ニザヴェッリル大共和国執政官選挙
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──ニザヴェッリル大共和国執政官選挙
1726年4月上旬。
ニザヴェッリル大共和国の首都ゾンネンブルク。
同国で開かれていた執政官選挙はついに開票作業に入った。
ニザヴェッリルではその政治は執政官と元老院、そして最高裁判所によって行われている。執政官が行政を、元老院が立法を、最高裁判所が司法を、それぞれ担当することで権力は互いを監視しあっている。
執政官と元老院議員は選挙で選ばれ、一見すると民主的な政治が行われている。
しかし、まだ選挙権は男性に限られ、その男性も一定の納税額がなければ投票することはできない。そうやって限られた人間による民主政治であった。
「エッカルト殿! あなたの当選はほぼ確実なものとなっていますな」
ニザヴェッリル最大の鉱山ギルドの男性ドワーフがそう言って笑いかけている。
「ええ。皆さんのご支援のおかげです」
それに応じるのは壮年の男性ドワーフだ。髭には白髪が混じるが、まだまだ若々しく、いいドワーフとしてビール腹をしている。
人類やエルフと異なり、ドワーフの文化では立派な腹をしていることこそ、貴人の証であった。太れるほどの財力と酒に強い内臓を持っていることこそが、ドワーフの価値観に沿ったものなのだ。
そして、この人物こそ今回の執政官選挙にて有力視されている人物、テオドール・エッカルトである。
テオドールは左派政党である鉱夫党の出身で、元老院議員を経て、執政官選挙に立候補した。鉱夫党がここまで支持を伸ばしたのは初めてであるため。閣僚経験などはなく、ライバルたちからは政治的な経験不足が指摘されていた。
しかし、彼はこれまで保守党の支持層だった鉱山ギルドなどのギルドへの手厚い保証を約束したことで、支持を取り付け、ここまで支持層を拡大してきた。
「開票結果が出ました! 当選です!」
「おおーっ!」
まだ若いドワーフの秘書が飛び込んできて告げるのに、テオドールの事務所が湧き立った。同じ鉱夫党議員や支援を行ってきたギルドの幹部たちが歓声を上げて、テオドールの方を振り向いた。
「ありがとう、ありがとう! 皆さんのおかげだ!」
テオドールのこの勝利にはいくつかの要因がある。
ひとつ、テオドールの政策への賛同がシンプルに大きかったこと。
テオドールはこれまでの国防費は過大だとして、軍隊を効率化することで国防費を削減し、社会福祉に予算を回すことを約束した。
軍はこれに反発したが、多くの国民はこれを支持した。
ひとつ、最大のライバルであった保守党のスキャンダルだ。
保守党の政治資金を巡るスキャンダルが発覚し、保守党が支持率を大きく低下させたのは去年1725年の12月で、それが尾を引いていた。
なんと保守党党首までもがかかわっていた政治スキャンダルを新聞社が書きたて続け、それによってこれまで保守党の消極的な支持層であったものたちが、新しく鉱夫党の支持者となった。
そして、最後はエルフィニアと汎人類帝国との関係改善がなされたことである。
保守党はかつてのエルフィニアや汎人類帝国との紛争で変動した国境線を元に戻すことを掲げ続け、そのための国防費を上げることを訴えてきた。
が、テオドールはそれとは全く逆にエルフィニアや汎人類帝国との関係を改善し、連携することで集団安全保障を実現。それによってやはり国防費を削減し、他に回すことを大きく掲げた。
奇しくも
「皆さん、私は国民の幸福を第一に政治を行う。まずはこの国を本当に支えている労働者の権利の改善からだ。私は手厚い労働者への保障によって、この国に活力を取り戻そうではないか!」
「そうだ!」
「そして、普通選挙の実現にも取り組みたい! 労働者の意見が尊重される国へ!」
テオドールの『マスケットからゆりかごへ』という国防費から社会保障費への転換の他に目玉になっていたのは普通選挙の実施についてだ。
先ほど述べた制限のかかった選挙を改め、まずは男性全員に、それから女性たちにも選挙権を拡大することをテオドールは公約にしていた。
それはテオドールの支持層である労働者を選挙に動員するためでもあり、権利を拡大することで課税などの義務も拡大するという思惑があった。もちろん義務の方は選挙中には大きく言うことはなかったが。
テオドールは当選の挨拶を集まった新聞社などに行い、それから外務大臣として閣僚入りが決まっているハンス・カウフマンと国防大臣となるヘルムート・ブルクミュラーとの面会に向かった。
面会はニザヴェッリル有数のホテルであるグランドホテル・ゾンネンブルクの一室で密かに行われた。
「当選、おめでとうございます、エッカルト執政官閣下」
「まだ執政官ではないよ、カウフマン。就任式がまだだからね」
「残り数日ではないですか」
外務大臣予定のハンスはテオドールの長年の盟友で、テオドールは同じ価値観を共有していると言えた。
彼はドワーフらしい太鼓腹をしていたが、ドワーフの中では長身だ。そして、目には分厚いレンズの眼鏡が収まっている。彼は元炭鉱労働者で、その際に目を悪くしてしまったのであった。
「私からも祝いの言葉を。おめでとうございます、エッカルト殿」
「ありがとう、ヘルムート」
次に祝いの言葉を述べるのは国防大臣予定のヘルムート・ブルクミュラーで、彼はいかにもなドワーフであった。労働者として鍛えられた手と、よく食べてよく飲んだ腹、そして立派に伸びた髭。
彼は元陸軍の工兵隊所属で、ニザヴェッリルの要塞線構築にもかかわっていた。
「さて、就任式で宣誓したら、いよいよ執政官としての義務を果たさなければならない。それを踏まえて君たちに話をしておきたい」
テオドールはそう言ってハンスとヘルムートの2名に話し始める。
「私たちはまず汎人類帝国と、次にエルフィニアと関係改善を目指す。幸い汎人類帝国のボードワン政権は我々に極めて好意的だ」
「問題はエルフィニアですね」
「そう、過去の戦争を持ち出されるとたちまち両国の関係は悪化してしまう。だが、エルフィニアとの関係改善は必須だ。なので、我々は今の状況を可能な限り利用していこうと考えている」
ハンスの言葉にテオドールがそう語る。
「状況と言うと魔王軍の?」
「ああ。魔王軍はエルフィニアを脅かしている。この状況で我々がエルフィニアを支援すれば関係改善は大きく進むのではないかと考えている」
次はヘルムートが尋ね、テオドールはそう自分の考えを披露した。
「確かにその可能性はあります。友情とは危機的な状況で示されてこそといいますからね。こちらかの支援でなくとも、エルフィニアに対して火事場泥棒を働くことはないと示すだけでも十分かと」
「そうか。是非ともそのようなメッセージをエルフィニアに伝え、私の目指す3か国同盟を実現したい。魔王軍を我々の共通の敵として立て、我々はその敵に対して一致団結するんだ」
テオドールはニザヴェッリル、エルフィニア、そして汎人類帝国の3か国による同盟を目指していた。
これは魔王軍の直接的脅威に立ち向かうだけでなく、魔王軍を敵としながら3か国が経済の面などでも関係を深めることを狙っている。
「しかし、魔王軍は突然エルフィニアに対して敵対行動を取り始めましたが、一体その理由は何なのでしょうか……?」
ヘルムートのその疑問に答える声はなかった。
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