第5話夏祭りと浴衣

 照り付ける夏日が止まない七月後半、古賀峰家のリビングにて。

 頬張る棒アイスが落ちかける古賀峰奈南は、柳家怜からのLINS内容に唖然としていた。


《今度の夏祭り。付き合ってくれ》


 誤送信ではないかスタンプ連打、メンヘラ並みの執着行動だ。

 アホか、とだけ返事が来る始末である。

 ともあれ、夏の醍醐味イベントに誘われた事が衝撃的であった。

 心がウキウキ沸き立つ古賀峰奈南は、棒アイスを一気食い。


「こうしちゃいられない!」


 父親から新しい浴衣の代金を貰い、月乃を強制的に買い物へ付き合わせる始末。

花柄をあしらった藍色浴衣、小物類一式も買い揃え準備万端であった。


♢♢♢♢


 夏祭り当日、待ち合わせ場所には和み同好会メンバーが集っていた。


「お待たせしましたー! みんなさんも決まってますね!」

「おっふ奈南殿! 今日は一段と華やかですな! 眼福眼福!」

「ジーザス……夏夜を舞う花吹雪……記念に一枚……」

「とっても似合ってるよ!」

「奈南様、周囲の護衛はお任せ下さい」

「ご、護衛?」


 鼻下を伸ばす輩、下心ありありのナンパ狙い共、数多の異性が古賀峰奈南を視界に捉える状況なのだ。

 が、ざわつきが別方角から発生し、徐々に古賀峰奈南達へと接近していた。

 一体何があるのかメンバーが推察する中、ざわつきの正体が姿を見せる。


「お疲れっす」

「ほっふ! 怜殿……お?」

「ジーザス……月夜を舞う紅蝶……記念に一枚……」

「何か新鮮でいいね!」

「怜様、周囲の護衛はお任せ下さい」

「あざす」


 蝶をあしらった紅色浴衣、髪留めに薄化粧した柳家怜であった。

 浴衣美女と美少女のコラボ、周囲の輩はうっとり溜息だ。

 馬鹿な事はせず大人しく尊い姿を焼き付けよう、数多の異性が自然に察するのであった。

 ただ一人、興味津々に笑顔に花咲かす人物がいる。

 言わずとも古賀峰奈南であった。


「なんだよ」

「ゆ、浴衣持ってたんだね。似合ってるよ!」

「コスプレ衣装だけどな」

「え」


 吉田部長が耳打ちでDFのキャラだと教え、古賀峰奈南は即座に知ったかぶり。

 間髪入れず弱点の横っ腹を小突かれるのだった。


 同好会メンバーと祭り会場を周り、様々なサービスの施しを受ける浴衣美女と美少女。


「リンゴ飴うま」

「じー……かぷ!」

「あ、てめぇ!」


 横かじりを許さず、小鼻をつまみ攻撃される。

 たこ焼きを奢る事で何とか許しを貰う、自業自得な古賀峰奈南であった。


 ヨーヨー釣りを楽しむ中、柳家怜が呟いた。


「ヨーヨーってアンタみたいだよな」

「ふぇ? どうゆうこと?」

「デカ胸のバインバイン音。マジで瓜2つ」

「ば……違うもん!」


 ぷりぷりとリスみたいに両頬を膨らませる古賀峰奈南。

 居合わせた者達の視線は2つのメロン。

 確かにバインバインだと心で頷くのだった。


 射的ゲームで雰囲気を醸し出す柳家怜は、見事なまでに全弾外し。

 一方、撃ち返ったコルク弾が眉間にヒットする古賀峰奈南だ。


「あいたた……」

「だせー」

「むぅ……全外しの人の方がダサいもん!」

「はぁ? ……オヤジ、もう1回頼む」

「あいよ!」


 4度ほど再チャレンジするも成果は惨敗。

 オヤジさんのおまけでキャラメル1箱を貰うも、ただただ虚しさが漂う。


「オヤジ……2丁でやらせてくれ。金は倍出す」

「焼け石に水だよ!」


 持ち前の筋量で柳家怜を担ぎ上げ、一言侘びを入れダッシュ。

 ペシペシと解放運動も無意味に終わり、人気のない場所で降ろされる。


「ふぅー……無駄な博打はダメだよ?」

「なーにすんじゃボケ!」

「にゃ!?」


 メロン2つを叩かれ、僅かな痛みと快感を覚える。

 ちょっといいかもと、Mな面を曝け出す変態浴衣美女である。

 一方で、凄まじい柔らかさ、想像を超える重量に、手首を軽く痛めるのだった。

 そして何とも言えない空気が場を包んだ。


「っぅ……って時間じゃん」

「ふへ?」

「行くぞ」

「ど、どこに?」


 賑わいを見せる場に近付くと、立て看板が視界に入る。


「第52回浴衣美人コンテスト……」

「アンタとなら優勝と副賞も余裕」

「ま、まさか本当の目的って……」

「商品と賞金目当て。とにかくエントリーするぞ」

「わ! ひ、引っ張らないで!」


 無事エントリー後、ダイジェストの如く二人がワンツーフィニッシュ。

 2人に大盛りの花束と、優勝賞品の賞金10万円と沖縄旅行券。

 副賞には賞金5万円と秘湯温泉巡り旅行券が贈呈された。


「でゅへへ……5万だぜ……」

「涎出てるよ?」

「でゅへへ……」


 趣味に浪費するだろうなと内心呟くも、とある疑問が生まれた。

 賞金欲しさなら怜1人でも充分なのに、何故に私をエントリーさせたのだろうかと。

 もしや本当に私と夏祭りを楽しみたかっただけ、プラス思考で捉える古賀峰奈南。


「おっふ奈南殿、怜殿! 圧巻なる舞台に感服致しましたぞ!」

「ジーザス……奇跡の一瞬は撮影済み……既にLINSで送った」

「もうすぐ花火が始まるよ!」

「穴場は確保済みです」

「そうですね! では行きましょう!」

「声デカ」


 会場から数百メートル離れた自然公園の小丘にて、紳士さんによりリクライニングシートが敷かれ準備完了されていた。

 丁度のタイミングで咲き誇る空の火花。

 同好会メンバーの独り占め同然であった。


「わぁー……大・迫・力!」

「うっせー……」


 大花火が鳴る度、ビクビクと分かり易くビビる柳家怜。

 好奇心旺盛な欲が働き、そっと背後に回り込み、驚かせる構えをとる古賀峰奈南。


「……わ!」

「ぎゃ?! なろクソが!」

「にゃひん!」


 本日2度目の乳叩き、高揚しゾクゾクする古賀峰奈南、かなり手を痛める柳家怜。

 確かにヨーヨー並みにバインバインであった、同好会の男共はしっかりと目視した。


 花火が終わり現地解散となったが、古賀峰奈南と柳家怜が一緒の帰路を歩んでいた。


「最寄り駅一緒だったんだね」

「知ってたけど知らんフリしてたわ」

「え」


 デブ時代でも常に注目の的、知らない方が無理であった。

 ホーム内のベンチで待ち時間を潰す中、様変わりした柳家怜を覗き見る古賀峰奈南。


「人の顔じろじろ見んな」

「だ、だって……可愛いから……」


 本音が漏れ赤面するが、柳家怜はしかめっ面だ。

 夏虫達の声が静かに2人の沈黙を埋める。


「……」

「……ねぇ」

「なんだ」

「そ、その……友達まではいかなくても、何て呼べばいいのかなーって……」


 未だに名前呼びできていない為、今回を機に仲を発展させたかった。

 しかしながら距離間は然程縮まらず、以前と変わらない結果だった。

 今の発言はもっと先にすればよかったと、軽く後悔する古賀峰奈南は頭を下げた。


「ごめんね。やっぱり聞かなかったことに……」

「怜でいい」


 照れくさそうに頬を掻き、そっぽを向く柳家怜。

 対して大きな瞳をキラキラさせ、距離を詰め寄る。


「怜ちゃん!」

「ちゃんはいらん。呼び捨てしろよ、奈南」

「名前……! うん! よろしくね怜!」


 興奮冷めやらぬまま帰宅後、弟の自室に侵入し、今日の出来事を夜が明けるまで一方的に語り、月乃が寝不足になったのは言うまでもない。

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