8月攻勢

……………………


 ──8月攻勢



 1742年8月。


 三国同盟は密かに攻撃の準備を整え、ついに攻勢に出た。


 砲声が響き渡り、雄たけびが上がる。


「攻撃開始、攻撃開始」


 一斉に攻撃に出たエルフィニア軍。


 彼らの準備していた8月攻勢が始まった。


「予定通り、敵の攻勢が始まった」


 しかし、魔王軍に動揺した様子はない。南方軍集団司令部でもエルフィニア軍の攻勢は織り込み済みだとばかりにツュアーン上級大将が地図を眺めている。


「敵は我々を奇襲し、優位に立ったつもりのようだが、逆にこちらにとって優位な動きをしてくれている」


 ツュアーン上級大将はそう語る。


「これまでまちまちにゲリラ戦を繰り広げていた連中が正規の作戦に組み込まれ、まとまったことで我々はゲリラを一掃する機会に恵まれた」


 そう、ゲリラ戦という小部隊があちこちで攻撃を仕掛ける作戦をとっていたエルフィニア軍は、これまでのゲリラ戦部隊を纏めて攻勢に繰り出した。そのせいで彼らはゲリラ戦において優位だった生存性を失ったのだ。


「敵の攻勢を受け止め、しかる後に反撃に出る。エルフどもを一掃するぞ、諸君」


 こうして魔王軍による8月攻勢への対処が始まった。


 エルフィニア軍はあちこちで魔王軍部隊に襲い掛かり、損耗を強いるも、魔王軍は秩序だった撤退で戦線を再構築していく。エルフィニア軍はそれを追撃し、前線を前に前に前にと進めていく。


 しかし、彼らは気づいていなかった。自分たちが意図的に誘い込まれていることに。


「友軍は予定位置まで後退しました」


「よろしい。反撃開始だ」


 南方軍集団司令部から発令されたのは反撃命令。


 長らくの物資不足から攻勢限界を迎え、進軍が停止したエルフィニア軍にこれまで計画的に撤退を行っていた魔王軍が襲い掛かる。


 魔王軍は南方海を金床にハンマーを振り下ろすように攻撃を仕掛けた。


「前進、前進!」


 あらん限りの火砲が火を噴き、エルフィニア軍を仕留めていく。


 これまでのゲリラ戦では効果があまりなかった火砲も、今の組織的なエルフィニア軍の動きには抜群に効いた。


 エルフィニア軍は火砲によって追い立てられ、ついに敗走を始めた。


 魔王軍は情け容赦なくエルフィニア軍を追撃し続け、南方海へと追い込む。魔王軍は南方海を使って包囲殲滅を完成させるつもりだ。


「エルフィニア軍の抵抗は徐々に弱まっている。このまま追い詰めるぞ」


 エルフィニア軍は撤退の混乱の中で重装備を失っていき、それによって抵抗できなくなりつつあった。


 そして、南方海が近づくとさらなる攻撃が行われる。


「旗艦ネレイスより砲撃命令です」


「よろしい。撃ち方始め!」


 魔王海軍だ。魔王海軍は南方海までお詰められたエルフィニア軍に戦艦ネレイスを旗艦とする南方艦隊が艦砲射撃を浴びせた。強力な艦砲射撃によってエルフィニア軍は瞬く間に損耗していった。


 結果として、ゲリラ戦のメリットを捨てて、無理やり攻勢に出たエルフィニア軍はその末路に相応しい最期を辿った。


 生き残った戦力で防衛線を構築するも、何もかも手遅れであった。


 今度は魔王軍の側から攻勢に出て、エルフィニア軍に物量が押し寄せる。ゴブリンとオークによる人海戦術を、エルフィニア軍はもはや受け止めきれない。


 エルフィニア軍は再びの退却を開始。


 彼らにとって幸運だったのは魔王軍も早々に攻勢限界を迎えたということ。魔王軍はまたエルフィニアの劣悪なインフラに悩まされて進軍を停止した。


 1741年はそのようにして終わり、魔王軍とエルフィニア軍は前線で小競り合いを繰り返すだけになった。


「また軍は進軍を停止したか」


 南方軍集団司令部からの報告にソロモンがそう呟く。


「はい、陛下。やはりエルフィニアのインフラは問題のようです」


「今後のことを考えるならば、インフラを立て直しながら進むべきだろうな」


「ツュアーン上級大将も陛下と同意見です」


「ではそのようにせよ」


 シュヴァルツ上級大将にソロモンはそう命じ、退室させた。


「かつて、ある巨大な帝国が存在した。その帝国の兵士たちが果たす役割は戦うことだけではなかった。何をしていたか想像がつくか、カーミラ?」


「治安維持でしょうか?」


「道を作ることだ。土木工事を兵士たちは担っていた」


 カーミラが首を傾げるのにソロモンはそう言う。


「通信技術がまだ未発達だった時代、道路とは王の耳であり、声であった。あたかも神経のように王国中に張り巡らされ、統治を手助けした」


「エルフィニアにも道が必要ですね」


「ああ。その通りだ」


 ソロモンの命で捕虜にしたエルフたちを使い、エルフィニアの道路などの交通インフラが拡張され始めた。


 魔王軍はこの時点で優れた設計技師を要請し終えており、彼らが指示を下すことで、頑丈な橋や道路が瞬く間に完成していった。


 同時に魔王軍は前線に物資を運び、物資集積基地を構築。大規模な兵力の集中も開始し、大規模攻勢の準備を始めていた。


 三国同盟にこれを防ぐ手段がないのはもはや火を見るより明らかである。


「陛下。どうか亡命を」


 エルフィニア外務大臣のティリオンがそう女王ケレブレスに訴える。


「もはやアルフヘイムは落ちます。軍は守り切ることは不可能だと言っているのです。ですので、どうか汎人類帝国に亡命を!」


 アルフヘイムはもう守りきれない。


 軍はそう判断を下し、防衛という名の時間稼ぎのために人員を動員しつつも、政府首脳に脱出を助言していた。


「なりません。私はここを去るつもりはありません」


 しかし、女王ケレブレスは亡命を拒否。


「私がここを去れば国民は女王は民を捨てて逃げたというでしょう。そうなれば女王の権威は地に落ちます。それぐらいならば、このアルフヘイムで戦って死んだ方がマシというものです」


「しかし、陛下! あなた様がいなければエルフィニアが仮に汎人類帝国に首脳部を亡命させたとしても、正統政府を名乗れません! あの忌まわし魔王の傀儡であるラウィンドール政権が正統性を主張するでしょう!」


「それでもです。逃げた女王に何の正当性がありましょうか」


 女王ケレブレスはこうして断固として亡命を拒否した。


「ケレブレス陛下は亡命されないと?」


「残念ですが説得はできませんでした」


「そうですか」


 汎人類帝国の駐エルフィニア大使であるフェルナン・カリエール大使がティリオンの言葉に唸る。


 彼としては女王ケレブレスには亡命してもらい、汎人類帝国から魔王軍占領下のエルフィニアに向けて抵抗を訴えてもらいたかったのだが……。


「他の政府首脳の一部は亡命する準備があります。女王陛下が亡命を拒否されたことでやはり影響はあるのです」


「我々汎人類帝国は全面的に亡命を受け入れます。ティリオン閣下もどうか亡命を」


「そのつもりです。今は自分の運命の悲惨さに浸る時ではないのですから」


 こうして、エルフィニア政府の亡命が進み──。


 魔王軍は攻勢を開始した。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る