第4話

 通りに面したカフェで道行く人たちを眺める。

 小さな子を連れた家族連れは皆無でサラリーマンが多いのは、平日だからだろう。


 いつだったか健斗と

『平日の中で一番影が薄いのは何曜日か』

 という話をして盛り上がったことを思い出す。

「そっか、今日……木曜じゃん」

 ボソッと呟く。


 礼音は火曜日を推していたが、健斗が木曜ゴリ押しだったのを思い出した。影が薄い曜日にはきっと事件も少ない、と言い出した健斗と、妙に盛り上がって犯罪の起こりにくい曜日を調べたりした。結果、空き巣なら月曜、事故なら金曜が起きやすい、など種類によって答えはさまざまだったが、逆に、この曜日は事件が起きづらい、ということもなく、悪いことはいつ起きても不思議ではない、という結論に達した。


「いや。今日は木曜だ。きっと大丈夫」

 ざわざわする心を落ち着かせるように、呟く。


 携帯を取り出すと、メッセージに既読が付いているのに気付く。時間は……二分前! 返信がくるかもしれない、と画面を凝視する。

『至急って、なに? どうかした?』

 来た!

 礼音はそのまま画面をタッチし、電話を掛ける。しかし、ワンコール終わる前に切られてしまった。すぐさま、メッセージが届く。

『電話は無理! ごめんけど、書いといて! 後で読む』

 このメッセージを読み、少し安堵する。命の危険があるような文章ではないからだ。

 とするなら、やはりさっき見えた「選ばなかった未来」より、現状の方がいいということになる。


 そもそも礼音に見えるのは、選択を外れた未来であり、それがどんな未来であれ、自分には関係のないものである。関係のない未来に縛られるなど、意味がない。


「アホらしい。帰ろう」

 礼音はさっきまでの緊張感を解き放ち、念のために、と明日海と真央にも健斗から連絡があったことを報告し、家路につく。


 玄関で靴を脱いでいると、不意にやってくる眩暈。


「なんでだよ……」

 もう、この件に関してはカタが付いたのではなかったのか? 分岐点になるようなことが何かあったか? と考えるが、よくわからない。


 ──薄汚い小屋のような場所に、健斗がいる。手には携帯を持っていた。誰かと電話をしているようだが、ひどく揉めていた。

「だから、あいつとは別れたんだって」

 ムッとした言い方でそう口にした健斗の言葉に、礼音の心臓が大きく跳ねる。


(別れた?)


「どうやって、って……確かにしつこかったからな。でも、もう大丈夫だ。明日からは平和に暮らせる。約束するよ」

 そう言って、携帯を持っていない方の手をじっと見つめる。その手は赤く染まっているのだ。


(なん……だ、あれは?)


「……ああ、愛してるよ、カナエ」


 プツリ、とそこで映像が途切れる。壁に手をつき、礼音は大きく肩で息をする。今、見えたものは一体なんだ? 健斗は、彼女である明日海とは違う名を口にしていた。手には赤い……多分誰かの血。それはつまり……

「ちょっと……待てよおい」

 口元を抑える。


 礼音は急いで携帯を取り出すと、明日海に電話を掛けた。呼び出し音が二回鳴り、繋がる。

「もしもし、明日海? 今どこっ?」

 切羽詰まった物言いに、電話の向こうで明日海が不思議そうな声を出す。

『礼音? なによ、どうしたの?』

「今どこだよっ」

『今? 健斗から呼び出されたから、向かってるとこだけど?』


 やはり健斗からの呼び出しを受けている。ではさっきの未来は……いや、あれは選んでいない方の未来だ。ということはこのまま明日海を行かせても問題はないのか。しかしカナエという人物は多分健斗の浮気相手。ならば、

「どこに呼び出されたんだっ? 俺も向かうよ!」

『へ? なんで?』

「なんでって……ちょっと健斗に用事あるしっ」

 焦る礼音に疑問を持つ明日海。

『じゃ、地図送るけど……。ほんと、どうしたの? 大丈夫?』

 心配されてしまう。

 だが、心配されるべきは明日海の方なのだ。……多分。

「すぐ向かうから!」

 そう言い放ち、電話を切る。


 程なく届いた地図を見ると、街外れの方角。こんなところに呼び出して、一体どうする気なのか。


 礼音は大きく息を吐き出すと、両手で両頬をパンッ、と叩く。脱いだばかりの靴を再び履き、外へと飛び出した。

 ぐらり、と空が回る。また、眩暈だ。一日のうちにここまで何度も未来が見えたことなどない。礼音は門の前で頭を押さえた。


 ──舞台の上に、健斗が立っている。やがてスポットライトが健斗を照らし、ガッツポーズ。

「カナエのおかげでここまで来られました!」

 マイクでそう言うと、会場から大きな拍手が上がった。

 ふと、自分の隣を見ると、今にも泣き出しそうな顔の明日海が、壇上の健斗を見て呟く。

「……礼音、私、こんな未来望んでなかった」

 礼音はそんな明日海を、そっと抱き寄せた。


 プツリ、と映像が途切れる。


「……なんだ、今のは?」

 明日海は、生きている。


 しかし、謎は深まるばかりだった……。


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