次の王様は怜、1番が10番にあーんという命令、美影と奈南が対面する。


「い、いい行きますぜ奈南の姉貴!」

「あーん……あむ!」


 美女達によるあーん、両者ともに幸せなオーラが溢れる。

 嫉妬の眼差しを送る紫音に対し、ドヤる美影が煽りに煽る。

 未だに役回りが何もない合コン王竜馬。

 ただの背景と化してしまう影の薄さだった。


 数十回繰り返された王様ゲームも終わり、腹も満たされ切り上げ時に。


「ふぅ……お腹一杯!」

「どれどれ……触っても分からねぇな」

「く、くすぐったいからやめて~……うひひ」


 自然にイチャつく奈南と怜。

 触れられて、とても幸せな笑顔である。

 月乃を除く男性陣は灰色となり、割り勘でお金を出し、お会計を済ませ現地解散に。


「俺様……いや、僕は真っ当に生きる事にしたよ月乃君」

「は、はぁ……」

「本当に今日はありがとう……ありがとう……」

「い、いいえ」


 どうして好青年へと生まれ変わった、元合コン王竜馬。

 真っ当な出会いを求め、1人夜の町へ去って行く。

 微妙な印象だけが残る人だった、他の女性陣も同じ印象であった。

 茂武と脇田、そして猿又司に関してはスゥーっと記憶が薄れ遠ざかる。


「つーくん! 帰ろっか!」

「うん。おわっ」

「皆! またね!」


 姉に腕組みされ、帰って行く月乃達を美影達が見送る中、怜は小首を傾げていた。


「どうしたんデス?」

「何かよ……店ん中でよ、常に誰かに見られてた気がしたんだ」

「そうなんでスカ? ワタシにはサッパリでシタ」

「気のせいか?」


 頭をポリポリ掻き、自意識過剰な自分を少し恥じらう。


 しかし、実際合コン会場である居酒屋の視線は間違ってはいなかった。

 吉田部長を含んだ数十名の見守り隊、美影一派数十名が客と従業員して監視をしていたのだった。

 この事実を知る合コン参加者は誰もいない。

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