待ち伏せ

……………………


 ──待ち伏せ



 汎人類帝国は魔王軍がこれまで通り、抵抗の弱い場所を迂回突破しながら進んでくると想定していた。だから、意図的に守りの強固な場所と弱い場所を作り、どこを迂回するかを予想していた。


 そして、魔王軍はそれに気づかず、汎人類帝国の予想通りに動いた。


「突破だ! 後方に回り込め!」


 魔王軍が意気揚々と前進するのを汎人類帝国は察知したのである。


 そして、彼らを粉砕するための予備戦力が投入された。


「旅団長閣下。我々は予定通りに前進しております。しかし、妙に敵の抵抗が薄いのが気がかりですね」


「そうだな。あまりに抵抗が少ない」


 第1装甲旅団の旅団長であるゴルト少将が部下からの報告にそう唸る。


「だが、今前進を止めるわけにはいかない。前進だ。進み続けろ」


「了解」


 彼らは前進を継続して汎人類帝国の後背を脅かそうとするが……。


「対装甲砲だ! 止まれ、止まれ!」


 対装甲砲を山ほど陣取らせて砲撃させ、さらには対空兵装であるはずのルノアール銃による狙撃してくる陣地が築かれていた。


 それもここはどう考えても迂回突破できない位置に布陣している。


「クソ。我々はここに誘き出されたというわけか!」


 ゴルト少将は前線を視察してそう結論した。


 汎人類帝国が意図的に魔王軍をここまでおびき寄せたことに、ようやくゴルト少佐たちは気づいたのである。


 同時に他の地点を突破しつつあった魔王軍部隊も、汎人類帝国軍の予備戦力の投入によって、次々に捕捉されてしまい、逆包囲の危機にあった。


 第1装甲旅団もその危機のさなかにあった。


「ここを突破できなければ我々は包囲されてしまう。突破を!」


「しかし、敵の抵抗はあまりにも強固です」


「構わん。無理にでも突破しろ。我々が全滅しようと友軍が我々に続くだろう」


「分かりました、閣下」


 ゴルト少将は強引な突破を指示。


 対装甲砲や狙撃手が潜む陣地に向けて装甲ワームと歩兵を突撃させた。


「うわ──」


「怯むな! 進め!」


 第1装甲旅団の装甲ワームは次々に撃破されて行くが、それでも前進は止まらない。装甲部隊は進み続け、ついに敵の陣地に踏み入った。


「行け、行け!」


 装甲ワームにワームデサントしていた歩兵たちが飛び降りて陣地の制圧を開始。あちこちで銃撃戦が発生し、M1742短機関銃という優れた武器を持つ魔王軍が汎人類帝国の歩兵を圧倒した。


「閣下。我々は装甲部隊の8割と歩兵の7割を喪失しましたが、陣地を突破しました」


「よろしい。友軍に知らせよ」


 第1装甲旅団が道を切り開き、魔王軍が敵後背への突破を続ける。


 各地でこのような決死の突破が行われ、あるものは成功し、あるものは失敗し、魔王軍はとにかく多大な損害を被った。


 結局のところ、補給云々の話ではなくなり、ブラウ上級大将はこのまま作戦を続行するか迫られた。


「信じられない。我々がここまでの損害を出すとは……」


 魔王軍が被った中で最大規模の損害が発生したのを前にブラウ上級大将が唸る。


「いかがなさいますか、閣下? 続行を?」


「……続行する。中止はしない。ここまで来てやめることはできん……!」


 ブラウ上級大将は続行を決意。


 幸いにして未だ南部での陽動には成功しており、これ以上の予備戦力が脆弱な魔王軍に投じられることはなかった。


 魔王軍は包囲を突破した部隊が、汎人類帝国の予備戦力を逆に包囲し、殲滅していく。それによって突破口は瞬く間に拡大していき、汎人類帝国軍が蹂躙されていった。


 しかし──。


「閣下。南方軍集団より連絡です。敵が総退却を開始したとのこと」


「間に合わなかったか」


 南部戦域軍に一撃を与える前に彼らは脱出を開始した。南方軍集団は彼らに攻勢を仕掛けて拘置しようとするも、南部戦域軍は徹底した遅滞戦闘の末に包囲が完成するまでに脱出したのだった。


 そして、勝利は手から零れ落ちてしまった。


 大君主作戦はガムラン線の突破という目的こそ果たしたものの、汎人類帝国軍主力の完全な殲滅という面では失敗に終わった。


 汎人類帝国にはもう後がないものの、残された戦力で新しい防衛線を気づくことには成功。完全な崩壊は避けられ、魔王軍は完全な勝利を逃した。


 戦争は続く。


「危機的状況であると認識している」


 魔王軍の大部隊に打撃を与えるのと引き換えに、汎人類帝国は大きく撤退した。もはや帝都ローランドを守る戦線は薄いものである。


 そのことを首相のジャック・デュヴァルが告げた。


「どうすればいい? どうすればここから勝利が得られるというのだ?」


 そして彼は閣僚と軍の将軍たちにそう尋ねる。


「魔王軍には既にかなりの打撃を与えたはずです。ですので、講和を申し込むというのはどうでしょうか?」


「あり得ない。連中にとって講和条約など口約束にすらならない。連中が何度停戦協定や講和条約を一方的に破棄したのか考えてくれ、ルヴェリエ外務大臣!」


 エリザベト・ルヴェリエ外務大臣が提案するのをジャックはすぐさま否定。


 確かに魔王軍との講和はこれまで何度も破られてきた。意味があるとは思えない。


「魔王軍は確かにガムラン線の突破に成功しましたが、その過程で膨大な数の犠牲を出していることは確認されています」


 そう述べるのは国防大臣のオリヴィエ・デュフォールだ。


「魔王軍は今回の件で我々を侮りがたしと思ったに違いありません。そうであるが故に次の攻勢には念入りに準備を重ねるはずです。我々にはその間に行動を起こさなければならないという時間的猶予とも制約ともいえるものがある」


「そう、そうだ。この時間の使い方がこの国の存亡にかかわる」


「さらなる動員の強化やこちらからの攻勢計画なども考えられるでしょうが、私が提案したいのはひとつです。それは──魔王ソロモンの暗殺」


 オリヴィエのその言葉にジャックたちが目を見開いた。


「本気で言っているのか、デュフォール大臣?」


「本気です。我々には人類勇者タカナシ・メグミという最強のカードがあるが、このカードはひとつの場面でしか切れない。戦線全てを支えるということは不可能。ならば、ここぞという場面で場に出そうではありませんか」


 確かに人類勇者タカナシ・メグミは無敵の存在であると同時に、狭い範囲でしかその強さが発揮できない。


 やろうと思えばグレートドラゴンでも撃破できるだろうが、いかんせんタカナシ・メグミはひとりしかおらず、グレートドラゴンのように翼が生えているわけでもない。だから、このカードの使い方を間違えれば大損だ。


 よって、オリヴィエはこのカードを絶対に勝利が得られる場面で切ろうと言った。


 魔王ソロモンの暗殺という場面で。


「魔王ソロモンの暗殺というが、どうやってやつの居場所の特定を?」


「やつは今回の戦いで軍が動揺したのを抑えるために前線に出るでしょう。そのために移動する列車などは、我々が残してきた残地工作員が察知するはずです。その情報に従って、やろうというのです」


「なるほど。確かにあり得そうな話だが……」


「ありえなければ、我々は敗北するだけです」


 ジャックたちに向けてオリヴィエはそう言ったのだった。


……………………

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