伝統と革新
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──伝統と革新
討伐軍の装備する口径75ミリ野砲は装甲化されたトロールによって牽引されていた。
この野砲はソロモンによる改革によって魔王陸軍に広く配備されているもので、火力においては主力となるものだ。軽量で、機動性が高く、兵站への負荷も比較的小さいというのが普及した理由である。
この野砲は旅団所属の砲兵が装備しており、規模は1個大隊16門。砲兵大隊所属のトロールたちは牽引してきた野砲を設置し、人狼の砲兵が砲弾を込める。
砲弾の種類はキャニスター弾という小さな子弾を散弾銃のように放つものだ。
ソロモンは数に任せた人海戦術を自分たちも行うからこそ理解していた。敵歩兵の突撃を粉砕し、隊列と士気を崩壊させるための武器の必要性を。
「撃てっ!」
人狼の将校の号令を同時に野砲が一斉に火を噴いた。
キャスター弾が貴族連合軍の戦列歩兵を薙ぎ払う。
肉の塊を鉛の雨で砕く。そう表現すべき残酷な殺戮が一瞬にして展開された。ゴブリンもオークもミンチになり果て、生き残ったものも恐慌状態に陥っている。
そして、討伐軍砲兵はすぐさま次弾を装填。近代的な砲弾や銃弾のために開発された無煙火薬は、従来使用されていた黒色火薬と違って砲身に煤の汚れが溜まることなく、連続した射撃を可能にしている。
「なんてことだ。酷い損害だぞ……」
「前進だ! 駆け足前進! 進め!」
それでも貴族連合軍の傭兵たちにできるのはゴブリンとオークたちを無理やり前進させることだけであった。その命令でストレスで僅かな知能すらも低下しきったゴブリンとオークの戦列歩兵が駆け足で進む。
と、ここで砲兵の後ろから討伐軍歩兵が姿を見せる。彼らは地面に伏せると銃火器を構えて、その狙いを貴族連合軍の歩兵に定めた。
しかし、ここで明確に貴族連合軍と討伐軍で異なるのは、討伐軍は戦列歩兵のような密集した陣形をとっておらず、効率的に散開して前進しているということだった。
そのような状況で銃声が響き渡り、再び貴族連合軍の隊列が崩れる。
「よく狙え。よく狙って撃ち殺せ」
拳銃を手にした人狼の将校たちがゴブリンたちの射撃を監督し、貴族連合軍の隊列をにらむ。貴族連合軍の戦列歩兵は今も伏せることなく、立ったまま前進していた。
ここに装備の違いが現れている。
貴族連合軍は銃口から銃弾を装填する
対する討伐軍は銃尾から装填する後装式のライフル銃を使用している。口径11ミリでボルトアクション式の単発銃であり、現代の銃火器と比べれば、その火力は限定的だが、貴族連合軍相手にはすごぶる有効であった。
ライフリングは命中精度を著しく向上させ、戦列歩兵のような密集陣形を組まずとも、命中を期待できる。それによって散開した歩兵は敵の銃撃に強く、砲撃にも強い。正面から散開し、陣地を築いた歩兵を撃破するのは困難だ。
「クソ。戦列歩兵はほぼ壊滅だ。次はどうする?」
「砲兵で殴り合えば数で劣るこちらが負ける。騎兵を出すしかない」
貴族連合軍が保有する火砲は僅かで、かつ旧式であるため射程においても劣る。それも城壁に防衛のために据えられていて、前線には配置されていない。
やむなく貴族連合軍側は騎兵を出すことに。
しかし、本来戦列歩兵が敵に肉薄し、その火力を制限している間に繰り出されるはずだったものだ。この状況で投入したところで、何が変わるというのか?
そんな疑問を残しながらもバイコーンに跨った胸甲騎兵が戦場に姿を見せた。
「フラアアアアァァァァ──────ッ!」
彼らは勇敢にも討伐軍に向けて騎兵突撃を実行。雄たけびを上げた騎兵が突撃する。
この騎兵突撃については愚かだったとしか評価されていない。既に貴族連合軍の歩兵を退け、完全なフリーハンドを得ていた討伐軍の歩兵と砲兵にその全火力を叩きつけられた騎兵は、あっさりと全滅したのだ。
こうして討伐軍は野戦にて勝利を収めた。
貴族連合軍はほぼ7000名の兵士をすり潰し、何ひとつとして得られなかった。
「後はオドアケルどもの首を取るだけだな」
敵野戦軍の壊滅を見届けて、ソロモンがそうシュヴァルツ上級大将に告げる。
「はっ。いかなる手段をもってしてもオドアケルの首を陛下に」
「よろしい。このジュランは古い都市だ。悪しき旧体制の象徴とでもいうべきか。この都市の城壁と自治権はこれまで改革を妨げてきた。よって、だ」
シュヴァルツ上級大将の言葉にソロモンが命じる。
「破壊しろ。もう価値のない都市だ。価値がないどころか逆族どもを庇い、不利益ですらある。砲撃でも何でも行って構わん。オドアケルどももろとも葬れ」
「了解」
この後、城塞都市ジュランに猛烈な砲爆撃が加えられ、城壁は決壊し、なだれ込んだ討伐軍によって市民の多くが殺害された。
貴族連合軍の有する最後の3000名もあっさりと撃破され、ジュランの市庁舎に立て籠もったオドアケルたち貴族連合の首魁は、最終的に降伏した。
オドアケルたちはそのままジュランの外に連行され、斬首刑と相成る。
「カーミラ。今回の戦いをお前ならばどう評価する?」
天幕にてソロモンは侍従長のカーミラにそう尋ねた。
「貴族連合の戦い方は伝統的でした。特に最後の愚かな騎兵突撃は、伝統という理由がなければ行われすらしなかったでしょう。ですが、勝利されたのは陛下の革新された軍隊。広めれば国民にはよい勉強になるかと」
「その通りだ。戦いそのものはくだらないものの、プロパガンダには有効な勝利であった。まだ私の改革に反発する古い魔族は多い。そういう魔族を押さえるためには、プロパガンダも必要であろう」
ときとして無価値に思える勝利も、声高に叫ぶことで士気を上げ、価値のある勝利に繋がることがあるとソロモン。
彼は情報戦の意味を理解していた。自分の改革を認めさせるには、それが成功した事例を示すのが一番有効であるということを。
今回の勝利はその役に立つ。
「国家保安省のジェルジンスキーに後で執務室に来るように伝えておけ。それから今回の戦いの戦功についての資料を準備しておいてくれ。勲章はいくら出しても懐の痛まない褒美だ。今回も遠慮せずに放出するとしよう」
「畏まりました。仰せの通りに、陛下」
カーミラがソロモンの言葉に恭しく頷く。
「お前は頼りになる存在だ。私の改革は始まったばかりで、成し得たことも小さい。これからはまだまだ長くなるだろう。そのときお前がいれば、私としても助かる」
「光栄の限りです」
ソロモンはカーミラのことを信頼していた。
多くの貴族が謀反を起こした裏切り、王都バビロンにも不穏分子が存在し、改革に反発するあらゆる魔族がソロモンへの攻撃を画策する中で、カーミラだけは信頼がおけた。
「お前だけは私を裏切るなよ」
ソロモンはそうひとり呟く。
1720年10月。反乱の首魁オドアケルの死をもってして第二次貴族戦争は終結。
ソロモンはこの勝利を受けて地方領主を全て廃止すると宣言し、彼らの土地は全て国有化された。農場は効率的な集団農場へと転換が進められ、農地から工業地帯への人口の強制移住は止まることはなかった。
このことは後々に大きな影響を与えることになる。
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