領空侵犯
……………………
──領空侵犯
1726年4月下旬。
エルフィニア空軍はグリフォンを飼いならし、限定的に運用していた。
エルフィニア王国は国境付近に彼らの優れた発明である魔力探知機を配備しており、複数の魔力探知機が魔王国からの軍事侵攻に備えていた。
エルフというのは農業や工業の分野では近年ぱっとしないが、魔術の分野においては他の追従を許さない発展を遂げている。
このような魔力探知機を製造し、運用できるのはエルフたちぐらいだ。また魔術通信によるネットワークも構築されており、これらを組み合わせた魔王軍に対する早期警戒システムが構築されていた。
その魔力探知機が一斉に警報を鳴らしたのが、早朝5時。
「国境付近の魔力探知基地が1体のグレートドラゴン規模の魔力反応を探知。この魔力反応はこちらに向かっています!」
「すぐに待機中の空中騎手を緊急発進させろ」
鐘の音が鳴り響く中でグリフォンに跨った空中騎手が国境付近の空軍基地から緊急発進。探知された魔力反応に向けて進む。
『司令部より赤一号、赤二号。目標は目視できたか?』
「まだだ。まだ目視できず。さらに東に向けて飛行する」
グリフォン2騎が上空を駆け抜け、魔力探知機が今だ警報を鳴らしている方角に向けて飛行を続ける。そして、彼らは──。
「目標視認、目標視認! グレートドラゴンだ!」
巨大なグレートドラゴンが国境付近から僅かにエルフィニア領空に入った位置を飛行していた。その巨大さに空中騎手たちが息をのむ。
その大きさは翼を広げれば120メートル近くあり、頭から尻尾までの長さは90メートルほど。地球に存在したいかなる戦略爆撃機よりも巨大だ。
その赤いの鱗をしたグレートドラゴンはゆっくりとした速度でエルフィニア領空を飛行しており、グリフォンなど意に介した様子はない。
しかし、グリフォンに乗った空中騎手の役割は、このグレートドラゴンを領空から排除することであり、彼らは意を決してドラゴンの進行方向に割り込む。
「こちらエルフィニア空軍! そちらはエルフィニアの領空を侵犯している! ただちに退去せよ!」
空中騎手がグレートドラゴンのこれ以上の領空侵犯を食い止めながら叫ぶ。
もし、グレートドラゴンと交戦すればグリフォンなど一瞬で灰にされるだろう。反撃を試みてもグレートドラゴンのような高位魔族は強力な魔術障壁を展開して、外部からの攻撃を迎撃してしまう。
しかし、ここでグレートドラゴンと交戦することはなかった。
グレートドラゴンは興が削がれたというように方向転換すると、そのままエルフィニア領空から退去したのだ。
国境付近で起きた魔王軍とのこのような戦争に繋がりかねない非友好的接触は軍から、国のトップである女王に報告されていた。
「陛下。今年に入っての魔王軍による領空侵犯は連続しており、明らかな挑発行為であると考えられます。こちら側としては戦争を回避するために、将兵に慎重な行動を命じておりますが、いつ事件が起きるかは分かりません」
空軍司令官のメネリオン大将は王都アルフヘイムの中心地に位置する王城にてそう報告を行った。空軍の藍色の軍服を纏った彼の報告を、集まった他の軍幹部たちも耳にし、険しい表情を浮かべていた。
「陸軍からは魔王軍は明確な戦争準備を進めているとの報告も受けています。関係はあるのですか?」
女王ケレブレスはそう尋ねる。
女王ケレブレスは光り輝くように美しい女性エルフで、白銀に近い髪を長く伸ばし、白く上品なドレスを纏った彼女は、青い瞳で軍幹部たちを見渡す。
「我々の空軍を疲弊させる目的はあるかと思いますが、偵察飛行の類ではないでしょう。魔力反応が大きく、簡単に探知されるグレートドラゴンは偵察には向きません。ただこちらがどのような場面で緊急発進が遅れるかを調べることはできる程度で」
「空軍に領空侵犯を『いつものこと』と油断させたときに本当の奇襲攻撃が行われる、というわけですか」
「その通りです、陛下」
女王ケレブレスがメネリオン大将に告げるのにメネリオン大将が頷く。
非常事態を繰り返すことで、それを日常にしてしまい、それによって生じた隙に攻撃を仕掛ける。魔王軍ならば考えそうなことであった。
「分かりました。では、陸軍から現状の報告を、マゴルヒア大将」
「はい。こちらの偵察活動によれば魔王軍は国境付近に基地を建設しつつあります。恐らくは物資集積基地と思われるものや、鉄道基地が確認されています。空軍基地についても建設が進んでいるのを確認しました」
続いて陸軍の所属であることを示す濃緑の軍服を纏った陸軍司令官のマゴルヒア大将が報告を行う。
「また魔王軍のラジオ放送が国境付近への立ち入りを規制しているのも確認済みです。間違いなく国境付近では何かしらの軍事行動が進行中でしょう」
魔王軍は明らかにエルフィニアに向けた軍事作戦を進行中だ。
「我々はどのように対処すべきですか?」
「決して敵の挑発に乗らないことが重要です。敵に開戦の口実を与えれば、我々の国内における戦争への理解は低下することでしょう。我々はあくまで祖国防衛のみを行う。それが必要なのです」
「こちらから戦争を仕掛けたと、そう魔王軍に宣伝されてはならないのですね」
「その通りです。魔王軍ならば絶対にプロパガンダに利用するでしょう。そして、汎人類帝国やニザヴェッリルとの連携を困難にする」
「ニザヴェッリル、と……」
マゴルヒア大将がそう報告するのにケレブレスは渋い表情を浮かべた。
エルフたちは不老長命で、人類とは比べ物にならない長い時間を生きる。普通ならば関係者がとうの昔にいなくなっているはずのとても古い戦争においても関係者もまだ生きているほどだ。
女王ケレブレスはそのためドワーフたちとの戦争を覚えており、ドワーフが略奪を働いたあの戦争のことをを覚えいる。そして、そのことでドワーフたちに強い不信感を持っているのである。
「陛下。今、ドワーフたちと争うことは忘れましょう。ニザヴェッリルにはこれまでのようなトラブルはありません。それに汎人類帝国を加えて、強固な同盟を構築しなければならないのです」
「……いや。やはりありえません。ニザヴェッリルへの警戒は続けます」
「しかし!」
「我々は二度も同じ間違いを、犯すべきではないのです。ニザヴェッリルの二枚舌に騙されて、我々の先祖代々の土地を奪われるようなことは絶対にあってはならない」
マゴルヒア大将が食い下がるのにケレブレスはそう言った。
「……分かりました。引き続き警戒を続けます」
マゴルヒア大将はそう渋々と同意した。
「恐らくこれは始まりに過ぎないでしょう。魔王軍が何かのために戦争の準備を進めている。我々にはその目標が分からない」
魔王軍が何のために戦争を始めるのかが分かっていない。
昔のようにドワーフとエルフ、人類を殺戮して、そのことで血に飢えた本能を満たそうとしているのか。それとももっと理性的な目標を有しているのか。
「各々警戒を怠らず、戦争に備えてください」
……………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます