第一章 告白 ①

「おはようございます」

 正門に仁王立ちする生徒指導の男性教師に挨拶しながら歩みを進める。時刻は八時二十五分、男性教師が「急げ」と言うので、遥やその周りの生徒は小走りで下駄箱へ向かう。下駄箱に着くと男性教師の目には届かないので、遥は息を整え、ローファーを脱いだ。そして、下駄箱の扉を開けた時、一枚の便箋が飛び出し、空間を舞って床に落ちた。二つ折りにされたそれを開くとただ一言。

『放課後、第二校舎の屋上に来てください』

 その途端、遥の胸が強く高鳴った。如何せん質素ではあるが、これは紛れもないラブレターである。そして、遥はこの手紙の差出人を知っている。七里結架ななさとゆいかである。なぜなら昨晩、来週に迫った中間試験の勉強を口実に通話をしていたときに告白をしたからだ。

 手紙をしまい上履きを履くと、遥は浮き足立って気分よくクラスへ向かう。自覚してないが、表情はかなり緩んでいる。教室に着くと、始業時刻ギリギリということもあり、クラスメイトのほとんどが来ている。遥は自分の席に荷物を置いて後ろの席の方を向いた。

「おはよ」

「お、おはよ。めっちゃギリギリじゃん」

 遥が声をかけたのは梅郷将悟うめさとしょうご。中学からの腐れ縁というやつで、サッカー部由来の筋骨隆々な身体と程よく焼けた肌が特徴だ。

「昨日も七里さんと寝落ち電話してたん?」

「寝落ち電話じゃないし!まあ、電話はしてたけど。で、告白した」

 将悟とは何でも言える仲なので、当然、お互いにお互いの恋愛事情も知っている。

「へー、やるじゃん。で、どうだったの?」

「いや、電話の最後の方に急に言ったから『ちょっと待って』って言われて…」

「え、でも直ぐに答えられないってことは?」

 将悟はあえて遥の不安を煽るように質問をする。すると、遥はリュックから先程の便箋を取り出して、将悟に見せた。

「これ、さっき下駄箱に入ってて、可能性あるんだよ」

「へー、そういえば、七里さんまだ来てないね、もしかしたらその手紙、誰かのイタズラじゃない?」

「違うよ、バレー部の朝練でギリギリなんでしょ」

 そう言ったのと同じタイミングでチャイムが鳴った。担任の女性教師も教室に入って、皆、着席して喧騒はチャイムの終了と共に無音となった。推定二十代後半の担任は普段の朗らかで柔和な印象とは対照的に酷く憔悴し、険しい表情である。それを不思議に思っていると、もう一度教室の扉が開いて、今度は教頭が入ってきた。

「みなさん、おはようございます。早速ですが、皆さんに大事なお知らせがあります。落ち着いて聞いてください。」

 担任が震えるように声を出すのを見て、遥をはじめとする生徒たちも周囲と目配せするような動揺をみせる。担任が「教頭先生、お願いします」と言うと、皆の視線はそちらへ集中する。

「突然のことではありますが、七里結架さんが今朝、交通事故で亡くなられました」

 その瞬間、教室中が阿鼻叫喚に溢れた。結架は決してクラスの中心人物という訳ではないが、人当たりがよく気遣いのできる性格を好む人は多かった。そのため、ある女子生徒は友人と抱き合って泣き、ある男子生徒はその事実を脳が処理できず開いた口が塞がらない。担任も両手で顔を覆うようにして涙し、教頭も苦虫を噛み潰したような表情で俯く。

 当然、遥も同じである。いや、それ以上かもしれない。

(え、なんで、なんで結架が、死んだ、結架が、なんで?)

いくら脳内で反芻しても一向に答えは見つからない。

「犬の散歩中に誤ってリードを手放してしまい、追いかけている最中に轢かれたそうです。ニュースでは意識不明の重体と言われてますが、実際は頭を強く打ってしまい、即死だったそうです」

 教頭が続けざまに言うが、遥の耳にも誰の耳にも届かない。遥の脳は情報の整理が追いつかずショート寸前。机に伏して、目を閉じると結架の顔が浮かび上がってくる。閉じた目から涙が溢れ始め、やがて嗚咽となる。すると、朝食を食べなかったからか、急に吐き気へと変わり、そのまま嘔吐してしまう。

 遥はそのまま気を失った。

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遥かな青の先に、彼女はいた 柳瀬 悠衣 @Yanase_Yui

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