空軍の成り立ち

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 ──空軍の成り立ち



 カリグラ元帥率いる空軍の歴史は浅い。


 現在の魔王空軍の源流はカリグラ元帥が率いていた私設空軍にして傭兵となる。


 ソロモン即位以前、貴族同士の争いに航空戦力を提供していたのが、まさにカリグラ元帥の傭兵団だった。


 グレートドラゴン、レッサードラゴン、ワイバーン、ファイアドレイク。そういう飛行する魔族たちを数千と集めた傭兵団だ。カリグラ元帥はその傭兵の傭兵団長として魔王国内最大の航空戦力を指揮する立場にあった。


 内戦においてカリグラ元帥は空を支配し、そのことは即位したソロモンも知ることになった。ソロモンはカリグラ元帥を王都バビロンに呼び出し、彼の傭兵団を国軍に併呑することを告げた。


 カリグラ元帥としては面白くない話であった。


 これまでは傭兵団の中のトップであり、ある意味では傭兵団という王国の王であった彼が、他の誰かの下で働くというのは面白くない。国王から地方領主への転落ともいえることなのだから。


「可能な限り、お前の権益を重視しよう」


 しかし、そんなカリグラ元帥にソロモンは提案した。


「空軍力の育成、拡大、保全のための権益だ。お前は空軍という王国にて王の地位にあり続けるのだ。空軍が負けぬ限り、私はそれを取り上げたりしない」


 魔王空軍として最高位の地位である元帥の階級もこのときに示され、カリグラ元帥はこれからも王であれることに満足して、ソロモンに仕えることにしたのだった。


 そのような経緯を経て、ソロモンの下において空軍を構築したカリグラ元帥は、空軍において絶対な権力を有している。それに加えて自分こそが空軍を支えているというプライドがあった。


「我々空軍はかねてり、空軍力による勝利を目指してきた」


 陸軍参謀本部の会議室にてカリグラ元帥が語る。


「しかしながら、現状に空軍力は陸軍と海軍に隷属するものでしかない。陸軍が前進するために地上の敵を爆撃し、海軍が敵を見つけるために偵察飛行を実施する。そういう補助の立場でしかないのだ」


「それ以上を目指すのであれば、それは戦略空軍となろう、カリグラ元帥」


「そうだ、我らが魔王よ。空軍が最終的に到達すべき目標は戦略爆撃によって敵国を粉砕する戦略空軍となる。それこそが空軍力による勝利だ。今はその過渡期に過ぎない」


 空軍の近接航空支援や偵察飛行は、全て陸海軍の目標を補助するものであり、空軍力単独による戦果とは言えない。


 カリグラ元帥は空軍の地位を高めることで、自らの地位を高めることも考えており、空軍力のみによる勝利を目指し、研究を重ねていた。その結果、導き出されたのが、戦略空軍の存在だ。


 しかし、現状、空軍はその最終目標には達していない。


「であるならば、私は部下たちに陸海軍の小間使いをしてこいと命じざるを得ない。部下たちにそう命じるのは心苦しいが、やむを得ないことだ」


「いずれお前たちは主人の立場になるであろう」


 カリグラ元帥は暗に空軍にもっと予算をと求め、ソロモンはそれを認めた。


「では、空軍としてニザヴェッリルを攻撃するプランを示す。まずインラフの確保を陸軍が求めている以上、むやみな爆撃は行わない。爆撃は事前に定められた目標と陸軍に随伴する前線航空管制官が指示したの目標のみとする」


「爆撃目標の策定についてはのちほど、こちらの参謀も交えて協議を」


「もちろんだ、シュヴァルツ上級大将」


 魔王空軍は前線航空管制官を陸軍に派遣している。こういう兵科が配備され始めたのは、最近のことであった。


 前線航空管制官は陸軍地上部隊の要請を受け。無線で上空の友軍に爆撃すべき目標を指示する。その際に地上の対空火器の有無などを確認し、適切な侵入経路を指示するのもその役割の中に含まれていた。


「また我々の任務の中には特殊作戦の支援も含まれると考えているのだが」


「国家保安省からアルファ教導狙撃兵旅団、陸軍からは第1から第3独立特殊任務旅団が投入予定だ。それらの支援についても陸軍と話し合いを十分に行え」


「了解、我らが魔王」


 ソロモンはカリグラ元帥に進められているニザヴェッリル侵攻に当たって特殊作戦について知らせ、カリグラ元帥は満足げに頷いた。


「しかしながら、空軍においても欺瞞作戦は必要と考える。エルフィニアへの陽動を計画するのであれば、南部で一部部隊の演習を実施しよう」


「演習にはグレートドラゴンを参加させるがいい。あれはよく目立つ」


 グレートドラゴンはこの世界最大の生物であり、同時に最強の生物であった。その存在はかつてならば、たった1体でひとつの国を滅ぼせると言われるぐらいである。


 今ではその地位はやや低下したものの、戦略規模の戦力であることに変わりはない。


「ニザヴェッリル侵攻に当たるグレートドラゴンが減るのはいいのだろうか?」


「ああ。陸軍は無差別な破壊を望んでいない」


「承知」


 陸軍は戦略爆撃によって市街地やインフラを破壊することは決して望んでいない。陸軍は可能な限り現地のインフラを生かして機動力を維持することを望んでいる。


 よって大規模な破壊をもたらすグレートドラゴンより、小回りが利いて、その攻撃規模が戦術規模であるレッサードラゴンなどの支援がある方が望ましい。


「我々は戦争に挑む。祖国を守るために。今はそのためにだ。しかし、この一歩はいずれ大陸に覇を唱える際の大きな出来事として記憶されることだろう」


 ソロモンは再び会議室に集まった魔族たちに告げる。


「願わくば完全な勝利を。諸君が私の求める義務を果たすことを願う」


「魔王陛下万歳」


 ソロモンが下した命に軍人たちが万歳の声で締めくくった。


 陸軍はニザヴェッリル侵攻計画を正式に策定し、以後は暴風作戦として決定。


 海軍と空軍も陸軍の決定に従って暴風作戦に加わる。


 それから3か月後の1725年11月。


 シュヴァルツ上級大将がソロモンへ報告へと訪れた。


「陛下。気象状況や各国の政治動向などの諸事情を鑑みて、暴風作戦は欺瞞作戦を1726年2月より開始し、侵攻作戦は同年5月に発動するべきであると陸軍参謀本部は結論しております」


「説明を」


「はい。1726年2月から4月にかけてニザヴェッリルにて執政官選挙が行われいます。我が軍がエルフィニアへの侵攻を欺瞞として行えば、同国の選挙と相まって好ましい影響が生じると陸軍情報部は判断しました」


「選挙への介入が目的に見えるというわけか」


「その通りです。戦争を実際に計画しているとは考え難い環境が生まれるかと」


「政権交代の可能性は?」


「あります。国家保安省の情報のよれば選挙で有力なのは左派の鉱夫党のテオドール・エッカルトで外交関係については立て直しになるでしょう」


「エルフィニアや汎人類帝国の介入の可能性は低くなると。望ましいな」


「はい。このことから1726年5月に侵攻を行うのが望ましいかと」


 政治的に浮足立った時を狙って攻撃を仕掛けることで、戦局を優位に進めることを陸軍参謀本部は決定している。


 さらに言えば魔王国北部は5月には寒すぎず、雨も少なく、ちょうどいい気候となり、軍事行動に持ってこいだ。


「よろしい。もはや回りだした歯車を止めることはできん」


 ソロモンはどこか諦観めいた様子でそう告げた。


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