第12話バレンタインデーとチョコ
期待に胸膨らませる男共が溢れるバレンタイン前日。
奈南は月乃の彼女璃子を自宅に招いていた。
アイランドキッチンでバンダナとエプロン姿の2人。 少々悩まし気にチョコを味見していた。
「んー……甘さ足りないよね?」
「今度は控え目すぎですね」
「んあー! 加減が難しいよー!」
頭を抱えて分かり易く苦悩、璃子の顔にも若干の疲労が見える。
朝8時からチョコ作りが開始され、現時刻は午後3時。
この間休憩なしのぶっ続け、流石に堪える2人であった。
リビングで小休憩する中、ソファーに横たわる月乃がいた。
「月乃君……大丈夫ですか?」
「しんどいです……うぷ……」
姉の試食地獄に投獄され、当分甘味は遠慮したいぐらい食わされていたのだ。
璃子の介抱もあり多少マシになるも、腹の膨れた姿は辛さを彷彿させる。
疲弊しきった3人、バレンタイン当日までのタイムリミットは着々と縮む。
「奈南さん……」
「んぁー……?」
「渡す人の他の好物はないんですか?」
「好物ー……? 確かプリンだったよ?」
「でしたらチョコプリンでいいんじゃ?」
「……はっ! 灯台下暗し!」
数十もの試作回数を超え、今更感を醸し出すアホな奈南。
ようやく解放されると安堵を浮かべる月乃であった。
今までの試作がなんだったのか問いたくなる極上チョコプリンが完成。
可愛らしいラッピングを拵え、どっと力が抜ける奈南と璃子。
そのままソファーで寄り合って眠る美女と美少女だった。
♢♢♢♢
奈南達が試作中だった昼下がり、マンションの怜宅にて夏乃斗の彼女一二三がいた。
両者ともにエプロンとバンダナ姿、キッチンと睨み合っこ中であった。
「どうだ……綿っちゃん!」
「……と、とてもビターです……うぅ……」
「マジか……うげ……苦……」
黒色のチョコをペロッと食べ、苦虫を嚙み潰したような表情の怜。
甘味派には酷な苦さであった。
自炊をほぼほぼせずにいる怜にとって、人生初のチョコ作りは苦戦そのもの。
料理上手の一二三の手を借りるも、積もるのは失敗作ばかりであった。
「怜さん……少し休憩しましょうか」
「おぅ……」
仲良くソファーでぐったり、横から見ると胸囲の格差は歴然。
一二三は思う、このままだとバレンタイン当日に間に合わない。
もし別案で対処可能ならそれでいこう、と。
「怜さん。無理せず市販のものでも……」
「いや作る」
即答に若干尻すぼみ、ここまで固執する訳を考察する。
失敗作とはいえ、真っ当に食べられるものばかりで、怜が納得いっていないだけなのだ。
色恋沙汰ではないと最初に言われ、特定の異性にあげるわけではない。
迷宮入りする前に、思い切って聞く決心をする一二三。
「……そもそも誰にあげたいんですか?」
「先輩達に後輩とか……アイツとか……」
「アイツ?」
「あ、いや……」
今回のバレンタインデーは、ぶっきら棒な自分に居場所を提供してくれた同好会メンバーの恩返しでもあった。
そして、前までは邪魔だと思っていた奈南の存在が、今ではいないと少し寂しいぐらいだ。
友人として向き合ってくれてる、1人の人として相手してくれている。
そんな大事な人のために手作りチョコを作りたい。
怜のこの気持ちはきっとこれからも変わらないのだ。
「あ」
「どうしました?」
「……チョコチップクッキー」
「え?」
「チョコチップクッキーが作りたい……綿っちゃん。残り材料で作れるか?」
「も、もちろんです! 頑張りましょう!」
何故突然思い浮かんだのかは怜自身には分からないでいた。
チョコチップクッキーは今の奈南を繋ぐ、特別な切っ掛けがあった日。
記憶では曖昧でも心では覚えていた。
♢♢♢♢
バレンタイン当日、和み同好会部の室内では奈南と怜、もじもじする美影がいた。
「れ、怜の姐さん! 奈南の姉貴! ば、バレンタインチョコ! 受け取って下せぇ!」
「わぉ! 大きい箱だね」
「しかも重い……開けていいか?」
「是非!」
リボンをシュルシュル解き、中身を取り出した2人。
半球状の巨大チョコ、頂点にはぷっくり隆起した形状物。
2人が軽く首を傾げ推察する中、美影が発言する。
「アタシの胸を型取った代物っす! ね、舐って頂けたら幸いっす!」
「あ、うん」
「デカ……」
先端部分の細部まで再現された胸チョコ、推定1㎏以上の重量と質量。
Gカップの美影を余すことなく堪能可能な代物だが、ただの変癖である。
隠し切れない喜びを体現する美影、そこに何も知らない紫音が登場。
が、彼女の様子を見てジト目で察する。 先にチョコをやりやがったなと。
「何時にも増して痛い子ですね」
「あぁ? 紫音てめぇ……おい。今後ろに何隠した」
「奈南先輩、怜先輩。僕のお手製崇拝チョコです、受け取って下さい」
「てめぇ! 無視すんじゃねぇ!」
プンプン美影を他所にチョコを手渡す紫音。
受け取って貰えたことに、隠し切れないニマニマ。
クールビューティの面影がない紫音だが、唐突に気持ちを切り替える。
「美影さん」
「あ? ……何だこれ?」
「……美影さん用のチョコです」
「え? あ、アタシの……?」
「二度も言わせないで下さい……」
ひょいひょいと早く受け取れと催促。
背ける顔は赤らみを増す。
ツンはデレるのも面倒臭い生き物、それでも気持ちを伝えたい生き物なのだ。
「あ、あんがと……これやるよ……」
「あ、え?」
「ライバルチョコ……」
「……あ、ありがとうございます」
そしてデレたツン達は非常に可愛いもの、素直になれないだけで愛らしい生き物なのだ。
「息ピッタリだね!」
「「ないです!」」
「何やってんだか」
即否定し合う後輩達に和む奈南達。
しかし自分達も言えた事ではなかった。
両者ともにバックとリュック内に例の物があるのだ。
つまり未だにチョコを渡せていなかったのだ。
他の同好会メンバーや友人等には、気軽に手渡し済み。
朝から部室内で時間を共にしてきた奈南と怜だが、この様である。
相手を思って一所懸命作った渾身の一品は、思いが強すぎる故に恥ずかしさが上回るのであった。
無駄時間の浪費を過ごしてきた2人は、後輩達の献上光景を目の当たりにして決める。
今、流れに便乗すれば渡せると。
「「こ、これ……え? あ……」」
考えることすら同じな奈南と怜。
少々の間に段々赤面する2人。
尊い光景に後輩達は無意識に手を絡め合い、頬を染めていた。
やはり意思疎通が完璧な先輩達だと、奈南&怜ファンクラブの会員にはたまらないものだった。
照れ臭そうに代物を交換し、丁寧なラッピングを眺め合う。
「い、一緒に開ける?」
「お、おぅ」
ラッピングの中身に目を見開き、ワントーン高い声が2つ上がる。
「プリン! しかもチョコプリン!」
「チョコチップクッキー!」
溢れ出す喜びが体現、仲良く同時にチョコプリンとチョコチップクッキーを食す。
「美味しい! 美味しいよ怜!」
「チョコプリンも最高だぜ! 奈南!」
キャッキャウフフと喜び合う姿、黙って眺めていた後輩達は感激の涙を流すのだった。
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