最終章
第29話 不機嫌な果実
ミサキの家で一夜を過ごしてから数日が経った。あの日から二人の距離は一気に縮まり、毎日のように連絡を取り合い、他愛のない会話を楽しんでいた。
アオイは、相変わらずのんびりと毎日を過ごしていた。変わったことと言えば、ルイにもらった干し網で保存食を作り始めたことくらいで、魚やキノコ、塩漬けした肉などを干していた。完全に乾燥するまでにはもう少し時間がかかりそうだったが、天候が怪しくなってきた。雨が降りそうであれば室内でTIに乾燥してもらうこともできるが、あくまで自然乾燥にこだわりたかったので少し残念に思った。
今日は、ミサキと一緒にヒデオのところでブルーベリーの収穫を手伝い、ミナコのところで昼食を食べ、午後からはミサキの家でブルーベリージャムを作る予定だった。少し雲が多くなってきた空を見て、天気が持てばいいなと思い、足早にミサキの家に向かった。
ポーチで待っていたミサキと合流し、歩いてヒデオの果樹園に向かった。ヒデオの家が近づくと、どこか慌ただしい雰囲気が漂っており、見慣れない白い車が一台停まっているのが見えた。
「あれ、中央管理局の車だよ。何かあったのかな?」
ミサキがそう言うと、二人は自然と歩みを速めた。
家の前まで行くと、トモキが地面に一生懸命絵を描いていた。
「あれ、今日何曜日だっけ?」と考える。特区に来てから、どんどん曜日感覚が失われている気がする。
「こんにちは、トモキくん。」
ミサキが声を掛けると、ぱっと顔を上げ「ミサキお姉ちゃんだぁ!」と駆け寄ってきた。
「なんかね、ブドウが大変で、中央管理局の人が来てパパと難しい話をしているんで暇なんだ。」
トモキがふくれっ面で地面の石を蹴った。その時、家のドアが開き、姉のユウナが出てきた。
「トモキ、まだ拗ねてるの。あ、こんにちは。」
ユウナはアオイとミサキに気づき、丁寧にお辞儀をした。
ユウナの後ろに束ねた艶やかな黒髪が、しなやかに揺れる。自分も少女時代にはこんなにきれいな髪だったのかなとついつい見惚れてしまった。
「何かあったの?」
ミサキが白い車を指さしてユウナに尋ねた。
「詳しくは分からないんですけど、ブドウの実がならないらしくて、去年はこんなことなかったんです。今、中央管理局の人が来て父と一緒に、ロボットとTIの点検をしているんです。」
13歳とは思えないほどしっかりとしたユウナの口調に、「そうなんですね。」とアオイは思わず敬語になってしまった。
「念のために今日は果樹園は立ち入り禁止ということで、ブルーベリーの収穫は中止でお願いします。」
ユウナが申し訳なさそうに頭を下げた。
「全然大丈夫、こちらこそ大変な時に来ちゃってごめんね。」
ミサキは慌てて謝った。
「あ、でも今朝採ったブルーベリー、父から預かってるんで持ってってください。」
「え、いいの?ありがとう。お父さんには夕方にでも連絡するんでって伝えておいて。」
「分かりました。じゃあ、持ってくるのでちょっと待ってください。」
家に向かおうとしたユウナをアオイは「ちょっと待って。」と引き留めた。
「収穫の時間が丸々空いてしまったので、もしよければ四人で遊ばない?」
ユウナとトモキに言うと、ミサキの方を向いて「ミサキさん、いいですか?」と尋ねた。
「もちろんよ。遊ぼう。」
「じゃあ、ちょっとだけ。」
ユウナは少し恥ずかしそうに言うと、トモキは「やったぁ!」と大喜びした。
それから四人は、地面に絵を描いたり、缶蹴りや鬼ごっこをして過ごした。しっかりしているユウナも、笑いながら走り回る姿は13歳の無邪気な子供だった。
「あー、しんどい。やっぱりアラフォーにはこたえるわ。」
ミサキが肩で息をしながらしゃがみこんだ。時計を見るとちょうどいい時間になっていた。
「ユウナちゃん、これ以上はおばちゃんたち無理かも。楽しかった。」
まだまだ遊び足りなさそうな二人に申し訳ないが、アオイも疲労を感じていた。
「ふふ、まだまだお二人ともお若いですよ。ちょっと待っていてください。」
ユウナはそう言うと、家に向かって走っていった。
トモキは、「もう帰っちゃうの?もっと遊ぼうよ。」とミサキの手を持って揺さぶった。
「こらっ、トモキ!お姉ちゃんたちは忙しいの。」
「ごめんね、トモキくん。また遊ぼうね。」
ミサキはトモキの頭を撫でて立ち上がった。
「ミサキさん、今度私にもお菓子作りを教えてもらえませんか?」
ユウナがブルーベリーの入った包みを差し出しながら尋ねた。
「もちろんよ。いつでも大歓迎。」
ミサキは包みを受け取った。
ユウナとトモキに別れを告げ、ミナコの家に向かいながら歩き出してすぐに、ミサキがすぐそばに近づいてきた。
「ちょっと果樹園を覗いてみない?」
「え、でも立ち入り禁止じゃ?」
「中に入らなければいいんだよね。外から覗くだけなら大丈夫だよ。」
二人は果樹園の外柵沿いを歩き、中を覗いた。遠くに中央管理局のスタッフらしき人影が見える。声は聞き取れないが、慌ただしく動き回る様子が確認できた。
その時、前方の茂みが激しく揺れ、ガサガサと音を立てて何かが近づいてきた。
アオイは咄嗟にミサキの前に立ち、彼女をかばうように両腕を広げて身構えた。
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