人類滅亡の日 ~魔王軍強すぎて勇者でもどうにもなりません!~
第616特別情報大隊
内戦の指導者
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──内戦の指導者
大陸中央歴1720年10月。
第二次貴族戦争の勃発から4年が過ぎた。
魔王ソロモンの改革たる第一次五か年計画に反発した貴族連合の起こした反乱は、今や急速に鎮圧されつつある。そして、追い詰められた反乱の首魁たるドラゴン貴族オドアケルの討伐にはソロモン自ら親征を行っていた。
「シュヴァルツ上級大将。包囲は完了したか?」
「はい、陛下。全軍配置についております。ネズミ一匹逃がしは致しません」
魔王ソロモンは大悪魔だ。
その体はグレートドラゴンには劣るが巨大で、平均的なトロールの3倍はある12メートル近い身長。二本の巨大な角は禍々しく、燃えるような真っ赤な瞳を有する。また、その顔立ちは邪悪な化け物としかたとえようのないものであった。
そんな化け物が魔王軍大元帥の白い軍服を纏っていた。まるで野蛮なけだもの風情が文明を手にしたかのようにして。
この世ならざるもの。邪悪の中の邪悪。全ての魔族の王。それが魔王だ。
その魔王の言葉に応じるのは陸軍の黒い軍服を纏った人狼の軍人だ。人狼の名の由来の通り、人の姿にもなれるその人狼は今は魔族としての姿をしていた。すなわち半人半狼の姿である。
闇夜に紛れて人間を八つ裂きにし、生きたまま食らう化け物としての姿だ。
そんなシュヴァルツ陸軍上級大将でもソロモンの前では小さな子供のように見える。
「敵は1万。こちらは6万。負ける謂れはないな」
「はっ。その通りかと存じます」
ソロモンがオドアケルの立て籠もる城塞都市ジュランの鎮圧に準備した兵力は敵の6倍である6万。その大部分が使い捨てのゴブリンやオーク、トロールだったとしても、大兵力には変わりない。
この兵力を支えるために準備された街道をバイコーンの引く馬車が往復して、物資集積地から次に物資集積地物資を運び、兵站線を形成している。
部分的に動員された鉄道については、まだその真価を発揮するまでではなかったとソロモンは見ている。技術的なトラブルがあまりにも多すぎたと。
「私の名においてオドアケルに最後の降伏勧告を出せ。その首を差し出すならば、一族は幽閉するだけで済ませてやると。貴重なグレートドラゴンの血筋が絶えるのは、我々にとっても
「畏まりました、陛下」
ソロモンはそう命じると本営が設置されている天幕を潜った。魔術によって拡大された天幕内には最高司令官であり、同時に国家元首であるソロモンにとって必要なものが全て揃っている。
ソロモンが暖かな食事を求めれば提供する料理人たち。情報を求めればすぐに報告する陸軍の侍従武官たち。体調が悪いと言えば
「カーミラ。戦争は終わるぞ」
「明るい知らせであります」
侍従長は美しい吸血鬼の女性で、すらりとした体には喪服のような黒いドレス姿を纏い、カラスの羽根のように髪をシニヨンにして纏めている。ほんのりと化粧と香水の香りを漂わせた、そんな上品な女性だ。
「英雄たちの時代はもう終わった。王が英雄にならねばならぬ時代も同様に。何故だか分かるか、カーミラよ」
「数からなる群れの力が個を遥かに上回ったが故でしょうか?」
「そうだ。我々は群れを強大化させてきた。今やオークのような下層民ですら、集まればグレートドラゴンを殺すほどだ。だが、それをなすのに必要なのは、ただ数を集めればいいわけではない。統率が必要だ」
魔王軍には明確なカースト制度が存在する。
ゴブリン、オーク、トロールのような低知能の下層民は、基本的に奴隷のそれで権利など何もない。それらを支配するのは吸血鬼、人狼、ドラゴンたちカースト上層民で彼らに魔王を害さない限りの自由が認められている。
「見ろ。この小さな電信は王都バビロンの様子を今も私に報告している。シュヴァルツも同じものを有し、この包囲網を布く軍の指揮官たちに指示を出し、報告を受けている」
「情報を常々陛下は重要視されておられますね」
「ああ。だが、その情報があるだけでは意味がない。情報を解読するリテラシーが必要だ。そのために参謀本部を設置し、士官学校で教育を受けさせるようにした。情報が伝わり、それを理解し、正しい決断で指揮を行う。これが統率だ」
鉄道路線の拡大と同時に設置された電信。モールス信号で情報を伝えるそれは、この戦場である城塞都市ジュラン周辺と王都バビロンをも繋いでいた。
この電信があり、遠方にいようよバビロンで何が起きているか把握できるからこそ、ソロモンは親征に踏み切ったのである。
「英雄たちが血を流し、個人が戦場を支配し、その勇敢さが歌に謳われる時代は終わった。これからの戦争は退屈で、まるで会計官がそろばんを弾くように、あたかもひとつの公共事業のように行われるものになる」
「それが陛下の目指されるものでしたら、素晴らしいことかと」
「かもしれんな」
ソロモンはそう呟くと王座に座り、肘を突いた。
そこでシュヴァルツ上級大将が天幕に入ってきて、その軍帽を脱ぐと無帽の敬礼として僅かにソロモンに向けて頭を下げる。
「陛下。オドアケルは降伏を拒否し、こちら軍使の首を送ってまいりました」
「なら、容赦は必要ない。殺せ。逆族どもを殺し尽くせ」
「了解」
ソロモンはそう命じ、シュヴァルツ上級大将が頷く。
そこでカーミラが僅かにソロモンに訴えるような視線を向けた。
「……ああ。そうだな。此度は親征だ。私も将兵たちに姿を見せておくとしよう」
「それは将兵の士気も上がることでしょう」
シュヴァルツ上級大将に命令を下したのちにソロモンはそう思って椅子から立ち上がり、天幕を出ると軍勢が布陣しているジュラン周辺の土地に赴く。
巨大なソロモンが騎乗するにはバイコーンですらも不足し、この世に一頭限りの神の馬とも言われているスレイプニルという軍馬が使われていた。
「猛々しく忠誠心ある兵士たち」
討伐軍6万は5個狙撃兵師団より編成されている。
1720年における魔王軍の平均的な歩兵師団たる狙撃兵師団の編成は以下の通り。
・師団本部
├2個狙撃兵旅団
│├旅団本部
│├2個狙撃兵連隊
││└3個狙撃兵大隊
│└1個砲兵大隊
├1個砲兵連隊
│└3個砲兵大隊
├工兵大隊
├偵察中隊
├通信中隊
├衛生中隊
└補給中隊
1個狙撃兵大隊1000名のうち半分はほぼ使い捨てのゴブリン、オーク、トロールの兵卒からなる。そして、残り半分はそれらを指揮する人狼または吸血鬼の将校と、精鋭歩兵としての人狼で編成されている。
「今、逆賊オドアケルに鉄槌を下さん。敵に愛されようとするな。敵に恐れられよ。敵の血で渇きをいやし、肉で腹を満たすがいい。どこまでも残虐であれ」
「魔王陛下万歳!」
魔王ソロモンの言葉に魔族たちが万歳の声を響かせる。
「勇士たち! そして、化け物ども! 人間が我らの影に怯えるようにオドアケルの軍勢も怯えさせよ! 我々の爪と牙、そして剣からは決して逃れられぬと教えてやるのだ! 我らは妖鬼のごとく!」
「我らは妖鬼のごとく!」
シュヴァルツ上級大将は人狼と吸血鬼向けにそう呼び掛けた。
我らは妖鬼のごとく、とは人間の詩人が魔族について謳ったフレーズだ。その詩については、ほとんどの人間、エルフ、ドワーフの娯楽作品を禁止している魔王軍において、例外として許可されていた。
それは士気を上げるのに好都合とソロモンが判断したためだ。
自分が恐れられる化け物だと認識したものは強い。
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