第13話送別とカラオケ

 別れと春が訪れる3月、和み同好会メンバーはカラオケにいた。


「本日は世良殿の送別会! 大いに盛り上がり、新たな門出を祝いましょう!」


 それぞれが祝いの品を献上し、感激のあまり糸目から涙を流す、世良こと紳士さん。

 ひとまずドリンクバーで飲み物を選ぶ女性陣は、美女美少女達の美しき景色であり、モブ達は酔い痴れていた。


「ココア一択だな」

「本当に甘いもの好きだね」

「糖分は明日への活力だ。ドヤ!」


 平らな胸をこれ見よがしに張り、可愛いドヤポーズの怜。

 更にはコーヒー用ミルクを追加し、甘々ココアに満足気であった。

 キュンキュンと小動物を愛でたくなる気持ちを抑える奈南達。

 何とか気持ちを切り替え、それぞれが好みのドリンクを選ぶ。


「やっぱミックススペシャルに限るな! いいフレーバ臭だぜ!」

「おぞましい混濁液……ミュータントになりそうですね」

「紫音てめぇ……飲んでみてから言えよ」

「遠慮します」

「あぁ?」


 後輩達のイチャイチャコミュニケーションに奈南と怜はにっこり。

 吉田部長を含んだメンズ達は米沢玄一のライムやピーマン、パンプアップビーフの天丼完食をはじめ、流行曲や定番曲が歌われていた。


「~♪」

「春山さんってカッコ可愛い歌い方だね」

「て、照れちゃうな……つ、次は怜さんの番だよ!」

「おぅ!」


 マイクを握り、イントロに合わせて体が自然に動き出す。

 軽いシャウト交じりの声色に、滑らかなビブラート、夢中になって歌う彼女の独壇場であった。


「君をア・イ・しちゃう~♪ フゥー!」


 絶賛放映中のアニメ『魔王女子高生』OP『愛のルーレット』を気持ちよく歌い上げた怜に、パーティーグッズと騒がしい歓声が上がる。

 ぽわぽわと幸せオーラが滲む中、次の選曲イントロが流れ出し美影がマイクを握る。

 力強い歌唱力に体が大きく動く表現、彼女は歌い出すとはまり込むタイプであった。


「あぁ~! 真冬の恋焦がれぇ~!」


 コブシたっぷりに演歌『冬恋~1980~』を歌いあげ、哀愁を漂わす美影。

 圧巻に浸る先輩達の拍手に照れる中、有名な洋楽イントロが流れる。


「僕の選曲ですね。美影さんのマイク下さい」

「しゃーねぇ……そうだ紫音。勝負しねぇか?」

「ほぅ……」


 美影が提案は点数で負けた方が一日何でも言う事を聞く、ありがちなものであった。

 先程96点を叩き出した美影は心でほくそ笑み、紫音の歌に耳を傾ける。

 クリーンなハイトーンボイスは思わず見惚れてしまう姿であった。


「ふぅ……声の調子まぁまぁですね」

「……ふ、ふぅーん! いくら上手くても採点次第だからな!」

「美影さんが言い出したのに動揺しているのですか? 面白い冗談ですね」

「にゃろう……」


 採点結果は96点、リアクションも一緒で本当に仲良い美影と紫音であった。


「「同点……」」


 顔を見合わせ意見が合致、詰め寄るように奈南と怜へと接近する。 


「奈南の姉貴! 怜の姐さん! どうかジャッジを!」

「神聖なる審判に今後の命運がかかっています!」

「うーん……2人とも上手だったよ?」

「普通にもっと聞きてぇな」

「「よ、喜んで!」」


 即興振り付けのデュエットソングをこなし、やっぱり仲が良いものだった。


 次の曲のノリノリなビートが響き、意気揚々と奈南がマイクを口元へとやる。


「次! 私です!」

「真打の登場ですな!」

「今から楽しみだよ!」

「ジーザス……雄姿は永久保存版で録画する……」

「菩薩の如く拝聴させて頂きます」


 マラカス両手にウキウキ構える美影、タンバリンの叩く準備をする紫音。

 ココアを飲みつつグッドポーズを送る怜、同好会メンバーの期待は高まる。


 そして美しい音色に混じる、所々音程の外れた歌声が響く。

 奈南は少し歌下手であった。


「ちょい下手だな」

「むぅ……怜は上手でいいよね」

「ヒトカラ歴5年をなめるなよ?」

「あ……にゅ!?」


 奈南の察する態度に不服を覚え、ちょいちょいと横っ腹を小突く。

 艶かしい喘ぎ声が漏れ出し、メスフェロモンが室内に香る。


「さ、最高でしたぜ奈南の姉貴……いい冥途の土産になりました……ごは」

「馬鹿馬鹿美影さん。正気に戻りなさい」


 ペシペシ叩き起こされお馴染みのイチャ付きに、素直になればいいのにと思うメンバーだった。


♢♢♢♢


 4時間のカラオケを堪能後、男性陣だけの送別会が行われるとの事で現地解散になった。


「皆様、本日は誠にありがとうございました」

「いつでも遊びに来て下さいね!」

「オンプレの時には誘うんで」

「はい。奈南様、怜様。またお会いしましょう」


 遠ざかる男性陣、美影と紫音もショッピングがあり、いがみ合いながら去って行った。

 適当に駅までぶらぶら歩く奈南と怜、夕空を見上げる怜がボソッと呟く。


「世良先輩……いなくなんのか……」

「寂しいの?」

「まぁな……」


 卒業した紳士さんこと世良、神社の神主として跡継ぎだ。

 会えなくはないものの、同好会からいなくなる事は変わりない。

 常時周囲に気を配り、自分は二の次だった善人。

 無愛想だった怜とも対等に接し、共通のゲーム友人でもあった。


「来年はよっしー部長とジーザスパイセンだな」

「うん……私達も卒業したら離れ離れなのかな……」

「たぶんな……」


 何時か別れは訪れる、そう考えると気持ちが沈む奈南。

 自分達だけじゃない、誰しも平等に別れが来るのだ。

 当たり前のことなのに受け入れ難い、夕陽に照らされる姿も悲し気に映る。


「……奈南」

「ん?」


 小さな小指を絡めてきた怜、奈南もそっと離さない様に握り返す。


「まぁ……離れても忘れねぇよ」

「怜……私も忘れないよ……」


 心開くのに時間はかかったものの、絆は着実に結ばれていた。

 離れても忘れない。

 今はそれだけで十分だった。


「あれ姉さん?」

「ふぇ? あ、つーくんに璃子ちゃん!」


 後方に手繋ぎ中の月乃と璃子、帰り道が同じなことからデート帰りだと推測する奈南。


「柳家怜っす。奈南と仲良くさせて貰ってるっす」

「弟の月乃です。こちらは彼女の璃子さん」


 軽くペコリと頭を下げ合い、帰路を談笑しながら向かう。

 駅のホームの待ち時間、このまま怜が最寄り駅に着けば離れることなる。

 指切りげんまんの名残が言葉になって現れる。


「怜……」

「んあ?」

「こ、このまま家に泊ってかない?」

「泊り?」

「う、うん……だ、ダメかな?」

「……」


 ホームの人集りも見守る中、軽く考えを巡らせ答えを出す怜。


「……お言葉に甘えるかな」

「ほんと! ホントホントホント?!」

「近い近い」

「にゃ!」


 強制乳押しで適切な距離感を保ち、軽く感触の余韻に浸る怜が一息つく。


「ふぅ……とりあえず一回帰ってお泊りセット持ってくるわ」

「手ぶらで大丈夫だよ! うんうん!」

「そうか? なら存分に甘えるぞ」

「うん! 仲良し姉弟でおもてなします!」

「え」


 自然に巻き添えを食らう月乃、姉の客人ともあり何も言えずに無言の了承。

 そわそわと浮足立つ奈南と怜、色々な考え事が駆け巡る月乃、その隣で優しく付き添う璃子であった。

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