第3話
カフェに着いて三十分。健斗から新しいメッセージが届いたは届いたのだが……
『今日、やっぱり行けそうもない。ごめん』
『また連絡する!』
健斗の身に何が起きたのか。これではまったくわからない。しかし、こちらからメッセージを送っても、既読にはなるものの一切返答がないままだった。
「あのバカ、なにやってるのよ」
さすがに不安になったのだろう。明日海の声は真剣そのものだった。
「探した方がいいのかな?」
麻央もそう口にするが、
「手掛かりがなさすぎるだろ」
礼音が溜息を吐く。
しかし、このまま何もしないでいいものなのか、それもわからない。
失踪したわけではないのだ。連絡は来ているのだし。ただ、どこで何をしているのかが分からないだけ。試しに電話もかけてみたが、どうやら電源を切ってしまっているらしく、繋がらなかった。
「切羽詰まってる感じでもないしさ、様子見るしかなくない?」
現状を打破する、確固たる何かが見つからない。それとも、健斗の友人だという「先輩」を何とかして調べ上げるべきなのか。ここは分岐点かもしれない、と礼音は感じていた。
「明日海はどうしたい?」
卑怯かもしれないが、大事な分岐点を一人で決めることなど出来なかった。恋人でもある明日海の意見を尊重して、先を決めたい。
「気にはなるけど……ちょっとしたトラブルを大袈裟に言ってる可能性もあるしね。今、なにかをしようとしても、礼音の言うように手掛かりがなさすぎるもん」
答えは、なにもしない、だ。
「だね」
「わかった」
真央と礼音が頷く。
次の瞬間、礼音が眩暈に襲われた。いつものやつだ。重大な分岐点の後の、礼音が「選ばなかった未来」の映像。
──暗闇の中、椅子に腰掛け項垂れる男……健斗だ。よく見れば後ろ手に縛られて固定されているようにも見える。小さく肩が上下して、椅子の下には……血溜り。
「うわっ!」
思わず大声を出す。
「えっ?」
「なにっ?」
明日海と真央が驚いて礼音を見る。
「……あ、ご、ごめん。今、ちょっと……眩暈」
心臓がバクバクと鳴る。見えた未来で、健斗は血を流していたように見えた。今までは、選ばなかった未来こそが最善であるケースが多かったはずなのに、何故? という不安が礼音の頭を駆け巡る。いや、もしあれが最善の答えであるとするなら、今、行動を起こさなければもっと悪い結果が待っているというのか?
礼音が頭を抱えたまま思考を巡らせていると、
「ねぇ、顔真っ青だけど、大丈夫?」
と明日海が顔を覗き込んでくる。
「あ、うん。大丈夫だ」
人生は選択だ。
常に自分が選んだ先の道を進む。その選択の先にも、時間は流れている。
ここで改めて二人に「やっぱり健斗を探そう」と提案するのはどうだろう、と考える。しかし、それは最初の選択時に戻ることになるのだろうか? それは「探さないと決めたが、選ばなかった方の未来に不安を抱いたためやはり探すことにした未来」になるのだ。元に戻すことにはならない。言うならば、最初の選択は「探さない」だが、今動けば「探す」ことになる。それを見越して、未来が見えたのだとしたら、探さない方が正しいのか、探す方が正しいのか……と考え出せばキリがなかった。
それにしても、と思う。引っ越しのバイトからあの状態になるものなのか。一体、誰の引っ越しを手伝ったのか。
「明日海、先輩の代わりに行くことになった、って話だけどさ、その、頼んできた先輩ってのは、誰か知ってるの?」
「ううん、知らない。健斗、顔広いし、学校の先輩なのか、バイト先の先輩なのか……」
確かに、健斗は人懐こいがゆえに知り合いが多いのだった。バイト先の先輩、と一概に言っても、今のバイト先の話か、前にバイトしていたところの先輩か、それもわからない。
「俺、メッセージ入れておくわ」
携帯を出し、打ち込む。
『至急の用事あり。手が空いたら連絡よこせ』
いつもなら書かないようなメッセージを、グループではなく個人宛に残しておく。
これを読めば、きっと連絡をしてくるだろう。
なんだか嫌な予感がする。とにかく、どこで何をしているのか、無事なのかだけでも知りたいと思っていた。
仮に、見えた未来が最善だとするなら……あれで最善ということは、健斗の命が掛かっている可能性がある。引越しの手伝いがどうして監禁に繋がるのかはわからないが、少なくとも見えた光景の中で健斗は息をしていた。なんとかして助け出さなければならない……のかもしれない。すべてが憶測ではあるのだが。
「なんだか、変なことになっちゃったね」
麻央が呟く。皆同じ気持ちだろう。
「今日はもう……解散しよっか」
明日海の一言で、三人は別れることとなった。このまま悶々とした気持ちのままでは楽しく遊ぶことも出来ないだろうという判断だ。
礼音は携帯を片手に考える。まだ陽は高い。このまま家に帰っても構わないが、なにか動きがあるかもしれないのだ。そう考え、特に用もないまま町をうろつくことにした。
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