帝国の黄昏

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 ──帝国の黄昏



 汎人類帝国にできることは、もはや何もない。


 魔王ソロモン暗殺は失敗し、魔王軍は今も前線に戦力を増強しつつある。


 次の攻撃が起きれば、防衛線は完全に崩壊して、帝都ローランドは落ちるだろう。


「皇帝陛下に今は帝都を離れていただかなければ」


 首相のジャック・デュヴァルはすっかり弱り切った様子でそう言った。


「しかし、どこへ? どこへ避難していただくというのですか?」


「ここよりもマシな場所だ、ルヴェリエ外務大臣。ここはもう落ちるぞ。ガムラン元帥も言っていた。既にローランド防衛に絶対はない、と」


「そうですが……」


「分かっている。時間稼ぎにしかならないということは」


 ローランドが落ちれば、汎人類帝国全土が陥落するまであまり時間はないだろう。そうなれば、どこに逃げようと意味はなくなる。


「ローランドは本当に守りぬけないのですか、デュフォール大臣?」


「無理だ。守りぬけない。将軍たちも同意見だ」


 今や全軍が帝都ローランド防衛に向けて準備しているが、将軍たちはどんな楽観的な意見の持ち主であろうとローランドは落ちると考えていた。


「私はここに残るが、政府が存続するように諸君には努力してもらいたい。いいな?」


「首相。あなたも避難なされるべきだ」


「いいや。誰かが責任を取らねばならないのだ。私はここで魔王軍と戦って死ぬ」


 首相のジャックは閣僚たちからの避難の要請を拒否して残ることに。


 その間にも魔王軍は汎人類帝国にトドメを刺そうと動いていた。


 問題はローランドを落とすのは南方軍集団のツュアーン上級大将か、北方軍集団のブラウ上級大将かという問題であった。


 どちらも汎人類帝国の首都に軍旗を掲げたいと思っており、それが軍歴における最高の栄誉になることは間違いなかった。


「ブラウ上級大将に」


 ソロモンはそう命じた。


「ツュアーン上級大将には別の栄誉を与える。ローランドに我らが軍旗を掲げる栄誉はブラウ上級大将に与えよう。あれには先の敗北のリベンジをさせる必要がある」


 ソロモンも考えたようで、ブラウ上級大将が先の大君主作戦で失敗したことで、汎人類帝国のやり方を学んだとみており、一度失敗を経験したブラウ上級大将に確実な勝利をもたらすように命じた。


 しかし、それに先立ってカリグラ元帥が割り込んだ。


「空軍による全力の爆撃を実施する」


 カリグラ元帥はそう統合参謀本部議長として指示。


「爆撃後に空中突撃部隊を投入する。この空中突撃部隊によってローランドを落とす」


 統合的な指揮はブラウ上級大将が行うはずだが、カリグラ元帥はそれに割り込んで、空軍の部隊にローランドを落とさせることを決めてしまった。


 カリグラ元帥が贔屓している魔王空軍に所属する地上部隊である空中突撃部隊が投入される流れになり、北方軍集団へと組み込まれた。


 このことに陸軍の部隊は不満そうであったが、立場上強いカリグラ元帥の決定を誰も覆せずに、決定してしまったのだった。


 こうしてローランドを戦略目標とする新しい戦略規模の攻勢計画が立案され、それは夏至作戦と名付けられた。


 魔王軍は人類勇者タカナシ・メグミから入手した情報によって、汎人類帝国の弱点を握っていた。それは汎人類帝国の新しい防衛ドクトリンの弱点であり、ブラウ上級大将が指摘したものである。


 魔王軍は作戦開始と同時にまずローランドを爆撃。それに続く陸空軍の強力な砲爆撃で前線の汎人類帝国軍部隊を粉砕し、80キロの突破口を形成。そこから物量戦を以てして、一気に汎人類帝国軍を包囲殲滅する。


「よろしい。作戦開始はいつだ?」


「1748年5月には実行する予定だ」


 カリグラ元帥はそうソロモンに報告。


 そして、運命の日。


 1748年5月1日。魔王軍は夏至作戦を発動。


『夏至作戦発動、繰り返す夏至作戦発動!』


 魔王軍は一斉に動き出した。


 まずは帝都ローランド爆撃に向かうグレートドラゴンたちの出番だ。


 魔王空軍は第2航空艦隊にグレートドラゴンを集結させており、指揮官であるウィッテリウスの指揮の下、帝都ローランドへと侵攻する。


 グレートドラゴン6体とレッサードラゴンが無数に飛行し、真っすぐ首都ローランドへと向かっていく。それを食い止めることのできる汎人類帝国空軍の航空戦力は、もはや存在しない。


『ウィッテリウスより各員。事前に指示された目標を攻撃せよ』


『了解』


 魔王空軍はこれまでの航空偵察からローランドで爆撃すべき場所を既に把握しており、それに向けて爆撃を正確に実行していく。


 熱線が政府の主要庁舎を焼き払い、病院を潰し、空軍基地や空港を制圧する。


 爆撃の嵐が吹き荒れたローランドは破壊され尽くされ、民間人の焼死体が川に浮いていた。彼らは炎から助かろうと川に飛び込み、そのまま死んだのだ。


 しかし、汎人類帝国の苦難はここで終わったわけではない。


 無数の火砲による砲撃が始まり、前線と後方に砲弾が降り注いだ。


 魔王軍は当初の予定通り、広域に砲撃を仕掛け、大規模な突破口を形成。これによって汎人類帝国が先の大君主作戦のときのように、魔王軍の進軍経路を予想して、抵抗拠点を設置することを阻止する。


 砲撃が短く、されど濃密に行われ、それからゴブリンたちによる物量戦が始まった。


「前進、前進!」


 ゴルト少将の第1装甲旅団も破城槌として作戦に参加しており、ゴブリンの戦闘工兵が叩き潰した陣地を乗り越えて進む。


 この時点で既に汎人類帝国に魔王軍を阻止できる体力はなく、彼らは次々に撃破され、敗走し、包囲殲滅されて行った。


 汎人類帝国にあるのは降伏しないという意志だけであり、武器弾薬でもなく、援軍でもなく、ただただ精神論だけが高らかと論じられ、それによって地獄の戦場を戦うことになったのであった。


「クソ! こんなの戦ってられるかよ!」


 しかし、武器弾薬も欠乏し、味方の兵士も少ない中で士気が上がるはずもなく、汎人類帝国軍は次々に独断で撤退を決意して後方に逃げてしまう。


 そして、大抵の場合、撤退は上手くいかず、魔王軍の撃破されてしまっていた。


 地上軍による進軍が順調とみられたとき、ついに魔王空軍の空中突撃部隊が投入される。彼らは既に脅威のない汎人類帝国の空を飛び、帝都ローランドへと突入した。


 魔王空軍はローランドにあるローランド空港とサン=テグジュペリ空軍基地に襲来。そのまま空中突撃部隊を降下させて、ローランド制圧を目指した。


「帝国議会議事堂に我らが軍旗を掲げよ!」


 物資を空輸で補給されながら、降下した魔王空軍の第1、第2、第3空中突撃師団がローランドの政治中枢を攻撃していく。


 しかし、汎人類帝国の抵抗を拒絶する粘り強い抵抗は、火砲の不足する空中突撃部隊には難しかった。空中突撃部隊にあるのは軽量な口径75ミリ、口径105ミリの軽榴弾砲だけであり、それでは頑丈な鉄筋コンクリートの建物は崩せない。


 結局のところ、魔王空軍の空中突撃部隊はローランドを単独で攻略できなかった。


 それがなされたのは、地上軍がローランドを包囲し始めててからのことである。


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