第25話 混沌と秩序の中で - アオイとルイ
そこは、これまでアオイが会った住民の家とは全く違った光景だった。ボール、壊れた鎌、箒、ネジ、何に使うか想像もつかない木の道具など、さまざまな物が所狭しと雑多に置かれている。中にはごみにしか見えない物もあり、まさに混沌としていた。
「こんにちは」
恐る恐る声を掛けると、奥の方から「はーい」という声が聞こえ、物の山を崩しながら男が出てきた。
「こんにちは、えーと」
男は痩せた体に清潔感のある白いワイシャツを着ていて、天然パーマだろうか、ちりちりの頭をぼりぼりとかきながら、アオイのことを思い出そうとしているようだった。年齢は同じくらいに見える。
「はじめまして、アオイと言います。3期住民で最近移住してきました」
「ですよね。僕、記憶力には自信があるんですけど思い出せないんでおかしいなと思ったんです。はじめまして、ルイと言います。ご覧の通り、工房をやってます」
ご覧の通りと言われても、アオイにはガラクタ置き場にしか見えなかった。
「あ、今、ごみ屋敷って思ったでしょう。ここはね、特区の中で使われなくなったものや、退去した人が置いていった物が集まっているんです。それらを修理したり、加工したり、組み合わせたりしながら、いろんな道具を作っているんですよ。例えば、これ」
ルイはガラクタの一つを取り出し、アオイに見せた。
「これはね、ここにペンや工具なんかをセットします」
円形の土台の上に、放射状に五つのトレーがついているその道具を地面に置くと、トレーの二つにペンとドライバーをそれぞれ置いた。
「で、たまにあるじゃん、取りに行くのが面倒くさいとき。そんなとき、こいつに言うと呼んだ人のところに投げてよこしてくれんの」
ルイは、少し離れて、「おーい、ドライバー取って」と機械に呼びかけた。その瞬間、アオイの顔のすぐ横で「ヒュンッ」と音がして、何かが通過すると後ろのガラクタが雪崩を起こした。
「は、ははは、大丈夫?」
「大丈夫みたいです」
アオイは、機械が見えない位置までそっと移動した。
「ルイさんは器用なんですね」
「ルイでいいよ。僕も『さん』取っちゃうから。ところでアオイ、今日はどうしたの?」
そこで、アオイはルイのところに来た目的を思い出した。ここ最近、いろんな人のところに行くたびに収穫物や食料を渡されるので、家の食品庫に食べ物が溜まってきた。TIが温度、湿度などを管理して細菌が増殖しないようにしているので、めったなことでは腐らない。それでも、せっかくなら干物や発酵食品にして保存しようと思い立ち、干し網がないか聞きに来たのだった。
「干し網ってある?」
「干し網?あの干物とか作るときのやつ?」
「うん、そう」
ふと、いつの間にか敬語を使っていないことに気づいた。警戒心や緊張がなくなっていて、親近感さえ感じている。不思議な人だなと思った。
「確かここら辺に、退去した住民が置いていったやつがあったと思うんだけど」
ルイは、ガラクタの山の一つをがさがさと探し始めた。
「あった、あった。こんな感じで大丈夫?本格的なものがよければ作るけど」
ルイが取り出した干し網は、メッシュの箱型で中に三つ仕切りのある吊り下げタイプのものだった。
「それで大丈夫。ありがとう」
ルイから干し網を受け取り、ついでにタダシについて聞いてみた。
「ルイは、タダシさんと会うことあるの?」
「タダシさん?」
突然タダシのことを聞かれて、ルイはきょとんとしたが、うーんとうなって腕を組むと、
「あの人はすごい人だね。初めて会うタイプ。初見で見破られたのはあの人だけだね」
「見破られる?」
「いや、誰にでもあるでしょ、秘密っていうか、本性というか」
「へえ、ルイにはどんな秘密があるの?」
「アオイ、秘密は人に知られないから秘密なんだよ。アオイにだって秘密の一つや二つあるでしょう」
確かに、アオイにも誰にも知られたくない秘密がある。それ以上の追及はやめて話題を変えた。
「タダシさん、ルイのところで何か探してたの?」
「いや、探すっていうか、僕、こう見えて機械工学とか人工知能工学、機械学習工学なんかも学んでいたんで、その時は制作の仕事を頼まれた」
「へえ、ルイって、そんな見た目なのにすごいんだね」
「そんな見た目って何?ひどくない?アオイだってそんな見た目なのに結構失礼な人なんだね」
ルイは、怒ったふりをしてアオイの肩を軽く押し、二人して大笑いした。
「そういえば、また仕事頼むかもって言われてるから、近々会うんじゃないかな。何を頼まれるかわかんないんでちょっと楽しみにしてるんだよね。アオイも来る?」
「んー、やめとく。無理やり会う感じじゃないかな」
「そうだね、タダシさんはその時が来たら、嫌でも出会うべくして出会う人だから、それがいいかもね」
アオイは、「干物できたら持ってくるね」と言い残し、ルイの家を出た。不思議な人だった。今まで会った住民もみんないい人だったけど、あんなにお腹の底から笑ったのは久しぶりだった。
なんだかとても楽しい気分で、颯爽とペダルを漕ぐと「チリン」と後ろの方で音が聞こえた気がした。
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