大君主作戦
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──大君主作戦
魔王空軍が着実に航空優勢を奪っていく中で、陸軍も動きつつあった。
陸軍参謀本部ではガムラン線突破についての作戦が立案され始めている。
「航空優勢を友軍が得ているのであれば、空中突撃によって一定の突破は可能だろう。ガムラン線の後背を一定規模押さえれば、他は崩れるはずだ」
そういうのはシュヴァルツ上級大将で、彼は陸軍の参謀たちとガムラン線突破について話し合っていた。
「空軍は協力するでしょうか?」
「しなければ、ガムラン線は突破できず、戦争は膠着したままだ」
シュヴァルツ上級大将これまでのように戦争全体の指揮を執ることができなくなっていた。それは統合参謀本部の存在のためである。
戦争全体の指揮は魔王ソロモンと統合参謀本部が決定することになり、陸海空軍の参謀本部は直接的な指揮能力を剥奪されている。
そして、言わずともカリグラ元帥は空軍を贔屓している。
「空軍も空中突撃は花形だ。提案すれば承諾するだろう。ここにきて戦略爆撃だけで勝利できると考えるほどカリグラ元帥も愚かではあるまい」
カリグラ元帥が推進した戦略爆撃は低調なものになりつつあった。
戦略爆撃そのものは効果はあるのだが、いかんせんすぐ結果がでるものではない。このまま何年も爆撃を続けるならばともかく、そんな時間は魔王軍にはない。
早期にローランドを落として汎人類帝国の抵抗を削ぐようにソロモンからは命じられており、カリグラ元帥は渋々ながら方向転換を強いられている。
先月にローランドを再爆撃したのを最後に戦略爆撃は全面的に中止になり、魔王空軍は再び戦術空軍として陸軍の支援に当たることになった。
そして、陸軍参謀本部が統合参謀本部に提出した作戦計画に基づいて、ガムラン線の突破が図られることに。
「陸軍は相変わらず火力主義か」
カリグラ元帥が不機嫌そうに陸軍参謀本部が提出した作戦計画を眺める。
「陸軍は敵に勝る火力で敵を粉砕することが確実だと思っています。しかし、今回は火力だけでは突破は困難であるとも考えております」
「それで空軍の空中突撃が必要なわけだな。その点は問題ない」
統合参謀本部勤務の陸軍将校はあくまでカリグラ元帥の空軍を立てるようにそう言った。カリグラ元帥も不機嫌さをやや収めた。
「よろしい。空中突撃を実行しよう。しかし、それがあってもガムラン線を正面から相手にするのは愚かだと思うが?」
「その点は大規模な陽動を実施する予定です」
「詳細を」
カリグラ元帥が求める。
「まずガムラン線突破を担当するのは北方軍集団です。これまで攻撃の主軸であった南方軍集団から主力を移し、北方軍集団を強化します」
攻撃は北から行われる。
これまでは激しく攻勢に出ていた南方軍集団から戦力が引き抜かれ、密かに北に機動する。この戦略機動は念入りに偽装される手はずになっていた。
「南方軍集団は引き続き主力であるかのように振る舞い、限定的な攻撃にて主攻と偽装。敵の注意を引き付け続けます。敵はこれによって北に予備戦力を投入することを躊躇うでしょう」
「なるほど。上手く偽装すれば敵は引っかかるだろう。細かなところまで抜かりなくやれ。嘘というは上手くつかなければならない」
「了解しました」
魔王軍はこれまで何度も敵を欺いてきた。この手の陽動作戦の経験が豊富で、ノウハウを多く蓄積しているが故だ。
今回も無線から何まであらゆる方法で欺瞞が行われる。
「それで、この作戦の名称は?」
「大君主作戦」
大君主作戦。グスタフ線を突破する作戦はそう呼称された。
まず南方軍集団から北方軍集団への主力の戦略機動が密かに始まる。占領地に残された残地工作員たちに気づかれないように、夜間などに密かに大規模な戦力が機動し、北部へと移動。
南方軍集団では部隊の移動がなかったかのように宿営が維持され、補給などを行っているかのような行動が偽装され、通信すらも偽装される。
そのような様々な偽装工作によって汎人類帝国が魔王軍の密かな戦略機動に気づくことはなかった。
幸いにして空からの目も帝国航空戦で魔王軍が絶対的航空優勢を握ったことから防げている。また汎人類帝国がリスクを冒してまでガムラン線の向こうに航空戦力を投射しようなどとは考えなかった。
そのようなことが重なっていき、魔王軍は汎人類帝国に察知されることなく北方軍集団に主力を集結させた。
大君主作戦では南方軍集団を金床に北方軍集団が槌を振るような形をとっている。
つまり、北方軍集団は反時計回りに旋回しながら南部からじわじわと戦線を上げる南方軍集団に向かう。それによって大規模な包囲殲滅戦を実行するのである。
これが上手くいくかどうかには論争が多々あった。
ある将校は補給が追い付かず攻勢は破綻するとしたが、ある将校は空輸などを駆使すれば可能であると主張。
「実行を許可する」
結局のところ、カリグラ元帥の鶴の一声で実行は決定。
「かなり野心的な作戦になるな」
北方軍集団司令官のブラウ上級大将がそう言う。
「ええ。補給はかなり逼迫したものになるかと。あらゆる輸送手段を駆使する必要があります」
「うむ。念入りに考えてくれ」
この大君主作戦は補給に全てがかかっていた。
補給が切れればガムラン線にいる大規模な汎人類帝国軍を逃し、戦争はさらに長期化する。成功すればガムラン線の汎人類帝国軍は壊滅的な打撃を受けるだろう。
あらゆる手段が講じられ、輸送手段が確保された。バイコーンの引く馬車やワーム、空輸から海上輸送まで文字通りあらゆるものだ。
そして──。
1747年8月8日。
魔王軍はガムラン線に対する攻撃を開始。
無数の火砲が一斉に火を噴き、ガムラン線が破壊される。列車砲も配備が完了したものは使用され、大口径砲弾を情け容赦なく叩き込んだ。
この時点では北部と南部はほぼ同時に行動している。南部も北部同様に猛砲撃をガムラン線に浴びせ、戦闘工兵がガムラン線を破壊し始めていた。
これによって汎人類帝国軍には迷いが生じる。
果たして魔王軍の主攻はこれまで通り南部なのか、それとも北部なのか、と。
汎人類帝国南部戦域軍司令部のヴィレット上級大将は南部こそが敵の狙いだと確信した。前線から報告される情報は、敵の南部におけるガムラン線の突破を濃厚に示していたからだ。
彼はこれが陽動だと気づかず、戦力を頑なに南部に残した。
そのころ、北部にて魔王軍は戦闘工兵及び装甲ワームによってガムラン線の突破に成功。後方に向けて機動を始めようとしていた。
だが、ここで汎人類帝国は策を練っていたことが分かる。
後方に浸透しようとする魔王軍部隊は誘導されていたのだ。汎人類帝国は意図的に防御の弱点を作り、そこを突破していく魔王軍を待ち構えていた。
勇者タカナシ・メグミが考えたように。
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