陸軍参謀本部
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──陸軍参謀本部
1725年8月。
魔王国においては国家が軍を保有するのではなく、軍が国家を保有するという悪しきプロイセン的な慣習が多々あった。軍人が政治力を握り、軍にとっての政治と外交を行うという状況だ。
それが有益で、問題なければソロモンも特に変えようとは思わなかっただろうが、軍をチェックする人間がおらず、間違った決定が間違ったまま進むという事件が多く起きたため、ソロモンは軍の権力を一部剥奪した。
そもそも軍は当初ソロモンの改革に反発する急先鋒だったこともある。
参謀本部制度の導入や士官学校、参謀学校の導入による、血筋によらない優秀な人材の育成というもに、旧体制の既得権益者たる貴族からなっていた将校たちが反発した。
そして、第一次・第二次貴族戦争において貴族連合側に多くの将校が参加し──結果として彼らは残らず粛清された。
改革に対する反発が消滅したのちに、ソロモンは軍を完全な指揮下に置いた。
「シュヴァルツ上級大将、カリグラ元帥、そしてオンディーヌ上級大将」
陸軍参謀本部の衛兵が守る会議室にてソロモンが集まった軍の重鎮たちを見渡す。
シュヴァルツ上級大将。人狼の陸軍将官で第二次貴族戦争最後の戦いではソロモンと並んで指揮を執った人物だ。彼は初代陸軍参謀総長として参謀本部から選ばれた将校たちとともにこの場にいる。
カリグラ元帥。グレートドラゴンの空軍元帥で元は傭兵であったが、ソロモンによって国軍に併合。後は初代魔王空軍参謀総長となる。空軍元帥の地位を授けらえたのは彼だけで、他の空軍将校とは違う、元帥の白い軍服を纏っている。
オンディーヌ上級大将。スキュラの海軍将官であり、初代海軍参謀総長である。元は南方の海の商船乗りだったが、その海に関する知識を買われ、まだ規模の小さな魔王海軍の司令塔として抜擢された。
この3名が魔王陸海空軍の実質的な最高位の軍人たちである。
彼らが司令官と名乗らないのは、彼らはあくまで魔王軍の最高司令官である参謀であるからという理由からだ。
「我々は西に進出する」
ソロモンが静かにそう述べたのに、会議室内に緊張が漂った。
「目下の食料不足が外部に知られるのは時間の問題だ。これに付け入ろうとドワーフ、エルフ、そして人類が戦争を仕掛けてくる可能性は高い」
国家保安省が国境警備を強化しても100%は見込めない。情報は必ず漏洩する。ドワーフ、エルフ、そして人類は魔王国が深刻な食糧難であることを知るだろう。
そのとき彼らが古来より彼らの脅威になっていた魔王軍をこれを機会に潰してしまおうと考えないとは言えないのだ。
「自国内が戦場となれば、食料不足は加速し、我々はついに滅ぶ可能性もある。それを防ぐために我々は先手を打つ。これは防衛のための先制攻撃として考えてもらいたい。……まだ今のところは、だが」
ソロモンはこれからの戦争をそう表現していた。あくまで身を守るための戦争だと。
「攻撃を実施するのはニザヴェッリル大共和国。その東部を我々は攻撃する。陸軍参謀本部では、これまで戦争のパターンをいくつか考えさせており、これはその中のひとつに該当する」
「はい。陸軍参謀本部で想定したニザヴェッリル大共和国との戦争における先制侵攻計画となります」
陸軍参謀本部はソロモンの命にて戦争のシミュレーションを行っていた。
北部におけるドワーフの国家ニザヴェッリル大共和国、南部のエルフの国家エルフィニア王国、西の広大な国土を有する人間の国家たる汎人類帝国。これら主要国との様々な状況を想定した戦争計画である。
「説明を」
「了解。ここでは陸軍参謀本部で想定した状況とその状況下での机上演習の結果をご説明させていただきます」
ここからシュヴァルツ上級大将のみならず、陸軍参謀本部の参謀たちも参加してソロモンとカリグラ元帥、オンディーヌ上級大将への説明を開始した。
「我が軍は西部に拠点を構築し、ここを攻撃発起地点とします。これは厳重に隠匿されていなければなりません。またこれと並行してエルフィニア王国に対しても攻撃準備命令を発令します」
馬鹿正直にニザヴェッリル侵攻だけを計画しないということだ。ドワーフ、エルフ、人類はともに魔王軍と戦ってきた関係にある。
もし、魔王軍がニザヴェッリルへの侵攻を企てているとエルフィニア王国が知れば、エルフィニア王国はそれに乗じて魔王国に侵攻するだろう。それにドワーフたちも自分たちの国に魔王軍が終結を始めれば警戒してしまう。
それを防ぐためのエルフィニア王国への攻撃準備命令だ。
実際にエルフィニア王国に対しては軍を動かさず、あたかも軍が動いているかのような通信や交通規制、あるいはダミーの設置などを行うのだ。それも敢えてエルフィニア王国が察知できる形で。
「欺瞞作戦の成功を受けてニザヴェッリル侵攻を開始。交通の要衝であるいくつかの都市部攻略に戦力を集中し、可能な限り現地のインフラを保全します。今や我が軍にとっては無事な道路や橋は、グレートドラゴンより価値ある存在です」
魔王軍が近代化したことで背負うことになった兵站の負担は大きい。そのための鉄道なども開発されたが、兵站というのはどんな軍隊でも頭を悩ませる代物だ。
「中期目標となるのは東部最大の都市アイゼンベルグです。この城塞都市に東部一帯の道路が集中しており、ニザヴェッリルの数少ない運河たるレーテ川も存在する都市です。この都市を落とせば、ニザヴェッリルは東部一帯を放棄することになります」
そのアイゼンベルグに至るまでの作戦が陸軍参謀本部で行われたのと同じ、机上演習にて再現された。参謀たちが駒を使ってゲームのように想定した戦争を戦っていく。
「ご苦労、シュヴァルツ上級大将。現実的な計画のように思わる」
「ありがとうございます、陛下」
ソロモンはそう判断し、シュヴァルツ上級大将と参謀たちが頭を下げる。
「これに海軍と空軍の動きも加えたいが、どう判断する?」
続いてソロモンはオンディーヌ上級大将とカリグラ元帥にそう問うた。
「海軍としましては陸軍の欺瞞作戦に合わせて南方海で演習を実施する準備があります。エルフィニア王国は我々の艦隊への情報収集に腐心しており、必ず我々の動きを察知することでしょう」
「では、そのように手配せよ」
「承知しました」
魔王海軍南方艦隊が想定している仮想敵はエルフィニア王国と汎人類帝国だ。同時にエルフィニア王国と汎人類帝国もまた南方艦隊を仮想敵としていた。
つまり南方艦隊の行動はすぐさまエルフィニア王国と汎人類帝国への影響に繋がる。そうであれば両国がその艦隊の動きに注目するのは当然だ。
「続いてはカリグラ元帥。お前の意見を聞くとしよう。この戦争において空軍の果たすべき役割とは?」
ソロモンが尋ねるのに銀色の鱗のグレートドラゴンたるカリグラ元帥は、その真っ赤な瞳をソロモン向けた。
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