内戦の敗者
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──内戦の敗者
魔王ソロモン自ら率いる討伐軍が総攻撃を仕掛ける1時間前。
城塞都市ジュランの市庁舎の一室では憂鬱な空気が流れていた。
「ソロモンは我々に降伏を勧告した。だが、やつが我々の同志たちに行ったことを見れば、それが信頼に値せぬのは明白だ」
そう唸るように言うのは黄金の鱗をした老齢のグレートドラゴン。この反乱を起こした首魁であるオドアケル侯爵だ。
しかし、その翼の筋力は明らかに衰えており、それに反するように旧陸軍のカーキ色の軍服に包まれたその腹は大きく突き出している。
「やつは我々の同志たちを生きたまま八つ裂きにし、その首を王都バビロンの城門に晒した。かつて、我々と同じようにやつに挑んだ聡明にして、猛々しきアレクサンダー侯爵のように!」
貴族の反乱はこれが初めてではなかった。
これに先立つこと1707年4月。法改正によってソロモンは地方領主たちの力を削ぎ、中央集権の基盤固めを試みた。自治権と貴族としての特権を事実上剥奪し、貴族が特権から多大な金銭を得て、武装することを防ごうとしたのだ。
これに対して反発が起き、吸血鬼の貴族アレクサンダー侯爵が指導者となり、最初の貴族連合が結成され、第一次貴族戦争が勃発した。
アレクサンダー侯爵たち貴族連合は猛々しく戦い──愚かに敗北した。
その末路はオドアケルが語る通りだ。斬首されたアレクサンダー侯爵の首は、今もバビロンの城門に晒されている。
「しかし、オドアケル候。既に我々はここまで追い詰められてしまった。たった4年でだぞ? 4年で15万を超えるの規模を誇った貴族連合が、もはや1万の兵士かおらん。それも雇われ兵ばかりだ!」
列席している貴族連合の貴族のひとりがそう叫ぶ。
当初15万を超える規模で武装蜂起した貴族連合だったが、今や見る影もない。
それもそのはず。蜂起は起きる以前からソロモンに把握されており、開戦とほぼ同時に各個撃破されてしまったからだ。
貴族連合に加わった貴族の領地に次々に討伐軍が押し寄せ、15万の軍勢の半数以上が結集することなく撃破された。そのためソロモンは今も動員している6万以上の軍を動員すらしていない。
慌てたオドアケルたちは、この城塞都市ジュランを辛うじて奪取することには成功し、以後この戦争の間、立て籠もり続けている。
「だが、我々は蜂起しなければならなかったのだ。我々の領民たちをソロモンは強引にバビロンやダエーワに移住させた。残されたのは働き手を失い、荒廃していく先祖代々の土地だ。あのままでは我々は斬首されずとも真綿で絞殺されただろう」
「そうだ、そうだ! 我らの領民を返せと言わねばならなかったのだ! そもそもバビロンやダエーワ、モレク、アエーシュマなどという場所に大量の魔族を集めて、あの男は何をしようとしているのだ?」
「大きな製鉄所や工場をやたらめったらと建てておるらしい。無意味なことだ!」
貴族たちが好き勝手に発言するのに、ここでオドアケルがドンとテーブルを叩く。
「では、諸君。我々は戦って死ぬ。名誉ある魔王国貴族として誇り高く。よいか?」
オドアケルはそうテーブルに列席する貴族たちを見渡して尋ねた。
「異議なし!」
「ここまで来て退けようか!」
「我らが誉を見せてやろう!」
貴族たちは高らかと賛同の声を上げて、拳を握り締める。
今のこの市庁舎の中には、自分たちの悲劇的な運命に酔っているかのような、それに加えて自分たちのエゴを押し通すことだけを考えているような、そんな醜い感情が僅かだが感じられた光景が見えていた。
しかし、そのような空気を掻き乱すように伝令が飛び込んできた。息を切らせた伝令がすぐさま報告を行う。
「オドアケル候閣下! ソロモン軍に動きがあります! こちらに向けて前進している模様です! いかがいたしますか!?」
「来たか。迎え撃つぞ。準備せよ!」
オドアケルは命令を下し、貴族連合軍1万の戦力が動き始める。
ジュランの城壁内に立て籠もる戦力は3000名。残る7000名は野戦に挑む。
「我ら傭兵団『夕暮れの刃』! いつでも戦えますぞ!」
「我々『炎の鉄槌』こそ真の戦士たちだ!」
貴族連合軍を構成するのはほぼ傭兵である。
反乱の最初期においては密かにオドアケルたちが準備した兵もいたのだが、それらは緒戦で相次いで撃破されてしまい、結局は傭兵を雇うことになった。
「ソロモン軍の規模は?」
「4万から6万かと……」
「ならば、そう簡単にこのジュランは落ちはせん」
オドアケルも城壁に姿を見せて、副官から報告を受けていた。
「この城塞都市ジュランはこれまで幾度となく外敵の侵略を退けてきた。今回もそうなるであろう。仮にここを明け渡すとしても、ソロモンの忌々しき軍勢に大打撃を与えてくれるわ」
オドアケルがそういう中、貴族連合軍がジュラン周辺に布陣。
彼らの戦術はマスケットを装備した歩兵によ戦列歩兵の形成と、その戦列歩兵を形成するゴブリン、オークの物量で相手を押さえて、その隙に騎兵突撃を実行するというものであった。
騎兵は傭兵の中でも人狼や吸血鬼、珍しいところではリザードマンたちによって構成されている。またそれらを援護するための火砲が少数配備されいた。
多くの傭兵団が参加しているため、彼らの軍服と掲げる軍旗は実に色とりどりで見た目には美しいまでに鮮やかだ。だが、その中身は練度も異なれば、装備も異なるという統一性のなさである。
「隊列、前進!」
ジュランの外に展開した7000名は遠方から迫る討伐軍に対して前進を開始。
太鼓が叩くリズムに調教されたゴブリンとオークは歩幅を合わせて前進していく。知能の低い彼らでも訓練すればこれぐらいのことはできた。
彼らの正面から討伐軍の隊列が迫る。
「あれは……」
「甲冑を纏ったトロールか」
討伐軍も貴族連合軍も鎧を使うのはとうにやめていたはずだった。マスケットという銃火器の発明は鎧を陳腐化させ、その存在意義を失わせていたからだ。
銃弾によって容易に貫かれて防御の役に立たず、重たいために行軍を遅らせ、配備するのには手間暇がかかる。全く以て無駄だった。
しかし、討伐軍の巨大なトロールは甲冑を纏っていた。あたかもそこに鋼鉄の巨人が現れたかのようにして。
「こけおどしだ。怯むな!」
傭兵団の人狼が指示を下し、戦列歩兵は前進を続ける。
銃弾の軌道を安定させるライフリングのないマスケットの射程は実に短い。相手の黒目が見える距離で撃ってようやく当たると言われるほどだ。
想像力というものが著しく欠如したゴブリンとオークたちはこの先に待ち構えている虐殺など想像できず、命じられるままに前進を続けた。
「敵の隊列が止まったぞ」
「まだ距離はあるのにか? 怖気づいたか?」
まだ撃ち合う距離にもならないうちに討伐軍の隊列が止まり、貴族連合軍の将校たちがその不可解な行動に首を傾げる。
「──! 敵の火砲を確認! 凄い数だ!」
悲鳴のように上げられたその声が虐殺の訪れを告げた。
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