海上戦力
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──海上戦力
「旧式艦をわざわざ残しておいても仕方ないではないか。もっと早期にスクラップにしてしまうべきだった。遅すぎたぐらいだ」
ソロモンはそう語る。
この世界でもドレッドノートの誕生のような現象が起きていた。弩級戦艦という名こそないものの、雑多な副砲を装備していたのを廃し、単一巨砲に統一した、火力を最大限に発揮できる巨艦が誕生していたのである。
弩級戦艦の誕生でそれ以前の戦艦が全て旧式化したように、この世界でも多くの戦艦が瞬く間に旧式化した。
魔王軍では海軍力というのはさほど重視されず、これまではそんな前弩級戦艦が混在した艦隊編成をしていた。だが、その前弩級戦艦を整備し、運用するコストが無駄であるとしてソロモンは旧式艦をスクラップにするよう命じた。
結果、魔王軍には戦艦4隻が主力艦として残るのみとなったのだ。
「ええ。そうするべきだったことは疑いません。しかし、現在保有する主力艦の数において魔王軍は汎人類帝国に対して劣勢でした。さらにはその汎人類帝国から軍艦を輸入しているエルフィニア海軍を含めれば圧倒的劣勢です」
汎人類帝国は自分たちの海軍のためだけでなく、輸出のための軍艦も建造している。エルフの国であるエルフィニア王国はその輸出先のひとつだ。
全体的な工業力としては圧倒的に魔王軍が優勢となったが、海軍力については魔王軍は他の国家に出遅れている状態だ。
「オンディーヌ上級大将。我々の海軍が現在果たす役割が、沿岸防衛であることには同意するだろう。我々の海軍は外洋に遠征し、そこで戦うようにはできていない」
「その通りです。補給艦などの遠征に必要な艦艇は不足しており、さらにはそのような戦いの経験もありません。我々は広大な沿岸線を守るのみでした」
「その状況を変えなければならない。旧式艦をスクラップにしたのも、我々が
魔王海軍のこれまでの役割はソロモンとオンディーヌ上級大将が語ったように、沿岸防衛にあった。そこに遠征能力はなく、他国の沿岸線を脅かすこともなかった。
その状況をソロモンは変えようとしている。
「そのために重要なのは現在建造している2隻の
第二次五か年計画では装甲巡洋艦6隻の整備が掲げられていたが、オンディーヌ上級大将が報告したのは4隻のみ。
残り2隻は?
「レヴィアタン級装甲巡洋艦については、研究や調整が必要な部分が多くあるかと」
「そこで聞きたい。それを成し遂げることがお前にはできるだろうか?」
ソロモンはオンディーヌ上級大将にそう尋ねる。決して問い詰めるようなそれではなく、シンプルな疑問として尋ねていた。
「尽力いたします。しかし、私だけで達成することは困難かと。空軍の助力も必要になってくるでしょう」
「分かった。手配しよう。必要なものがあれば随時、私に直接進言してよい」
「光栄です」
オンディーヌ上級大将がソロモンに頭を下げる。
「さて、スタハノフを待たせすぎたな。戦艦建造の視察に向かおう」
「お供いたします」
ソロモンたちは再び第二次五か年計画の進捗の視察に向かい、新型戦艦の建造が行われている建造ドックに向かった。
「陛下! ご紹介いたします。ここがタルウィ造船所です。建造のみならず、メンテナンスもここで行えるように乾ドックを多く備えております」
スタハノフが高らかとそう宣言する。
艦艇とて形あるものである以上、劣化は避けられない。そのためのメンテナンスが行える乾ドックが必要になる。
だから、海軍は無駄に巨大な軍艦を作らないのだ。平和な日常での運用ですら困難な兵器は、戦時においても持て余すのは目に見えるのだから。
「ここでは戦艦のみならず、駆逐艦や巡洋艦も建造しております。ジェルジンスキー国家保安大臣によれば、このタルウィ造船所は南方海最大のものだと!」
「作業を近くで見たい。できるか?」
「もちろんです」
ソロモンの求めにすぐさまスタハノフが応じる。
そうやってソロモンたちが案内されたのは、海軍の主力艦となる戦艦ネレイスの建造現場だった。建造ドックの中で巨大な戦艦が作られて行っている場所だ。
「戦艦ネレイスは排水量3万トン。その主砲は45口径36センチ連装砲4基。これから我が軍の主力となる戦艦です。まさに第二次五か年計画の目玉となるものです!」
スタハノフのような官僚は細かな数字をやたらを羅列して、自分が専門家であるかのように見せることがある。だが、ソロモンは細かな数字よりも、目標に向けてどのような思想が取られているかの方を考える。
「リベット接合がメインのようだな」
「はい。電気溶接はまだ行える技術者が少ないため……」
「そうか」
スタハノフは叱責されたと思ったようだが、ソロモンは技術とは段階的に進歩するものだとして気にしてはいない。
「完成までは後どの程度だ?」
「今年度内には進水し、就航は来年度を目指しております」
「悪くない」
ソロモンはスタハノフの報告に頷く。
「我々がいずれ東の地のを出て、西に進出すれば、海軍の意味合いもこの港湾都市の意味合いも大きく変化する。今は変化に備え、力を蓄えよ。技術を高め、効率を上げ、知識と経験を蓄えるのだ」
「はっ! 全力で邁進してまいります!」
スタハノフたちにソロモンはそう言い、タルウィ造船所を出た。
ソロモンたちは港湾部から再びタルウィ中央駅に向かい、市長と市民たちに見送られてタルウィを去った。
「今はまだ海軍の存在は限定的だ。だが、西に向かえば全ては変わる」
「西。ドワーフ、エルフ、そして人間たちの生存圏ですね」
お召列車の中でソロモンが言うのにカーミラが応じる。
「そうだ。我々はいずれ東を出る。我々は征服し、略奪する生き物だからだ。奪い続けることでしか、我々は生存できない」
「しかし、陛下の計画された工業化は成功しているのでは?」
「いいや。急速な変化には反動が生じるものだ。今は上手くいっているように見えるかもしれないが、いずれは反動で後退することだろう。その時、我々は東から西へと進出するのだ」
ソロモンは戦争を予想していた。いや、決意していたというべきか。
魔王国の工業化は急速に進んでいるが、その工業力を輸出するなどということはしていないのだ。国内需要を無理やり高め、軍需を満たし、そうやって経済を回しているものの、そんなやり方がいつまでも通じるとは思えない。
そして、経済が破綻したことで生じる不満を国外に逸らすのは、独裁国家ではよくあること。
「私が望まずとも民衆がやがて戦争を求めるようになるだろう。魔族に平和というものは似合わん。私が与えられるのは仮初の文明の光だけで、魔族に真に文明を与えるまでには至らんのだ」
「陛下……」
「そんな顔をするな、カーミラ。私は気にしてなどいない」
ソロモンはそう言うと列車の窓からじっと外を見つめた。
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