ダエーワ造兵廠
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──ダエーワ造兵廠
1723年4月。
魔王ソロモンが第二次五か年計画の進捗を確認するために、工業都市ダエーワと港湾都市タルウィを視察することになった。
案内を務めるのは当然五か年計画大臣スタハノフで、彼は張り切っていた。
「陛下。まずはダエーワに建造されたダエーワ造兵廠をご案内いたします」
スタハノフがそう紹介するのは国営造兵廠であるダエーワ造兵廠だ。
「ここでは軍の近代化を実現すべく、最新型のM1722小銃や口径155ミリ榴弾砲などを生産しております。ご案内しましょう」
スタハノフはそう誇らしげに言ってカーミラを連れたソロモンをダエーワ造兵廠内に案内していく。
「魔王陛下万歳!」
「魔王陛下万歳!」
ダエーワ造兵廠の経営幹部たちが万歳の声でソロモンを出迎え、ソロモンはあまり関心なさそうにそれに手を振って返した。
「ようこそ、陛下。ダエーワ造兵廠長官のトゥアキスであります」
そう自己紹介するのは作業服姿をした人狼の男性で、緊張した様子ながら、何とか笑みを浮かべてソロモンを出迎えた。
「ダエーワ造兵廠では主に軍の近代化のための装備生産を行っております。我が造兵廠は他のどの造兵廠よりも生産力に秀でており、そのことはスタハノフ大臣閣下からの表彰を受けました」
「ダエーワ造兵廠は
「え、ええ。大臣閣下のご指導のおかげです」
スタハノフが語気を強めてそう言い、トゥアキスがそう慌てて頷く。
「気になる点はいくつかある。案内してくれ」
「畏まりました」
案内するのは引き続きスタハノフだが、トゥアキスたちも付いてくる。スタハノフは都合が悪いことはトゥアキスたちに報告させるからだ。
「ダエーワ造兵廠では全面的にライン生産方式を取り入れております。従来のようにひとつの兵器をひとりの職人が作るのではないのです」
「そのようだ。これであれば作業員は自分が担当する作業だけ覚えればいい。だから、簡単に労働者を増員できるし、作業のミスも減る」
「は、はい。その通りです」
「単調な作業になるが、ゴブリンやオークにはちょうどいい」
ダエーワ造兵廠内は近代的な工場になっているが、この改革の元になった知識をスタハノフがどこで学んだかといえば、それは大学だ。そして、その大学でそれを教科書にしたのは他ならぬソロモンである。
そう、ソロモンこそ魔王軍の知識の源だと言えた。
「規格の統一は成功しているか?」
「もちろんです。ネジの一本に至るまで規格は統一されており、規格に満たない製品を製造したものはサボタージュの罪で厳罰に処しております」
規格の統一はソロモンが目指していたものであった。
かつて魔王軍では製品に合わせて、部品を調整していた。大きすぎるネジならばヤスリをかけて小さくするなどしており、その大きさは製品ひとつごとにムラがあった。
これは複数の意味でよくない。
まず生産性の面から考えて非効率である。部品が製品の設計図に合わず、いちいちヤスリがけしたりする時間がもったいない。
また運用の面でも不安が残る。無理やり合わせた部品が強度不足を引き起こす可能性があったし、破損が起きた際に同じ兵器同士で部品を融通することもできなくなる。これは戦場では致命的だ。
そこで共通規格が動員されたのだ。
全く同じサイズを部品を製造していれば、上記の問題は解決する。生産者は設計図通りに作ればそれでよく、設計図通りに完成した製品は運用する側も安心できる。
これはまだ工業力で名高いドワーフやそれに次ぐ人類でも導入されていない概念だ。
「よろしい。これは徹底するように。基準を満たさないものは不良品として全て弾け。全てだ。ここで生産されるものには前線の兵士たちが命を託すのだ。万が一は絶対にあってはならない。いいな?」
「重々命じておきます」
兵士たちが命を預けられない兵器は、それだけで失敗作だ。
ソロモンたちはスタハノフの案内で生産ラインを見て回り、最後に完成品が保管されている倉庫を訪れた。
「こちらはM1722小銃の完成品です。どうでしょうか?」
「悪くない」
M1722小銃は現在の単発式小銃を代替するものだ。同じくボルトアクション式だが、箱型弾倉による連発銃となっており、火力は大きく向上した。ただし、それに合わせて口径は7.62ミリとなったため、弾薬の互換性はない。
当初はゴブリン向け、オーク向け、人狼向け、などなどといくつかの種類を作る予定であったが、ソロモンが無駄としてひとつのモデルに集約された経緯がある。
「この銃は我々魔王軍の牙となる。全軍にこの銃が配備されるよう努力せよ」
「はっ!」
ソロモンはそう言い、スタハノフとトゥアキスたちは頭を深々と下げた。
「次に行くぞ」
ソロモンはスタハノフが恐れていた質問はしなかった。
それは第二次五か年計画の達成が可能な数値は出ているのかというものだ。ダエーワ造兵廠では労働力の確保に遅れ、未だ1722年度の目標を達成できていない。
スタハノフは今もメアリーに頼んで集団農場以外の場所からも、強制移住を進めさせてもらっている。それでもまだまだ労働力は不足しているのだ。
次に向かう先は港湾都市タルウィで、そこまでは列車で向かう。
ソロモンは特別に準備されたお召列車へと乗り込んだ。巨大なソロモンでも中に入れるように空間操作の魔術が使われた車両が、彼の乗る車両である。
「カーミラ。グリューンからの追加の報告書は上がったか?」
「いいえ、陛下。グリューン大臣からの新しい報告はございません。何かお気になさることが?」
「少しな。あのダエーワ造兵廠の工員、想定したものより人数が多かった」
「強制移住は禁止されたのですは……」
「禁止はしていない。ただ、それぞれに考えろと言っただけだ」
ソロモンはカーミラの言葉にそう返しただけで、それ以上その話題を出さなかった。
「ダエーワ造兵廠はかなり効率化できていた。導入したばかりの電気を使った工作機械も問題なく動いているようだったからな。概ねライン生産方式もちゃんと機能しているようだった」
「陛下が大学の教授たちにお教えした通りですね」
「発想の元に私の知識かもしれないが、この世界の存在に合わせたのは教授たちだ。手柄を横取りはしない」
ソロモンがスタハノフから受け取った資料をめくりながら言うのにカーミラは少しばかり疑問を抱いた。
ときどきソロモンはあたかも別の世界があって、そこにある進んだ技術をこちらに持ってきたかのような言い方をするのだ。
確かに悪魔たちが存在する別の世界──すなわち地獄が存在するということは、どの宗教でも言われているが……。
だが、カーミラがそのような疑問が浮かんでも、決して言葉にせず、ただソロモンを布任じることにしていた。
それが彼女の忠誠のありようだ。
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