奇襲

……………………


 ──奇襲



 エルフィニア海軍と汎人類帝国海軍の主力艦が集まっているラウィラス軍港。


 それは朝日が昇ったころの時間帯であった。


「魔力探知機に反応あり! これは!?」


「どうした?」


「敵はすぐそこです!」


 魔力探知機を操る兵士が叫ぶ。


 彼が叫んだ通りに魔力探知機が探知した反応はすぐそこであった。大量のレッサードラゴン級の反応が、洋上に出現し、ラウィラス軍港に向かっている。


「何だと。洋上に突然現れたというのか……!?」


 このラウィラス軍港に停泊する艦隊の司令官リナラゴス提督が呻く。


「提督、警報を!」


「すぐに発令しろ! 全ての艦艇に出港を命令する!」


 しかし、もう遅かった。


 ラウィラス軍港に迫るレッサードラゴンは、エルフィニア海軍と汎人類帝国海軍の艦艇が機関を始動しようとしているところに飛来し、攻撃を開始したのだ。


 レッサードラゴンの放つ熱線が戦艦を吹き飛ばし、装甲巡洋艦も鎮めていく。ラウィラス軍港は艦艇が燃えることで生じる黒煙に包まれ、炎の中で人類が、エルフが、悲鳴を上げながらのたうっている。


 どうして三国同盟はこの奇襲を察知できなかったのか?


 それは魔王軍が導入した新しい艦艇の存在に由来する。


「空軍部隊より、ラウィラス軍港への奇襲に成功したとのことです」


「よろしい」


 部下からの報告にライドネ大将は満足そうに頷く。


「しかし、ドラゴンを船に乗せるとは。魔王陛下の考えられることは斬新だ」


 装甲巡洋艦と称して建造されたレヴィアタンとベヒーモス。


 それは全通飛行甲板を有する航空母艦である。


 魔王ソロモンの命によって建造されたこの2隻の空母にラウィラス軍港を奇襲したレッサードラゴンたちが搭載されていたのだ。


 空母に乗って魔力反応を見せずにラウィラス軍港に接近したため、レッサードラゴンたちは魔力探知機を掻い潜ることができた。今回の奇襲は空母の存在が大きい。


「では、残りの仕上げをしよう」


 戦艦ネレイスを旗艦とする魔王海軍南方艦隊はレッサードラゴンたちによって焼き払われたラウィラス軍港へと近づき、艦砲射撃を実施。


 港湾施設を破壊し、残存していた艦艇を破壊し、司令部を破壊し、徹底した破壊を振りまいていった。


 この攻撃によってエルフィニア海軍と汎人類帝国海軍の艦艇は全滅。生き残っていたリナラゴス提督も責任を感じたのか拳銃で自殺した。


 こうしてエルフィニアが洋上戦力をほぼ喪失したことで、魔王海軍は汎人類帝国からエルフィニアに物資を送る海路の遮断を開始した。


 巡洋艦が洋上に広く展開し、汎人類帝国の輸送船を襲う。


 同時に汎人類帝国も艦隊壊滅後に再び送り込んだ巡洋艦を中心とした小艦隊が、魔王海軍の海上補給ルートを襲撃し始めた。


「お互いのシーレーンの襲撃合戦か……」


 海軍参謀総長のオンディーヌ上級大将が報告される戦闘を前にそう呟く。


「魔王陛下は我々が西に向かえば海軍の役割が変わると仰っていたが、その通りだった。今や海軍は沿岸だけではなく、港と港を繋ぐ海域も防衛しなければならない」


 魔王軍が東に留まっている間には、沿岸防衛だけを任務としていた魔王海軍も、今ではシーレーン防衛という任務を果たさなければならなくなった。


 そのためには昔配備されていたような鈍足で航続距離の短い旧式艦は役に立たず、新しく作られた速力があり、航続距離もある艦艇が役に立つ。


 海軍の旧式艦を残らず廃棄したのはこういう意図があったのだろうとオンディーヌ上級大将は納得したのだった。


「引き続き、我々は陸軍の補給を支援し、三国同盟側の妨害を排除する。以上だ」


 魔王海軍はその役割を果たしている。


 さて、エルフィニアはついにケレブレス・ルートを失いつつあった。


 陸路のケレブレス・ルートも、海路のケレブレス・ルートも、両方が喪失の危機にあり、前線への物資補給は滞り始めていた。


 このことはゲリラ戦の指揮を執るフェアラス大将にも報告されていた。


「クソ。物資がなければ我々は戦えないぞ」


 一部のエルフたちは銃や銃弾がなくなったため、白兵戦で魔王軍と戦っている。もちろん、そんなことでは魔王軍は食い止められない。


「大将閣下。最高司令部からの命令です」


「最高司令部は何と?」


「魔王軍に対し攻勢に出て、敵を可能な限り攪乱せよ、と」


 ここで出たのは魔王軍に対する攻撃命令であった。


「馬鹿な。今の状況で攻勢に出たところで魔王軍が退けられるわけではない!」


 フェアラス大将はそう反発する。


 彼はゲリラ戦で魔王軍を損耗させ続け、汎人類帝国の完全な参戦を待ち、そののちに反撃に出ることを考えていた。今はひたすら屈辱に耐えて、防衛を行うべきだと。


 しかし、最高司令部は攻撃を命じた。


 今の状況で攻勢に出てもさしたる戦果は挙げられず、戦力を大量に損耗するだけだ。何の成果も得られないだろう。


 だが、それでも最高司令部が攻勢を望んだのには理由がある。


 それは対外的なパフォーマンスであり、魔王軍への牽制であった。


 エルフィニアはまだまだ存分に戦える──。


 そう示すことで、汎人類帝国からの支援が途絶えることを防ぎ、かつ魔王軍に対しても自分たちは簡単には打ち負かされないと示し、士気を削ぐつもりなのだ。


「攻勢は無意味だ。いたずらに兵力を損耗させるだけだ」


「しかし、閣下。最高司令部の命令です」


「ならば、私を解任しろ」


 フェアラス大将はそう言って命令を拒否。


 この後、彼は彼が望んだ通りに最高司令部によって解任され、後任にはマブルング陸軍大将が任命された。


 マブルング大将はフェアラス大将のゲリラ戦は確かに魔王軍を遅滞する意味はあるが、それだけであると思っていた。それは敗北を遅らせるだけで、勝利を手にするものではないのだと。


 彼は攻勢に前向きで、準備を開始した。


「この攻勢には奇襲が必要だ」


 マブルング大将はそう言う。


「奇襲効果がなければ、攻勢は失敗するだろう。魔王軍は兵站に問題を抱えているが、かといって無力化されたわけではない。今も十分な脅威である」


 そう言ってマブルング大将は今回の攻勢が絶対に魔王軍に感づかれないようにすることを求めたのだった。


 マブルング大将の下で作戦計画は進み、前線に密かに武器弾薬が集められ、ゲリラ戦を繰り広げる部隊は魔王軍の最新の配置を報告する。


 しかし、マブルング大将の努力にもかかわらず、魔王軍は攻勢の兆候を察知していた。魔王軍もまた三国同盟側の後方にアルファ教導狙撃兵連隊を始めとする部隊を浸透させていたのだ。


「敵に攻勢の兆候あり」


 確かに彼らはそう報告した。


 だが、ここで守りに入るようでは魔王軍ではない。


「よろしい。では、我々も攻勢に出るとしよう」


 ツュアーン上級大将はそう宣言した。


……………………

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