第30話 あつあつを召し上がれ
「いやー、びっくりしました」
「本当に毎回すみません。怪我はありませんでしたか?」
申し訳なさそうに謝るナオユキとは対照的に、テッシュウは嬉しそうに大きなしっぽをブンブンと振っている。
「今回は、しりもちをつかずに済みました」
茂みから飛び出してきたのはテッシュウだった。飛び掛かるテッシュウを受け止めたとき、ふらついたアオイをミサキが支えてくれた。
散歩中、テッシュウが急に走り出したので、ナオユキが急いで追いかけてきたところ、アオイたちに出くわしたとのことだった。
「今からミナコさんのところにご飯を食べに行くんだけど、良かったらナオユキ君も一緒にどう?」
ミサキが誘うと、ナオユキたちもちょうどミナコの家の方に向かうところだったということで、一緒に行くことになった。
テッシュウがアオイに寄り添うように歩き、その後ろをミサキとナオユキが歩いている。
ミサキがヒデオの果樹園のことをナオユキに話した。
「『自然は教師なり、自然を眺めて学び、自然に即して考える』ですね」
ナオユキが言うと、テッシュウがナオユキの方を一度振り返り、フンと鼻を鳴らした。
それぞれが近況を話しているうちに、ミナコの家に着いた。
ナオユキがテッシュウに外で待っているように言うと、一度だけ寂しそうに「クゥーン」と鳴いたが、諦めたのか伏せの姿勢になり、そのまま目をつぶった。
ミナコの家の扉を開けると、中からにぎやかな声が聞こえた。中に入ると、部屋の端っこの二人掛けのテーブルで、年配の男が二人向き合ってお酒を飲んでいた。酔っているのか話に夢中なのか、アオイたちには見向きもしなかった。
「こんにちは」
ミサキがキッチンの方に声を掛ける。
「いらっしゃい。あら、珍しい組み合わせね」
エプロンを付けたミナコがキッチンから出てきた。
「はい、今日はアオイちゃんと二人でヒデオさんのブルーベリーを収穫する予定だったんですけど、中止になっちゃって。ナオユキ君とはここに来る途中で会ったんです」
三人は、四人掛けのテーブルに座った。
「あ、でもブルーベリーもらってきたんですけど、使います?」
ミサキが、ブルーベリーの包みが入ったバッグを持ち上げた。
「いいね。この間、ナオユキ君が持ってきてくれたキジバトをソテーして、ブルーベリーソースで食べようか?」
「美味しそう、お願いします」
ミサキはそう言うと、ブルーベリーの包みを机に広げた。
ミナコは、キッチンから器を持ってきてブルーベリーを必要な分だけ入れると「じゃあ、のんびり待ってて」と言い残し、キッチンに入っていった。
「ハトって食べられるんですか?」
アオイは、恐る恐るナオユキに尋ねた。
「ここの動物は、みんな自然の中で木の実なんかを食べているので、クセがなくてとても美味しいです。ちなみにキジバトはフランス料理では高級食材です」
二人掛けのテーブルでお酒を飲んでいる男たちの声がだんだん大きくなってきた。聞き耳を立てるつもりはなかったが、自然と三人は黙ってしまった。
「確かに今日、ミネラル散布するって決めて、散布ドローンの予約入れてたんだよ」
一人が語気を強めて言った。
「何言ってんだよ。どうせ酔っぱらって日付を間違えたんだろ」
もう一人が皮肉っぽく返す。
「けっ、俺は酔っぱらってても間違えたりしない。酔っぱらって誤認逮捕なんかする誰かさんと違ってな」
「俺が、いつ罪もない人間に手錠をかけたよ?」
「あ、ごめん。それはお前の趣味の方だったな。ハハハハハ」
「なんだと!お前こそ一度自分の頭を開いて脳みそを見てみた方がいいんじゃないか」
「なんだと!もう、お前が寂しいようって泣いてても遊んでやんないからな」
「誰が遊んでもらってるって?俺が幼馴染みのよしみで友達のいないお前の相手をしてやってるんだろ」
「あんたたち、うるさいよ!あんまり騒ぐと出禁にするよ!」
そのとき、キッチンから料理の乗ったトレーを持って出てきたミナコが二人を一喝した。
二人は驚いて静かになり、気まずそうに視線をそらした。
アオイとミサキがすぐに立ち上がり、「まだ、ありますよね。とってきます」と言ってキッチンに残りの料理を取りに行った。
二人の年配の男は、ミナコがテーブルに置いた料理を見て、「いいなぁ、俺らにも食わせてよ」と言ったが、
「何言ってんの、あんたらはさっき唐揚げとフライドポテト山ほど出してあげたでしょ。まったく、いい歳したおっさん二人が、十代の子が食べるようなもんばっかり食べてたら早死にするよ」とまたもや一喝された。
「大体、昼間っからお酒なんて飲んで、何やってんだか」
「おい、ヤバいぞ」と二人は小声で話し、席を立つと「ごちそうさん、またくるよ」と一目散に出て行った。
アオイとミサキが、残りの料理の乗ったトレーを持ってくると、テーブルに並べて四人で食べ始めた。
「あの二人、幼馴染らしくて、たまに二人で来ると、お酒飲んで同じ話ばっかりして、毎回、エキサイトし始めるんで、最後は私が怒鳴って追い出すの」
ミナコは微笑みながら、キジバトの肉にフォークを刺した。
アオイは、キジバトのソテーをじっと眺め、ブルーベリーソースをたっぷりつけて口に入れた。
「美味しい、全然臭みとかなくて、肉の味とブルーベリーの甘酸っぱさがとてもよく合ってます」
「ほんと美味しい。赤ワインが欲しくなっちゃう」
ミサキも感嘆する。
「美味しいです。自分、普段は塩コショウで焼いて食べるくらいだから、こんな食べ方初めてです」
ナオユキも驚いた様子で言った。
それぞれが感想を述べ合いながら、料理を楽しんだ。
「たまには大勢で食べるご飯もいいわね」
ミナコは、三人の食べる姿を見ながら、幸せそうに微笑んだ。
「そういえば、今日はあの二人、何の話でエキサイトしてたの?」
ミナコが思い出したように聞いてきた。
アオイは、残り少なくなったソテーを口に運びながら、先程までの二人のやり取りを説明した。
「ふーん、その人、シュウイチさんと言ってね、昔は大学病院で脳外科の教授をしてた人で、ものすごい記憶力の持ち主なの」
日に焼けた顔で、粗暴に話すシュウイチの姿を思い出して意外に思った。
「いくら酔っぱらってるって言ってても、シュウイチさんが予定を間違えるなんて、ちょっと考えられないわ」
ミナコは首を傾げたが、何かを思い出したのか、ぱっと手を打った。
「そうそう、変なことって言えば、この間、ポストに新品の絵の具が入ってたの。私、絵なんて描かないから、なんだろうと思ってたの。そしたら、その日のお昼に、画家のおじさんが来て、もしよかったらってパームシュガーの瓶を出したの。それを見て、もしやって思って、おじさんに絵の具を渡したら、お互いの頼んだものが入れ替わってたみたいで、こんなこと初めてだったんで、珍しいこともあるねって話してたところなの」
「最近、変なこと多いですよね。今の話といい、さっきの話といい、今日のヒデオさんの果樹園だってこれまでなかったことですから」とミサキが言った。
ミサキの言った「これまで」という言葉が耳に残った。これまでと違うことといえば、三期住民が入ってきたことくらいかもしれない。アオイは、自分以外の三期住民のことはまだ聞いたことがなかった。
今起きている不可解な出来事に三期住民の誰かが関係しているとするならば、自分以外に何人くらいの人間が三期住民としてこの地に来たのだろうと考えながら、キジバトの最後の一切れを口に入れた。
BIC特区 北野裕司 @U-_-ZY
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