第2話

 軽く食事を終え、お互いの近況などを話し尽くしてもなお、健斗からの連絡はない。


「……何があったんだと思う?」

 携帯を見ながら、なんとはなしに麻央が言った。

「バイトって言ってたんだよな?」

 礼音が確かめるように口にすると、明日海が、

「うん、今日はみんなと会うから、バイトは入れないでおいたんだけど、急に先輩から『人手が足りないから手伝ってほしい』って呼び出された、って」

 人付き合いのいい健斗のことだ、頼まれて嫌とは言えなかったのだろうな、と想像する。

「何のバイトだって?」

 麻央の質問に、明日海が答える。

「引っ越しって言ってたよ? 午前中には終わるから、遅れないで行けると思うって」


 結果、遅れている上に、おかしなメッセージ。ヘマして荷物を壊したりしてしまったのだろうか、とも考えるが……電話を掛けられないほど切羽詰まった状況というのは考えにくい。


「もしかして……ヤバい引っ越しとか?」

 急に声を潜めて、麻央。

「ヤバい引っ越しってなんだよ?」

 礼音が半笑いで言うと、明日海まで声を潜め始める。

「夜逃げの手伝いとか?」

「いや、夜逃げなら引越しは夜だろ」

 冷静に返す礼音。

「運ぶのは引っ越しの荷物じゃない、とか?」

 麻央が眉を寄せ、言う。

「は? 死体でも運ぶって言い出すのか?」

「しっ!」

「声が大きい!」

 女性二人に注意され、思わず口に手を当てる礼音。

「……って、そんなわけないだろうよ」


 さすがに現実的ではない。二人の妄想話は面白いが、本当だったら笑えないし、さすがにそれはないだろう、と一蹴する礼音に対し、明日海と麻央は勝手に盛り上がっている。


「古い、大きなスーツケースを山奥まで運んで埋める、とか」

「中型の冷蔵庫を海まで運んで遺棄する、とか」

「……だから、そういうことなら夜中だろ。平日の午前中にやることじゃないって」

 勝手に話を盛り始める二人に目を向ける。

「闇の組織を裏切った男の行く末かしら?」

「産業スパイってもある」

「そんなはない」

 サラッと否定する礼音を、二人がキッと睨みつける。

「俺が二人の視線で射殺いころされそうだ……」


 そうこうしているうち、店はランチ客で溢れ始める。食べ終わったならさっさと帰ってくれない? というウエイトレスの視線が冷たく刺さる。

「場所、変えるか?」

 いたたまれなくなった礼音の提案で、三人は店を出た。

「今、健斗にはメッセージ送っておいた。カフェに移動するね、って」

 グループメッセージに書かれた文字。しかし、既読はつかない。

「全然既読つかないね」

 麻央が溜息を吐く。


 今日は、本当なら四人で映画に行くはずだった。絶対に見たかったかと言われればそこまでではないのだが、せっかく集まるのにただ駄弁だべって終わるのはつまらないからと、無理矢理ねじ込んだのである。だから、映画に行けなくなることそれ自体は別に構わない。が、このまま待たされるだけで終わってしまうのは、なんだかつまらない。


「来れるといいな、健斗」

 ポツリ、礼音が口にすると、図ったかのように携帯が震える。

「あ! 返事!」

 明日海が携帯を手に、読み上げる。


『いま車の中。雰囲気最悪。どこに向かってるか不明』

『降ろしてほしいんだけど、無理そう』

『ごめん』


 立て続けに、三つのメッセージ。

 その内容に、三人は顔を見合わせる。

「ちょっとこれ……」

「本当に、ヤバいんじゃ?」

「マジかよ」

 しかし、この文面だけでは健斗がどこにいるかは全くわからない。助けに行こうにも、動けないのだ。


「……どうする?」

 麻央が明日海に言った。

「どうする、って……」

「だってこれ、放っておいても大丈夫なのかな?」

 さすがに心配になってきたのだ。

「なぁ、明日海。健斗の携帯の位置情報とかわかんねぇの?」

 礼音が聞くと、明日海はきょとんとした顔で

「どうやって?」

 と聞いてくる。

「いや、今ってそういうアプリあるじゃん? 恋人同士で使ったりするって聞いたことあるからさ」

 お互いの位置情報がわかる、というアプリ。浮気防止にもなるとかいうやつだ。

「そんなの使ってないよ! 私、そんな激しい束縛女じゃないもんっ」

 怒らせてしまった。

「いや、まぁ、そうだよな……」

 三人は同時にふぅ、と息を吐き出す。


「とりあえず、移動しよっか」

 通い慣れた道。高校時代はこの道をよく四人で歩いた。特に高三の夏以降は、部活もなくなり毎日この道を一緒に帰ったものだ。

「懐かしいね」

 多分全員が思っていただろう言葉を、明日海が発する。

「ほんと、まだ一年も経ってないのにさ。妙に懐かしく感じるよね」


 感傷に浸るほど歳を重ねたわけではない。だが、高校時代と今では何もかもが違って見える。子供のままでいたかった自分を、無理やり大人へと近付けているのは自分自身なのか、それとも世間なのか。制服を脱いだあの時から、確かに何かが変わったのだ。


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