第4話エアコンと弟

 梅雨真っ盛りな季節、早朝5時の古賀峰家でとある事件が起きた。

 寝苦しさに目覚めた長女古賀峰奈南は、湿気跳ねの髪を蓄え起床した。


「うへぇ……今日もじめじめ~……暑い……」


 ルーティンの如くエアコンを起動するも無反応だ。

 リモコンの電池交換後、再度起動するが変わらずだった。

 入念に部屋中の電源確認するが、全て正常である。

 状況を察するや否や、彼女はどよめく声を上げた。


「え、エアコンが死んじょる!」


 寝間着姿のまま1階リビングへ駆け下り、朝食準備中の母親へと報告するが、反応は軽かったのであった。


「あらあら」

「何とかなんない?!」

「んー……お父さんに聞いた方が早いよ?」

「そうする!」


 朝からトイレに籠る父親の下へ俊足移動。

 容赦ないドアの激ノックは、騒音以外に他ならない。


「お父さん! お父さん! エアコン動かないの!」

『い、今じゃないとダメかい?』

「今!」


 トイレタイムを切り上げさせ、エアコンの状況を入念に確認させる、なんとも親泣かせな娘だった。

 そして結果としては、どこからどう見ても故障であった。

 修理業者の営業時間早々に連絡するも、早くて3日後になってしまうとの事だった。

 梅雨時期に快適環境を失う意味、即ち絶望なる地獄だ。

 ソファーでグネグネ動き、やるせない感情を体現するしかない古賀峰奈南は、まさに芋虫そのものだ。


「朝から騒がしいけど、どうしたの」


 2歳年下の弟月乃つきのが、今回の騒動をグネグネの姉に聞く。

 一通り話し終えると、姉はニマニマと月乃との距離を縮める。

 右半身を密着させ腕を絡める技、男殺し締めである。


「だからね? つーくん? 3日間お邪魔していい?」

「別にいいけど」

「ありがとー!」


 躊躇ない押し倒しからの抱擁頬擦り、有り余る感触が惜しみない。

 しかし相手は弟の月乃。

 過剰スキンシップにも一切動じない不動精神である。


「姉さんって、たわみスゴイよね」

「えへへ……たわみ?」


 最近若者達で流行中の造語たわみ。

 たわわに実った身体を意味すると。

 余り皮膚も無し、肉割れも無い、わがままボディーだけを残した奇跡的なビフォーアフターの賜物なのだ。

 現スタイルのへそ出しタンクトップ、ローライズホットパンツは異性殺しも同然だ。


「んー……あまり嬉しくないかな」

「まぁ、前の方がスゴかったからね」

「スゴくないよ! ただの黒歴史だから!」


 どちらにせよ姉には変わりない、正常判断を崩さない弟の鏡である。


♢♢♢♢


 瞬く間に夜が訪れ、姉のお泊りグッズが溢れかえる月乃の自室は、もう姉の部屋も同然だった。


「量多いな……」


 くつろぎながら部屋隅の大量荷物を眺めてると、問答無用で扉が開かれた。


「ひゃー涼しいー!」

「何でバスタオル姿?」

「だって暑いんだもん。ひえひえ~」

「ふーん……風邪ひくよ」


 軽く動く度、きわどいラインを覗かせる天然痴女行為。

 弟としては体調の心配を優先する、真面で姉思いの鏡である。

 一方で火照った体が適度に涼み、寝間着姿に着替え、寝そべってゲームをする姉。

 リラックスからの無防備状態、無意識に生唾を飲み込む天然エロスである。


「ねぇ、つーくん」

「ん?」

「DFのボス……倒せる?」

「たぶん。ちょっと貸して」


 テキパキとボス戦をこなす様子を肩越しにウキウキ窺う姉。

 背中に押し潰された豊満な胸は、悩殺柔胸術初級である。

 しかし弟は一切動じない。


「倒したよ」

「スゴイつーくん!」

「ゆ、揺らさないで」


 背後ハグで密着面積が拡大し、悩殺柔胸じゅきょう術プロフェッショナル擦りである。


「姉さん……ゲーム苦手なんだから、無理にやらなくていいんじゃ?」


 モテ人生にゲームは不要物であった。

 加えて簡易ソシャゲを真面に扱えない不器用さである。

 やるだけ時間を長々と浪費する為、古賀峰奈南にゲーム全般向いてはいないのだ。


「そうかもしれないね……けど、繋いでくれてるの」

「え?」

「……はっ! い、今の無し! 続き続きっと……」


 春休みのビフォーアフター以来、何かしらの切っ掛けがあったに違いない。

 でないと姉がこうはならなかった。

 真実を知る日を待ち望む弟は、ふとお泊りグッズに目を向けていた。


「そういえば布団は?」

「ふぇ? 一緒に寝るから持ってきてないよ?」

「え」


 セミダブルベッドでは2人は狭苦しい。

 ましてや梅雨の夏夜だ。

 寝苦しさ倍増の就寝間違いなしだ。

 是非ともお断りしたい所である。


「……一緒は無理」

「えぇー!? つーくんの意地悪!」


 勝手に布団を被り、コテンと横になる自由な姉。

 性格上譲る気はないと分かり切ってる、なので早々に諦めたのであった。


 穏やかな時間が過ぎ、姉弟仲良く布団の中へ。


「つーくん……流石に暑いね」

「……抱き着くからでしょ」

「何か抱かないと寝れないんだもん」

「……今日だけね」

「ありがと♪」


 しっとりスベスベな肌が触れ、少し高めの体温が心地良い眠りを誘う。


 寝息が聞こえ始めた時、耳元が甘噛みされ始める。


「あむあむ……」


 古賀峰奈南の究極的な寝相であった。


♢♢♢♢


 翌日、部室で昨日の事情説明を終え、同好会の男共は心底心配する。

 が、柳家怜はゲームに没頭であった。


「おっふ……しばしの辛抱ですぞ奈南殿」

「ジーザス……女神に過酷な苦行……泣ける……」

「気休めですが安らぎの清涼剤になります」

「ありがとう紳士さん……ふぁ……」


 清涼剤の香りに惚け、惚け姿に男共が惚ける。


「ねぇ奈南さん。きっと僕直せるよ?」

「え、春山くん直せるの?」


 全国の店舗数500以上、家電量販店『春山ライトニング』の社長息子、春山はるやま輝親てるちか

 小柄でぽっちゃり、人懐っこい性格や要領の良さ、現在近場の店舗でバイトから正社員を目指す頑張り屋だ。


「修理に取り付け、接客にアドバイス、何でも任せて!」

「ありがとう! よろしくお願いします!」


 講義を終え、春山のワゴン車で古賀峰家へ。

 つなぎ姿の春山が修理道具一式携え、エアコンの様子を確認する。


「うん、2時間あれば余裕だよ!」

「わぁー! 暑いけど頑張ってね!」


 古賀峰奈南の鼓舞はやる気百倍にさせるのだ。 

 異性ならばさらに倍々。

 春山は半分の1時間で修理を済ませたのだった。


「奈南さん! 直ったよ!」

「ほんと? わ、涼しいー!」


 修理費は無償、むしろ技術スキル向上に役立ったと。

 後日改めてお礼すると約束し、春山は上機嫌で帰った。


 パラダイスが復活し、自由に身体を伸ばすのだった。


「んー! 最高ぅ!」

「……エアコン直ったのに、何で僕の部屋にいるの?」

「3日間お世話になりますって言ったでしょ? んふふ~」

「えぇ……」


 お泊りは約束通り継続、有言実行を崩さない姉であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る