港湾都市タルウィ

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 ──港湾都市タルウィ



 港湾都市タルウィにソロモンを乗せたお召列車が入ると、外から万歳の声がこだましてきた。見れば沿道に大勢の魔族たちが集まり、ソロモンを歓迎していたのだ。


 もちろん、市民の自発的意思などではない。内務省が警察軍を動員して、市民を並べ、歓迎させているのである。その程度のことはソロモンでも見抜くことはできたが、それについて何かを言うつもりもなかった。


「魔王陛下万歳!」


 万歳の声がお召列車が駅に到着するまで続いた。


「ようこそ、タルウィへ、陛下!」


「ご苦労」


 タルウィの駅ではタルウィ市長がソロモンを出迎える。こちらは間違いなく自発的意思であり、おべっか使いのためだ。


「早速だが、港と造船所を見学したい。可能か?」


「もちろんです、陛下」


 その問いにすぐに答えたのは市長ではなく、スタハノフだった。おっと。ここにもおべっか使いはいるのを忘れてはならない。


 しかし、これでも遥かにマシになった方なのだ。以前は露骨な接待が行われ、ソロモンが地方を視察するのがうんざりするぐらいには、大金のかかった催し物などで歓迎されていた。


 それでいてソロモンへの忠誠心など、これっぽちもなかった地方領主が一掃されたのはもはや当然と言えよう。


「こちらへどうぞ、陛下」


 スタハノフが準備したソロモンのための馬車に乗り、一同は港湾部を目指す。


「オンディーヌ上級大将は到着しているか?」


「はい。先ほど連絡がありました」


「忙しいところに悪いが、いろいろと説明がいる。今回の海軍における装備調達はかなり挑戦的だったと考えているからな」


 オンディーヌ上級大将は海軍参謀総長であり、事実上の海軍のトップだ。


 ソロモンはカーミラにそう確認をとると、沿道に動員された民衆に手を振る。


 タルウィ中央駅から港湾部までには、アスファルトで舗装された長く、幅広い道路が走っており、これもまたインフラとして魔王国の工業化を支えていた。


 しかし、いつものは多くの馬車が行き交う道路も今日はソロモンの馬車と警護に当たっている警察軍の騎兵が通るのみ。


 タルウィの街並みは非常に質素で、彩もなく、同じような建物がずうっと並んでいる。これは工業化は進んだから、国民の暮らしが上向いたかと言われれば、全く関係がないというのを示しているものだ。


 工業化はあくまで魔王軍の近代化のためであって、国民を富ませるためではない。特にゴブリンやオークなどの下層民の暮らしなど、バビロンいる魔王軍の重鎮たちにとってどうでもいいことであった。


 ソロモンが行う工業化は魔王軍を近代化させ、これから起きる戦勝に勝利する。ただ、そのためだけのもの。


 そして、いよいよ馬車が港に到着した。


「陛下。ここが新タルウィ港です」


「ふむ」


 港にはコンクリートの岸壁にいくつもの蒸気船が停泊し、巨大なクレーンなどの設備が整えられ、さらにはコンテナターミナルが存在した。そう、魔王軍には輸送のためのコンテナが既に存在するのである。


 コンテナは地球で定められている大きさとほぼ同じ。


 コンテナ輸送のメリットは様々だ。従来の積み荷をそのまま載せる方法では船の重心が傾く可能性や、船や鉄道などから目的の荷物を積み下ろしする際に事故が起きる可能性が高かった。


 しかし、コンテナにすればそれらの問題は解決する。輸送コンテナという同じ大きさの荷物を運ぶことになるので、共通したマニュアルが使用できる。また同じサイズのものを乗せるので事前に計算でき、無駄なスペースも生まれなくなる。


「この新タルウィ港では排水量4万トン級の輸送船が着岸可能で、南の海における主要港となっております。海軍にとっても重要な軍港です」


 新タルウィ港は第一次五か年計画で建設された港で、これまでは木の桟橋があり、漁船が数隻止まっているだけだったタルウィ港を、ここまで巨大な港に作り替えたのだ。


「海運は軍にとっても重要な輸送手段になる。このような港があれば軍としても頼りになるだろう。悪くはないぞ」


「光栄です、陛下」


 陸海空を行くそれぞれの輸送手段で、もっとも多くの荷物を古来から運んでいるのは海運だ。海を利用するというのは今も昔もとても有益である。


「では、軍港の方に向かうとしよう」


 タルウィ軍港は新タルウィ港に隣接している。セキュリティの問題があって一体化はできないが、いくつかの設備は共用していたりする。


 ソロモンたちは新タルウィ港を視察しながらタルウィ軍港へ。


「お待ちしておりました、陛下」


「オンディーヌ上級大将。忙しいだろう所に感謝する」


 タルウィ軍港にてソロモンたちを出迎えたのは、その体に海軍の藍色の軍服を纏ったスキュラだ。


 スキュラとはタコの下半身と女性の上半身を持つ魔族で、魔王軍にも少数ながら存在している。彼女たちは主に海軍の軍人として従軍し、他の魔族たちにはない海の知識で活躍していた。


 オンディーヌ上級大将もそんなスキュラで、深い海のように青みがかった黒髪をショートボブにし、海軍の軍服をしっかりと着こなしていた。


「まず聞くが、新造艦の建造は順調か?」


「はい。戦艦ネレイス級4隻は順調に建造が進んでおります。装甲巡洋艦ヴォジャノーイ級4隻の建造も同様に」


 今回の第二次五か年計画で計画された戦艦4隻、装甲巡洋艦4隻は、このタルウィにある造船所で建造が進められていた。


「では、次に聞くが、海軍はどのようにこれらを運用するつもりだだろうか?」


 ソロモンは陸軍についてはあれこれと口出しし、主導権を握っていたが、海軍に対してはさほど介入していない。だが、今このとき海軍の目的というものを、海軍のトップから聞き出そうとしている。


「我らが海軍は主にふたつの艦隊からなります。北を拠点とする北方艦隊、南を拠点とする南方艦隊。これらふたつの艦隊が魔王海軍の主力です」


 オンディーヌ上級大将はそう説明を始める。


 魔王国は大陸の東側を占領しており、3か所で海に面する。


 すなわち冬は氷に閉ざされる北の海。暖かだが人類とエルフも進出している南の海。そして、利益になるものは何もない東の海だ。


「今回は全て南方艦隊向けの新造艦となります。その理由は汎人類帝国の海軍拡張の動きに合わせたものだからです」


「汎人類帝国の新型戦艦か」


「はい。汎人類帝国海軍はこれまで30センチ砲を主砲とした戦艦を建造していましたが、最新鋭艦は36センチ砲となる、と国家保安省が掴んでいます。そして、我々魔王海軍は未だに30センチ砲が主砲の戦艦を保有するのみです」


 国家保安省は対外諜報も行う。彼らは軍のために情報を集めることもあり、敵の防衛計画や配備されている兵器について軍に報告を行っていた。


 今回は戦艦の主砲という機密性の高い情報についての報告であった。


「それもその数は4隻のみ、だったか」


「はい。旧式化した戦艦を全てスクラップにしたことで予算の余裕は生まれましたが、未だ建造が追いついておらず、我々は脆弱なままです」


 オンディーヌ上級大将はそう懸念を伝えた。


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