引きこもり少女はダンボールの中で心を解く。

流川縷瑠

第1話 自己愛

いつからだろうか、

自分のことを好きになれなくなったのは。


せみがうるさく鳴く暑い夏の日。

家の窓から、見える学校のグラウンドには、せみにも負けない声を張りながらランニングをする野球部。

せみの声が夏の暑さをさらに強くする。

私は机に広げた、参考書とノート宿に目を落とす。

ノートは真っ白。

窓から入りこんだ風が、参考書のページをパラパラとめくるのを私はぼうっと眺める。


学校の真裏まうらに住んでいると、

夏休みでもやたらと学生の声、校内放送などなどいろんな学校の音が聞こえてくる。

学校にいるときは、周りから隔絶された空間にいるように感じるが実際はそんなことはない。

こんなふうに近所には音は漏れてるし、グラウンドに出れば姿も見える。

なんだかこっそり観察されているみたいで少し怖い。

学校は、学校という特別な場所のような気がしていたから、学校も街の一部なんだなと私は初めて理解する。

私は自分の世界がまだ小さいことを知った。


県立世羽高等学校けんりつせばこうとうがっこう

普通の公立高校。

私の家はその真裏の、ちょうどグラウンドが見える位置にある。


グラウンドには背の高い男どもが談笑しながらグラウンドの整備をしている。


こんな暑い日にも部活なんて大変だなと万年帰宅部の私は他人事のように呟く。


野球帽を被った男と、目が合った気がした。


なんだか悪いことをしているような気がして私はすっとカーテンを閉める。


こんな距離、目が合うわけないのに。


だがどうせ知らない人だし、と割り切り私はまだ白いノートに向き合う。





如月導きさらぎしるべ

県立山守高校けんりつやまもりこうこう3年

17歳

誕生日 2月13日

帰宅部







/////////////////////////////////////////////////////


「如月」

名前を呼ばれて私は振り向く。

振り返ると、少し長めの前髪を横に流したマッシュ髪の男がいた。

確か名前は、花巻涼太はなまきりょうた

サッカー部で、同じクラスの男子でクラスではかなり目立つ方の男。

そんなに話したことはないはずだが。

疑問に思いながらも私はノートを片付けていた手を止め、花巻を見る。

花巻は、私の机の横にぴたりと止まる。


「風井しらん?」

「知らない、けど。なんで私に聞くの」

「中学一緒って言ってたから」

私は言ってない。

おそらく風井が花巻に言ったのだろう。

心の中でため息をつく。

「風井とよくいる林に聞けばいいと思う」

「そっか、ごめんありがとな」

颯爽さっそうと去る花巻。

花巻が離れていきそっと息をつく。

……他の女子の視線が痛い。

私は視線に気づかないふりをして、またノートを片付け始める。



同じ中学でも、風井と話したことなんてそんなにない。

それでも放課後風井がどこにいるかなんてことを私に聞く花巻はどうかしてる。

私は心の中で文句を言う。



私の一日はほとんど誰とも話さずに終わる。

今日みたいに少し、話しかけられて会話をすることもあるがこれは極めて少ない。


放課後チャイムがなったら、

ノートをしまい、ロッカーに行き、運動部が部活の準備をする横を通り抜けて、私は自転車に乗る。


そうやって一日が終わっていく。

私はペダルにぐいっと力を込めて自転車を漕ぎ出す。


「あ、土曜覗いてた女」

帰り道、

家の前の学校、世羽高の前を通った時。

知らない男に突然指をさされた。

制服からして世羽高生なのはわかるけれど、全く面識がない。

それに初対面の相手に指をさされるのは気持ちのいいものではない。

私は顔をしかめて、思わず自転車を止める。

男の、友達らしき人が不思議そうに私をみる。

「誰?知り合いなん?」

「いや知らん」

じゃあまじで誰なんと笑う友達。

内輪ノリで盛り上がるのはやめてほしい。

そして用がないなら私の進行方向からどいてほしい。

「土曜にさ、野球してたら、なーんか視線感じるなって思って上みたんだよ。

グラウンドの裏の家の方からこっち見てたんだよちょうどこの女が」

男はヘラっと顔を歪めて笑ってみせる。



土曜?野球?

私は頭の中の記憶を探る。

………あ、あいつか。

宿題をやっていた時練習してた野球部。

目、やっぱり合ってたんだ。

私は恥ずかしくなって、目を逸らす。


ていうかよく考えたら、あんな遠くから私の顔見えてたのやばくないか。

私は顔なんて見えなかったのに。

男は何も言わない私の顔を見て、少し困ったように首を横に傾ける。


「あ、もしかして違った?」


違くはないが、そうですというのもなんだか恥ずかしくて私は自転車に乗り、男の隣を通り過ぎる。


「待って、名前教えてよ」


後ろから声が聞こえる。

ナンパかよ(笑)

ナンパじゃねーよ(笑)

その後にからかう声が聞こえてくる。


あー内輪ノリ。


私はペダルにぐっと力を込める。


ぐっ


ぐっぐっぐっ


ぐっぐっぐっぐっぐっ


遠ざかる声。

最後に聞こえたのは、“ノムラキヨツグ”という名前だった。




家に着くと、すぐに階段をのぼり自分の部屋に入る。


バタン


勢いをよくドアを閉める。


力が抜けたようにドアにもたれかかる。


………嫌だなぁ。


世羽高の男。

風井。

花巻。

クラスの喧騒。

今日1日の記憶が雪崩のように流れ込む。


どの場面にも、全部、嫌な自分がいる。


私は座り込み、かばんを放り出す。

外からは部活の声が聞こえてくる。


蝉の声。

夏の暑さが部屋に入り込んでくる。

外の熱気がだんだんと私の部屋に侵食してくる。

汗がたらりと頬を伝う。

このまま溶けてしまいそうだ。



「今はどのような感情ですか?」


声がした。


私は顔を上げる。

丸い球体のようなものが目に映る。


でも、ボールじゃない。


ガラスみたいに、もしくは水のように透明なそれは、少し空気に揺れているようにも見えた。


「今は、どのような感情ですか?」


……喋った?

これが喋ってるの?

私はおそるおそる“それ”に触れてみる。


すっ


ひんやりとした感覚。


水の中に手を突っ込んでいる感じだ。

水面がゆらぐように“それ”が少し震える。

手を引き抜くと、元の形に戻る。

水とはまた違うのか、触れた手は特に濡れた様子もなく変わらない。


なんなの、これ。


まるで宇宙人に出会ったような、どきどき。


これは、一体何?


“それ”はまた同じ言葉を繰り返す。


「今は、どんな感情ですか?」


「び、びっくり、してる」


私が答えると“それ”はぷるんと震える。


「驚き、びっくり、驚き。

それはプラスマイナスで表すとどちらですか?」

「プラス、かな」

「なるほど、了解しました。」


またぷるんと震える。

“それ”は私にずいっと近づく。


「では、ついてきてください。」

私の体もドアも全てをすり抜け、“それ”は外へと向かう。

私は何がなんだかよくわからないけれど、導かれるように“それ”の後を追った。





水のような“何か”は、私を住宅街まで連れ出し、家の中に入って行った。

小さな二階建ての家で、赤い屋根が少し周りと浮いていた。

中に入るのには一度躊躇ためらったが、こんなよく分からない何かを放っていくわけにも行かないと思い、私は思い切って中に入る。

なぜか家の鍵は開いていてすんなりと入れた。


“何か”は2階に向かった。

私は“何か”を追いかけて、階段をのぼる。


ぎっ


床の軋む音に少しビビりながら、私は“何か”

を追う。

“何か”は部屋の中に入っていく。

ドアを見ると、プレートに“コモレビの部屋”と書いてあった。

ドアノブに手をかけ回す。



如月導きさらぎしるべ


「17歳

帰宅部、前回の試験の成績は学年順位六位」


「髪は肩ほどの長さで、瞳はやや茶色。

目は切れ長で少しきつめ」


黒髪が頬にかかる。

丸い瞳が、私を捉える。

綺麗な声が私の耳に届き、やっと目の前の人物の口から発せられているのだと気づく。


「合ってる?」


私はこくりと頷く。


黒いパーカーの中から、ちらりと見える顔はやけに幼く見える。

歳は私より下くらいだろうか?

“水のような何か”が黒パーカーの人物に近づく。


優しく黒パーカーの人は“何か”を撫でる。

「如月導、彼女を選ぶなんてこれはなんの偶然だろうね。

まぁいいや、今日は彼女にしよう。」


黒パーカーから黒髪がちらりと見える。

唇の端を持ち上げ、にこりと笑う。


「私は、コモレビ。

君の感情をいてみせよう」


“水のような何か”がぷるんと震える。


カーテンが閉め切った暗い部屋の隅で、ダンボールの中に入るコモレビと名乗る少女。

それと謎の生き物?が並ぶ異様な状況に私は、ただ驚いたとしか言えなかった。




「急にこの子に連れられて驚いただろう、まず質問を聞こう。なんでも答えるよ。」

私はコモレビの言葉に従い、質問する。

「えっと、なんでダンボールの中に……?」

なんだそんなことを聞くのかというような顔をした後、コモレビは少し体を動かして体勢を整える。

「心地よいからだ。狭い空間が好きなんだよ。」

まるで猫のような回答をしてから、他には?と目で促される。


私は少し考えてからコモレビの手に抱えられた“それ”を指差す。


「それは、なんなんですか?生き物?」


「分かりません」

答えたのは、それ自身だった。

コモレビが補足するように話す。

「この子には、痛みも感情もない。

拍動する心臓もなければ身体もない。

私たちの目に見えるこの水のようなものも、触れているようで触れていない。」

コモレビがぎゅっと“それ”を抱きしめるが、通り抜けたように“それ”は元の形に戻る。

「だがただ一つ、この子には確かに目的がある。それは“人間の感情を知ること”だ。

この子は感情を知りたがっている。

だがそこにも問題があった。」

コモレビが私を見る。

丸く幼い瞳がこちらを見ている。

小さい唇が動く。


「この子は感情を言葉でしか理解できない。言語化された情報でないと、感情と理解できないらしい。」


「だから私は君のように複雑な感情を抱えた人間をここに連れてきて、この子にいているのだよ。」


複雑な感情?

この少女は私の何を知っているのだろうか?


というか、


「なんでそんなことをするの?」


コモレビは首を傾げる。


「なぜ、とは?」

「“それ”が、感情を知りたいのはなんとなく分かったけど、なんで、わざわざあなたが私をここに連れてまで教えようとするのはなんで?」

コモレビはなるほどと頷き、親指と人差し指を立てる。

「理由は二つある。

一つ、簡単な感情は説明しきったのだがそれではまだこの子が“知りたい”というので、具体的な例を持った外部の人間を使ってより多くの感情をくために君を呼んだ。

ちなみに、君はこれで三人目だ。」


「二つ、なぜ私がこの子に感情を教えるのかという疑問についてだがそれは単純な私の知的好奇心だ。」


コモレビはまるでプレゼントを開ける前の子どものような目をする。


「感情を知りたいこの子が、全ての感情を理解した時どうなるのか……気にならないか?」

気にならないけど。

私はそう思ったが口には出せなかった。

なぜならコモレビの目が眩しいくらいにきらきらしていたからだ。

私は思わず頷いた。

コモレビは嬉しそうに笑う。


………違う違う。

私は慌てて首を振る。

感情がどうとかいう話はこの際どうでもいい。

コモレビのペースに流されるところだった。

私はドアノブに手をかける。


「どこに行く?」

「帰ります」

「なぜ?」

コモレビは不思議そうな顔をする。

私は子どもに言い聞かせるように言う。

「私は別に“それ”がどうしようと知ったこっちゃないし、他人ひとの感情を勝手に分析してやろうって話でしょう?そんなこと頼んでないし、してほしくないの。だから帰ります。」

コモレビは想定外だというように慌てたように身を乗り出す。

「はぁ!?乗り気みたいな雰囲気だったじゃないか!!」

「あれはなんか貴方に流されただけで、私は興味ないから!」

ドアノブを捻る。

「失礼しました」

「ちょっと!待てって!!」

コモレビの声を無視して、家から出る。

走って外に出るが、追ってくる様子はない。

どうやら外には出てこないらしい。

私はコモレビの家に背を向け、家に戻った。




/////////////////////////////////////////////////////




「如月さん」

少し高めの声。

私はノートを片付ける手を止め、振り向く。

視線が合うと、にこりと微笑んでみせたのは、髙橋和多留たかはしわたる

私の斜め後ろの席で、よく廊下で生徒指導の河合に捕まってる人だ。

昨日の花巻もそうだが、髙橋和多留もあまり話したことはない。

昨日に続きなぜこんなに話しかけられるのか。

というか彼女が私の名前を覚えていたことが衝撃だ。

赤く塗られたメイクが彼女の瞳の印象を強くする。

「ごめんね、帰り急いでる?」

「いや、大丈夫」

よかったーと言って彼女はあいている席に座る。

「あのさー夏休み明けの体育祭の話なんだけどさ。前に、卓球とバドとバレーでどれに出るかって決とってチーム分けしたじゃん?

でも急遽バレーだった子が足やっちゃったみたいで人が足りなくなってうちのクラス出場できなくなりそうなんだよねー」


あーなるほど。

だから私に入ってほしいという話か。

ちらりと髙橋和多留の顔をみる。

眉を下げて不安そうな顔をしてはいるが、断られるなんて微塵みじんも思っていないような顔だ。

まぁ、断る理由もないか。

私は二つ返事でOKする。


「ほんと⁈ありがとう!

私もバレーいっしょだから頑張ろうね〜!」

喜びながら離れる髙橋和多留。


如月さんオッケーだって?

うんまじ助かったー

絶対優勝しようね!


教室の隅のよく響く会話が、私の耳に届く。

ノートをカバンに突っ込み今日はロッカーに寄らずにそのまま駐輪場に向かう。


「あ、如月」

また名前呼ばれた。

私は足を止める。

この声は、風井。

振り向かなくてもわかる聞き慣れた声の方を向く。

「お前昨日花巻に絡まれたろすまん」

風井はあんまりすまんと思っていないような顔で、謝る。

私は別に気にしてないという意思を込めて手を振る。

「いや、いいよ」

風井は少し眉をひそめながら私を見る。

「………如月、今顔こえーよ」


顔?

私は自分の顔に触れる。

私、今どんな顔してる?

切れ長な目は元からだ。

少し怒っているかのように見えるのも元から。

私は黙って、風井の横を通り過ぎる。


できるだけ早く、歩く。

自分の自転車を見つけ、鍵を取り出す、

………あれ、ない。

スカートのポケットにも、カバンのポケットにもどこにもない。

隅々まで探すが、見つからない。

もしかして教室?

私は校舎の方を見る。

ランニングしている部活が通り過ぎる。


校舎に向か足を止め、私は校門の方に方向を変える。


夏らしい蒸し暑い天気が制服にべったりとくっついて気持ち悪い。

自転車なら、三十分でつく道を私はゆっくりと歩いている。

足が疲れてきて痛い。

けれどここで足を止めてしまったら、もう動けない気がして私はまた足を踏み出す。




髙橋和多留が、嫌だったんじゃない。


私は心の中で呟く。


断りたかったとか、そういうんじゃない。

あの時、別にいいかと、本当に思ったんだ。

私は汗と一緒に言い訳を吐き出す。


頼まれたら、断る選択肢は除外する。

“頼ってくれてる”

そんなふうに都合よく解釈した、しようとする自分がいる。


小さい頃から“如月導”はそういう人間で、他人と関わろうとしないくせに他人から見た自分を人一倍気にする。


そんな自分が嫌い。


私は頭に出てきそうになった暗い記憶達に急いで蓋をする。


………あーなんか嫌だ。

夏休みも、体育祭も何もかも来なくていい。

ただ時間を止めてうずくまっていたい。










私の、このぐちゃぐちゃな気持ちも、コモレビならほどいてくれるのだろうか。


私の足は自然にコモレビの家へと向かっていた。

やっぱり鍵は開いていて、

コモレビは暗い部屋の隅のダンボールに入っていた。

私の姿を見て、満足そうに唇の端を持ち上げる。


「君の感情を、いてあげようか?」


私は頬を伝う汗をぬぐいながら答える。

「お願いします」






「まぁ好きなダンボールに座れ」

コモレビは部屋の端に並べてあるダンボールを指差す。

この部屋に椅子はないのだろうか。

というかダンボールが椅子代わりなのか。

私はコモレビに言われるがまま、手近なダンボールに座る。

意外としっかりとしていて壊れる心配はなさそうで安心する。


ぬっ


壁から水のような謎の“何か”が部屋に現れる。

コモレビは優しく“それ”を撫でた後、少しぽんと押す。


すると“それ”は、ぽよぽよと私の方に向かってくる。

コモレビはじっとそれを見ている。

私は何がしたいのかわからなかったが、異様に“それ”が私に近いところまで来てやっと異変に気づく。


このままだと顔にぶつかる!


予想通り、“それ”は私の顔にぶつかった。

溺れる!と一瞬思ったが、水とはやはり違うようで普通に呼吸ができる。

水の中みたいなのに、何もないみたいだ。


少し歪んだ視界から見えるコモレビが口を開く。

「この子は、感情を理解することはできないが、感情の情報を脳から得ることができるらしい。そしてこの子が得た情報を整理し、言語化するのが私の役目だ。」


コモレビのいう情報を得たのか、水のような“何か”は私の頭から離れていきコモレビの方に戻っていく。


「いい子だ」

コモレビは“それ”を撫でた後、ずいっと“それ”に手を突っ込む。

何をしてるんだろう?

私の視線に気づくとコモレビは説明してくれる。

「今君の頭の中の情報をこの子を通して私も得ている、二、三秒もすれば終わる」

「ふーん」

私は黙ってコモレビの様子を見る。

見た目は幼く見えるが、本当はいくつなのだろう。

話していると大人っぽくも感じるし、子どもっぽくも感じる。

本当に不思議な少女だ。


コモレビがなるほど、と言いながら突っ込んでいた手を引き抜く。

「妬み。羨望。嫉妬。と言ったところか」


妬み。羨望。嫉妬。

私はコモレビの言葉を繰り返す。


なんだか簡単に名前をつけられてあまりスカッとしない。

そんな言葉で片付けられる感情なのか?

私が腑に落ちないという顔をしていると、

「話はまだ続くが?」

コモレビが私の顔を見て言う。

「……お願いします」

コモレビが満足そうに頷く。


「感情をくということは、単に感情に名前をつけることではない。

その感情が何と絡まっていて、何を生み出しているのか。絡まった紐をほどくがごとく紐解くことを私は、感情をくと言っている。」


「まず君のこの暗い感情を生み出しているのは、君の自己肯定感の低さが原因だ。わかりやすく言うならば、君は自分が心底嫌いなのだろう?」


私は俯く。

それは肯定を意味していた。


暗い感情。

周りを気にする自分も、

本当は周りと関わりたい自分も、

一人が平気なふりをする自分も全部、

私は嫌いだ。



“如月”

“如月さん”


話しかけられた時、私はまず相手に自分がどう映るかを考える。

嫌われないように、

動きも言葉も視線も意識する。

嫌われないようにだけして、私は一線を引いて彼らには近づかない。

嫌われることが怖くて、逃げているんだ。

そんな自分に気づいて、嫌って、隠して、忘れたふりをして、私はずっと世界で一番私を嫌っているんだ。


「周りと比べること自体は悪いことではないが、自分に対する評価が君は低すぎるから羨望が妬み、嫉妬に繋がりさらに自己否定が重なり苦しみの連鎖が生まれているのだろう。如月導の感情が複雑化しているのは、全ての感情の中に自己否定を繰り返しているからだ。」

「なるほど、理解しました」

水のような“何か”がぷるんと震える。

コモレビは満足そうに微笑む。


私は、一人まだ俯いていた。

本当は分かっていた。

こうして自分の感情が分かっても私はどうしたらいいかわからない。

この感情はずっとあって、消えなくて、ずっと私は私を否定し続ける。

ずっと私はきっと私が嫌いなのは変わらない。


私は立ち上がる。


「ありがとう、少し、すっきりした。」


ドアノブに手をかける。

「私は君が好きだよ」


私は手をとめる。


コモレビの言葉に耳を傾ける。

「君は君が嫌いかもしれないが、私は君が好きだよ。誰かが好いてくれている“君”をもう少し肯定してもいいと思う。」

私はコモレビを見る。

あいかわらずダンボールに入ったまま。

幼い丸い瞳がこちらを見ていた。

肯定。

コモレビの言葉が私の心にストンと落ちる。

「……ありがとう、コモレビ」

私はドアノブを回し、部屋を出る。

外に出た時には少し、気持ちが軽くなっていた。




暗い部屋。

部屋の隅にはダンボール。

少女は如月が去って行ったドアをじっと見つめる。

「……まさか、同じ学校の子に会うとは思ってなかったなぁ」

コモレビは水に似た“何か”を、そっと撫でる。

水に似た“何か”はまた、感情を知るためにどこかへ向かう。

コモレビは一人暗い部屋で笑みをこぼす。

少女はまた、感情を解く時までしばし眠りにつく。





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